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日本食文化振興協議会

 

 3か月後、待ちに待った知らせが外務省から届いた。それは、「30か所の在外公館から試したいと返事が来ました」というものだった。課内の試飲会で好評を得たので全世界の在外公館へ希望を募ったところ、試飲の希望が次々に寄せられたのだ。それは、製造元の日本夢酒造と総代理店契約を結んでいる華村酒店が大きな一歩を踏み出した瞬間でもあった。


 世界へ!


 醸は興奮した。それは咲も同じようで、喜びを抑えることなんてできないようだった。

 しかし、學は違っていた。冷静そのもので、何かを考えている間違いないように思えた。


        *


 それを聞いた時は、さすがだと感心した。世界へ向けての更なる一手を考えてくれていたからだ。それだけでなく、その交渉を任せるという。〈荷が重すぎる〉という言葉が一瞬頭を過ったが、貴重な経験を積めるチャンスを逃すわけにはいかなかった。「やります」という声に気合が入った。


        *


 その翌週、アポイントを取った上で、學と共に酒類調達課長の部屋を再び訪れた。表向きは御礼のためとしていたので、先ずは、在外公館の件について學が丁重にお礼を述べた。そして、和やかな雰囲気になったところで醸が次の一手を切り出した。


「一つお願いがございます」


「なんでしょう」


「実は、紹介状をお願いできればと思いまして」


「紹介状?」


 にこやかだった課長の顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。


「はい。日本にある各国の大使館にはなむらさきを紹介させていただきたいのです。日本酒の新しい味を知っていただきたいのです。それができればパリで勤務されていた時の課長様の想いも叶うと思うのですが」


 しかし、課長の表情は好転しなかった。というより、前回の(あたた)かな表情とは打って変わって、腕組みをして眉間に皺を寄せた。


「一企業のために紹介状を書くことはできません」


 きっぱりとした口調で断られた。


 それでも醸は諦めなかった。はなむらさきの将来がかかっているのだ。そこをなんとか、ともう一押ししたが、課長の眉間の皺は更に深くなった。


 その途端、學に袖を引っ張られた。何事かと思って顔を向けると、口を真一文字に結んで物凄い速さで首を振った。それは、これ以上はやめておけという合図だった。黙るしかなかった。


「無理なお願いをして申し訳ありませんでした」


 學は深々と課長に頭を下げて立ち上がった。

 醸も慌てて立ち上がって、体を半分に折った。

 そして、學の背を追ってドアへ向かった。

 表情には出さないように努めていたが、心は打ちのめされていた。もしかしたら、背中が丸まっていたかもしれない。世界へ飛躍する夢が消えてしまったのだ。立て直すことは無理だった。

 ところが、學がドアノブに手をかけた時、いきなり背後から声が聞こえた。


「私は紹介状を書けませんが、ここに行ってみたらどうですか」


 振り返ると、課長は立ち上がって何かを差し出していた。

 急いで歩み寄って受け取ると、それは名刺だった。

『日本食文化振興協議会』と記されていた。

 それを見た瞬間、熱いものが込み上げてきた。

 希望は(つい)えていなかった。



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