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外務省

 

 1か月後、咲から電話がかかってきた。初期ロットの10倍の仕込みをしたという。それでも、出荷できるのは1年半後になるということだった。了解するしかなかったが、ある程度の目途が立ったのでちょっとホッとした。しかし、息を吐く間もなく、話題が変わった。


「ところでね、あの件だけどやってみることにしたわ」


「ん?」


 なんの話かわからなかった。


「できるかどうかわからないけど、挑戦してみるね。出来上がった酒を水で薄める方法が簡単だと思うけど、私は別の方法を試そうと思っているの」


 それでやっとわかった。内藤庄次が熱望していたアルコール度の低い日本酒への挑戦のことだった。


「発酵を途中で止めてアルコール濃度が高くならないようにしたらどうかと思っているの。初めてのことだからどうなるかわからないけれど、何か夢を感じるの。うまくいけば日本酒の新しい可能性が開けるかもしれないって。乞うご期待!」


 今回も返事をする前に切られてしまったが、受話器を置く前の楽しげな声がいつまでも耳に残って離れなかった。


        *


 半年後、待望のはなむらさきが入荷した。既にふじ棚の弟子たちから注文が入っていたので在庫はすぐに半分になった。それは嬉しいことだったが、すぐに売り切れてしまうことを意味していた。次のロットの入荷は半年後なのだ。気を揉んでもどうしようもないのはわかっていたが、注文に応えられない日が来ることを考えると気が重くなった。


 そんな中、學が咲を連れて訪ねてきて、居間に上がるなり、駐仏日本大使館でのことを話し始めた。はなむらさきが採用になったのだという。更に、公邸料理人に試飲してもらったところ気に入られて、推薦状を書いてくれたという。


「『素晴らしいですね。シャンパーニュに勝るとも劣らない見事な泡酒です。是非使わせて下さい。これに合うメニューを考えるのが楽しみです』と言ってくれたよ」


 その時のことを思い出したのか、學の顔に笑みが零れたが、話には続きがあった。


「一緒に外務省へ行ってくれないか。うまくいけば全世界の日本大使館で採用になるかもしれないから」


 學の顔が紅潮していた。


        *


 1週間後、醸は學と咲と共に外務省在外公館局酒類調達課長を訪ねた。


 名刺交換のあと早速本題に入って、はなむらさきと公邸料理人の推薦状を課長に手渡すと、「私もパリにいたことがありましてね」と顔をほころばせ、フランスで勤務していた頃のことを懐かしそうに口にした。


 パリにある在仏日本大使館は8区のオッシュ大通りにあり、凱旋門やシャンゼリゼにもほど近く、休日には付近をよく散策したという。また、8区にはアメリカやイギリス、ドイツやカナダといった各国の大使館があり、他国の大使館員との交流を積極的に深めたと言って、当時の仕事について振り返った。


「私は主に日本文化紹介事業を担当していました。日本の伝統文化である茶道や華道、剣道などの紹介のほか、最近大人気のアニメや漫画などのポップカルチャーの紹介もしていました。

 しかし、最も力を入れたのは和食でした。日本独自の進化を遂げた繊細な料理をフランスで広めたかったのです。でも、それだけではなく、和食とフレンチが深い関係にあることも理由の一つでした。

 その始まりは1970年代初頭と言われていますが、かの有名なポール・ボキューズ氏やアラン・シャペル氏、そして、若き日のジョエル・ロブション氏などが来日して懐石料理や鮨に出会ったことがきっかけでした。彼らはそれまでまったく知らなかった日本の新しい味に魅せられたのです。それは醤油やワサビや柚子(ゆず)、そして、昆布や鰹節の出汁(だし)といった日本伝統の味と香りでした」


 すると、食の歴史に詳しい學が蘊蓄を傾けた。


「その時期はヌーヴェル・キュイジーヌが始まった頃と重なりますね」


「その通りです。お詳しいですね」


 課長は學の博識に驚いたような表情を浮かべながらも、当時に思いを馳せるかのように話を続けた。


「ヌーヴェル・キュイジーヌは料理革命と言われていますが、実はその前に料理人革命がありました。それまで雇われだった料理人が自らのレストランを経営するようになったのです。それは厨房という裏仕事から客の前に姿を現す表仕事に変わることを意味していました。その結果、料理人と客との双方向のコミュニケーションが生まれたのです。

 客が求めているのは何か? 今までのような味の濃い料理のままでいいのか? バターやクリームをふんだんに使ったソース料理を作り続けていいのか? 彼らは客の声を聞きながら自問自答し続けました。その結果、変化するライフスタイルに合わせたシンプルな味と盛り付けへと変わっていきました。素材を大事にする料理に変わっていったのです」


「それは、日本人シェフがフランスへ渡り始めた時期とも重なりますね」


「おっしゃる通りです。フランスの星付きレストランで日本人の料理人が働き始めた影響は見逃せません。彼らが持ち込んだ日本の食材や調味料は静かにではありましたが確実にフランス料理へ浸透していきました。特にワサビは〈緑の辛子〉として重宝され、数多くの料理にアクセントをつけていきました。しかし」


「それに合わせる日本酒が当時のフランスでは手に入らなかった」


「そうです。それにそもそもシャンパンやワインに代わりえる味わいの日本酒も存在しませんでした。和食に日本酒を合わせるだけでなく、フランス料理に日本酒を合わせたかったのですが、それは無理でした。シャンパンのような発泡性の日本酒があれば色々な料理に合うのにと、唇を噛んだことを覚えています」


 そして、課長は公邸料理人の推薦状を読み、はなむらさきに目をやった。


「当時私が欲しかった発泡性の日本酒を娘さんが造られたのですね」


 咲を見て、目を細めた。


 笑みを浮かべた咲が頷くと、ボトルを手に取って、「お預かりします。課内で試飲して検討してみます」と課長も笑みを浮かべた。


 その瞬間、醸は思わず拳を握った。大きな一歩を踏み出せそうな予感に震えるほどの喜びを感じたのだ。


 しかし、現実対応を忘れることはなかった。課長に礼を言って帰途についた時、咲に更なる増産を依頼した。外務省の返事を待ってから着手したのでは遅すぎるからだ。リスクはあるにしてもすぐに投資しなければならないと声に力を込めた。


        *


 醸と別れて家に帰った學は、手にした本の表紙を見つめながら、チャンス到来の機運を感じていた。その本はハーバード大学のエズラ・ヴォ―ゲル教授が発表した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』だった。発売されるや否や大ベストセラーになり、それを読んだ多くの日本人がアメリカを超えられると考えるようになった。しかも、それは日本人だけではなかった。欧米の知識人や企業経営者が日本に学べと関心を高めたのだ。學はその状況を詳細に分析していた。


 工業製品の次に来るのは何か……、


 考えた末に辿り着いたのは、嗜好(しこう)製品だった。特に、日本食と日本酒は最有力候補になるのは間違いないと確信を深めた。それはパリでの経験からも疑う余地はなかった。


 日本に注目が集まっている今こそ積極的に仕掛ける時だ。


 心の中に強い決意が漲ってきた。



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