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父が遺してくれたもの

 

 祖父に続いて父親まで失った醸は、悲しみに打ちのめされながらも、社長としての責任を果たさなければならなかった。資金繰りの厳しい華村酒店をなんとかしなくてはならないのだ。


 資金繰り悪化の最大の原因は過剰在庫だった。日本酒の売れ行きが落ちているにもかかわらず、昔から取引のある30の酒蔵からの仕入数量を減らさなかったため、店の倉庫に入り切らなくなり、新たな倉庫を借りるという悪循環が経営を圧迫していたのだ。それは父親の執念によるものであったが、ここで断ち切らないとにっちもさっちも(・・・・・・・・)いかなくなることは目に見えていた。


 先ず、新規の仕入れをストップしなければならない。

 そして、過剰在庫の処分を急がなければならない。

 それから、倉庫をできるだけ早く解約しなければならない。 

 醸は店の壁に決意を張り出した。


 1、仕入れ中止

 2、在庫処分

 3、倉庫解約


 心を鬼にして決意を書いた。やり切らなければ店は潰れてしまうのだ。


        *


 30の酒蔵は、しばらくの間仕入れをストップすることに理解を示してくれた。その上、心のこもった励ましの手紙を送ってくれた。その手紙には、蔵元、杜氏、蔵人からの温かい言葉が綴られていた。なんでも協力するからと。一徹と崇との損得抜きの付き合いから生まれた深い友情が溢れていて、本当にありがたかった。


 その手紙を2人の遺影の前に置いて、頭を下げた。


「酒蔵の皆さんからこんなにも温かい応援の手紙をいただきました。これもおじいちゃんとオヤジのお陰です。ありがとう」


 そして、酒蔵からの手紙に誓った。


「必ず立て直して、今まで以上に仕入れるようにしますから」


        *


 仕入れ中止の次は在庫処分に手を付けなければならない。

 しかし、これが大変だった。新たに借りた倉庫の在庫をよく調べてみると、とんでもないことがわかったのだ。それまで在庫管理は父がすべて取り仕切っていたので、管理台帳に目を通したのは今日が初めてだった。


 見た瞬間、頭を抱えた。新しい倉庫の在庫品は製造年月日が古い酒ばかりで、一番古い酒は17年も前のものだった。


 ため息しか出なかった。日本酒に賞味期限はないが、通常は製造から1年以内が飲み頃と言われている。17年も経ったものが劣化していないはずはなかった。


 それでも飲んでみるしかなかった。飲まずに捨てるわけにはいかないからだ。風味が落ちているであろう17年前の日本酒を開けて、グラスに移して色と香りを確かめた。


 なんだ、これは……、


 思わず声が出た。琥珀色ともいえるような濃い褐色に変化していたのだ。恐る恐るグラスに鼻を近づけると、なんともまろやかで芳醇な甘い香りがした。


 もしかして……、


 一口含むと、驚いた。

 メチャクチャ旨かった。


 なんだ、この味は……、


 柔らかくて、しかも、深くて、余韻がいつまでも続いていた。


 そうか、古酒か。長期熟成した古酒の味か。


 オヤジは……、


 醸は倉庫の棚に置いていた父の遺影を見つめた。



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