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大晦日の電話

 

 幸恵のお腹がかなり目立つようになってきた。妊娠初期には悪阻(おそ)があり、胃がむかついて食欲がなくなったりしたが、それが落ち着いてからは順調だった。


「男の子かな、女の子かな」


 醸はそれぞれの名前を考え始めていた。


「元気に生まれて来てくれたら、どちらでもいいわ」


 落ち着かない様子の醸を見て、幸恵が笑った。


        *


 12月になり、お腹が一層張り出してきた。お腹の張りが強くなってきた幸恵は入院の準備をし始め、母子手帳、診察券、健康保険証、印鑑が入った小さな布袋を入院用に準備した大きなバッグに入れた。スリッパやティッシュ、歯ブラシ、コップなども併せて入れていった。


「授乳しやすいパジャマを入れておいた方がいいわよ。それにカーディガンもね。それから、ガーゼはもっと多いほうがいいわね」


 母が甲斐甲斐しく幸恵の世話を焼いた。醸はただオロオロするばかりで、なんの役にも立たない自分が情けなかったが、何も思いつかないし、何も想像できなかった。


 その後、クリスマスの夜に陣痛が始まったので車に乗せて産婦人科へ連れて行くと、「子宮口が開いていないのでまだだと思いますが、念のため入院して様子を見ましょう」と言われた。

 訳もわからず頷いてはみたものの、そわそわとして落ち着かなかった。しかし、幸恵は平然としていて、「大丈夫よ」と笑みを見せた。


        *


 入院した幸恵の付き添いを母がするようになったので、店番をするのが醸の役割になった。

 しかし、そのことで、経営状態が芳しくないことが薄々わかるようになった。夜遅くなっても父が返ってこないのだ。何をしているか訊いても答えてくれなかったが、年越しの金策をしているのは間違いないように思えた。

 それも、うまくいっているようではなかった。顔に疲れが出ていたので、心配だった。それでも、新年特別優待セールの準備に追われていて、十分に気遣うことはできなかった。


        *


 上得意先への案内状が出来上がったのを確認して一息ついたのは、大晦日の夜8時を5分ほど過ぎた頃だった。その時、電話が鳴った。


 もしかして、産まれた?


 慌てて受話器を取ったが、産婦人科ではなかった。


「もしもし、華村さんのお宅ですか?」


 受話器から聞こえてくる声が切迫していた。


 大変なことが起こっていた。取引先で倒れた父が救急病院に担ぎ込まれていたのだ。


「すぐに伺います」


 電話を切った醸は取るものも取り敢えず車に乗り、産婦人科に寄って母を乗せて、病院へ車を走らせた。


        *


 救急治療室に父がいた。

 目は開いていなかった。

 酸素マスクが口を覆い、腕には点滴がつながれていた。


「心筋梗塞です」


 医師が病名を告げた。


「今晩が峠だと思います」


 母が崩れ落ちた。



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