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シャンパーニュ

 

 それから1週間が経った。學が見慣れないボトルを持って華村酒店にやってきた。


「シャンパーニュです」


 勤務している商社の酒類輸入部から入手したのだと言う。しかし、見るのも初めてで、開け方さえ知らないと笑った。


「大丈夫?」


「まあ、なんとかなりますよ」


 崇の心配をよそに、彼は留め金を外して栓を引き抜こうとした。

 でも、びくともしなかった。力を入れても動かなかった。2人は顔を見合わせた。


「私がやってみよう」


 ボトルを受け取った崇は栓を力いっぱい引き抜こうとした。

 しかし、結果は同じだった。びくともしなかった。

 それで、やり方を変えた。引き抜くのではなくて回してみようと思ったのだ。


「動いてくれよ」


 念じて回すと、ほんの少しだが動いた。


「おっ」


 2人が同時に声を発した。崇が更に力を入れて栓を回すと、また動いた。今度は手応えがあった。


「よし!」


 気合を入れて思い切り力を入れた。しかし、それ以上は動かなかった。まるで抵抗されているかのように動かなくなった。


「ちょっと替わってください」


 學が受け取ると、栓の首のところに指をあてて、押し出そうとした。それでも動かなかったが、「う~ん」と唸って更に力を入れて押すと、急にポンっという大きな音がして、栓が勢いよく飛び出した。


「わっ!」


 2人は身を屈めた。幸いぶつかることはなかったが、ワッ、という口の形を残したまま顔を見合わせて、数秒固まってしまった。


「これがシャンパーニュか」


 黄金色の液体から繊細な泡が立ち上っていた。グラスの淵に鼻を近づけると、爽やかな甘い香りがした。一口飲むと、まろやかな酸味を感じたあと、ほのかな甘さが追いかけてきた。


「うまいな~」


 口の中だけでなく、喉全体で旨味を感じた。


「うまいな~」


 學も同じ言葉を呟いた。


 飲み終わったあと、學が製法を口にした。それは崇にとって初めて聞く言葉だった。


「瓶内二次発酵?」


「そうです、瓶内二次発酵という造り方だそうです。会社にシャンパーニュの専門家がいるのですが、その人によると、いったん出来上がった泡のないワインを瓶に入れて、そこへ新たに酵母や糖を入れて封をするというのがシャンパーニュの造り方らしいのです」


 崇はその説明がよく理解できなかった。造り方を頭に思い浮かべることもできなかった。それでも、泡を発生させるワインの造り方としてシャンパーニュ地方で確立された手法であることは間違いないようだった。


「白鳥さんの泡酒造りに使えませんかね」


 同じことを考えていた崇は大きく頷いた。


        *


「挑戦してみませんか」


 學を連れて佐賀夢酒造を訪れた崇は、保冷ケースの中からシャンパーニュのボトルを取り出して、開夢に渡した。


「瓶内二次発酵ですか……」


 彼は聞き慣れない言葉に戸惑っているようだった。


「そうです。でも、先ずは飲んでみてください」


 學が栓を飛ばさないように用心深く開けて、開夢のグラスにシャンパーニュを注いだ。


「きれいな泡……」


 開夢はその繊細な泡に目を見張っているようだった。


「グラスに鼻を近づけてみてください」


 學に勧められて開夢はシャンパーニュの香りを嗅いだ。


「爽やかな酸味と甘さを感じます」


 そして一口飲むと、「あ~素晴らしい。なんという……」と天国にいるかのような表情になった。すると、すかさず學がフランスから取り寄せた文献を開夢に見せた。


「この製造方法で泡酒を作ってみませんか? フランス語なので書かれていることはわかりませんが、写真が参考になればと思って」


 そのページを開けて見せると、開夢は食い入るようにその写真を見続けたが、「何が書いてあるのか、わかりませんか?」と助けを求めるような声になった。そして、必死な形相になって學を見つめた。


「この文献が泡酒の救世主になるかも知れません。なんとか訳していただけないでしょうか。よろしくお願いします」


 頭を深く下げた。



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