喜びもつかの間
どうかな……、
崇は彼の顔を覗き込んだ。
どうかな……、
彼の顔に変化はなかった。
「どうかな?」
待ち切れなくなって、口から声が出た。
すると、「いけますね」と笑って、「日本酒が苦手な人でもこれなら飲めると思います」と太鼓判を押してくれた。
答えたのは學だった。日本酒が苦手と言っていた彼がこの泡酒は飲めると言う。更に、お代わりまで要求した。
驚いた。日本酒が苦手な彼がお代わりをするなんて信じられなかった。しかし、空耳ではなかった。正真正銘の彼の声だった。それは、この泡酒が第一関門を突破したことを告げる声だと思った。
いける!
絶対にいける!
崇は確信した。善は急げと白鳥開夢に手紙を書いた。
『この泡酒は日本酒の可能性を広げる力を秘めています。日本酒が苦手だった親戚が「おいしい」と言ってお代わりを要求したのです。絶対にいけると思います』
そして同時に、一徹の許可を得て大量の注文を出した。売れるという確信があったから躊躇しなかった。新たな目玉商品ができたことにワクワク感を止めることができなかった。夢はどんどん広がっていった。
しかし、待てど暮らせど泡酒は届かなかった。催促しても梨のつぶてだった。どうなっているのかわからず、困惑した。 居ても立ってもいられなくなり、佐賀夢酒造を訪ねた。
*
「申し訳ありません」
崇を見るなり、開夢が突然、土下座をした。
「申し訳ありません」
崇は戸惑ったが、すぐに彼の手を取って体を引き起こした。
「どうしたのですか?」
しかし、問いかけに応えず、彼はただうな垂れていた。
「申し訳ありません」
絞り出すように同じ言葉を発した瞬間、彼はまた土下座をしようとした。
「止めてください」
崇は彼を抱きとめて、「土下座なんて止めてください!」と強い口調で言った。
すると、彼の目から大粒の涙が溢れ出した。喉の奥を締めつけるような声を出して、両肩を上下に揺らした。
こんなに打ちひしがれた男の姿をかつて一度も見たことがなかった。目から、鼻から、大量のものを垂れ流している男の姿を見たことがなかった。だから、どうしていいかわからなかった。ただ開夢を見つめることしかできなかった。
それでも、しばらくして落ち着きを取り戻したのか、開夢が絞り出すように声を出した。
「訳がわからなくなりました。やればやるほどうまくいかなくなるのです」
苦渋に満ちた表情を浮かべていた。泡酒の品質が安定しないことに困惑しているのだという。きめ細かな濾過をしないで粗い状態のまま瓶詰めをし、残った菌が瓶内で発酵することによって泡を発生させる製法で造っていたが、濾過の塩梅が難しく、均一な品質のものを大量に作ることができなかった。しかも、失敗したものは濁ってドロドロしていて販売できる代物ではなかった。
崇は彼の説明に頷きながらも、励ますことを忘れなかった。
「何事も失敗はつきものです。特に、誰もやったことがない新しいことを始める場合はほとんど失敗すると言っても過言ではありません」
崇は彼の両肩を掴んでその目を直視した。
「挫けてはダメです。諦めてはいけません。やり続けてください。やり続ければ必ず突破口が見つかるはずです」
そして、支えになれ! と念じて強い声を発した。
「失敗は成功の母です」
しかし、どん底に落ち込んだ開夢に崇の言葉は届いていないようだった。
*
帰京した崇が開夢のことを學に話すと、とても残念そうな顔になった。
「そうですか。品質が安定しませんか」
「うん。濾過の塩梅が難しいらしい」
「そうですか……」
2人のため息交じりの会話はそこで終わった。泡酒に対する知識がない2人にとって、なす術は何も無かった。




