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【ヒューマンドラマ】

世代交代

作者: 小雨川蛙

 

 ある日、僕の息子が泣きながら帰って来た。


「どうした!? 何があった!?」


 妻と離婚してからというもの、僕にとってはこの息子だけが生きがいなのだ。

 そんな息子が泣きながら帰って来たなんて僕からしたら大事件だ。


「学校で虐められたの」


 泣いている息子がどうにか教えてくれた。

 その事実を聞いて僕は耐え切れない怒りに襲われた。


「虐められただって!? 信じられない! 今から、その子の家に案内して! お父さんがガツンと言ってやる!!」


 そう言って僕は息子と一緒に虐めっ子の家へ行った。

 その子の家は豪邸だった。

 きっと、金持ちの子に違いない。

 くそ……甘やかされて暮らしているから虐めなんかするんだ!

 そんな思いのままチャイムを鳴らす。


「はい?」


 現れた少女を見て息子がびくりと震えた。

 こいつか……僕の息子を虐めた奴は!

 そう理解して僕は叫んだ。


「君の親を今すぐに連れて来い!」


 僕の怒鳴り声に少女はびくりと震えて慌てて家に駆けこんだ。

 そして、父親は伴って帰って来たがその顔を見て僕は思わず声を漏らした。


「久しぶり」


 その男は僕の同級生だったのだ。

 まさか、こんな形で再会するとは……。

 嫌な汗を掻きながら、それでも僕は彼に言ってやった。


「君の子が僕の息子を虐めているんだ」

「あぁ、そうなんだ」

「そうなんだって……ふざけるな!」


 怒鳴る僕をヒーローを見るような羨望の視線で見ている息子の存在が苦しかった。

 この状況、考える限り最悪の状況だ。

 啖呵を切りながらも僕は相手の男に願わずにいられなかった。

 頼むから余計なことは言わないでくれ……と。

 そして、その願いは意外にも果たされた。


「僕は大河ドラマが好きでね」

「何を言ってるんだ?」


 緊張したまま問いかける。


「親から子へ。子から孫へ……そうして歴史が変わっていく。その中で幾度も世代交代がされていく。親の無念を晴らす子もいれば、反対に親と縁を切ってしがらみから解放される子もいる」


 その瞬間、僕は彼が何を言いたいかを悟った。

 そう。

 実は彼は僕が子供時代に虐めていた男だったのだ。

 僕は考えつく限りの虐めを彼に行った。

 彼の両親が彼に買って上げたおもちゃを壊したし、飼っていたペットのハムスターを殺したりもした。

 だが、それはそれ。

 これはこれだ!

 僕が彼にした事は僕の息子には関係ない!

 そう思って僕は彼に怒鳴り散らした。


「ふざけるな! それじゃあ、この子が虐められるのは親の無念を晴らしているとでも言うのか!?」

「何を馬鹿なことを。僕はただ大河ドラマの話をしているだけだ。誰もそんなことは話していないじゃないか」


 僕のことを心底馬鹿にした表情で彼は告げた。


「それとも何かい。心当たりでもあるのかい?」


 彼の娘と僕の息子は不思議そうに彼のことを見つめた。

 子供達には分からない。

 けれど、僕と彼は互いが何を言っているのかよく分かっている。


「見え透いた事を! この……卑怯者が!」


 思わず叫んだ言葉に少女が震えた。

 それと同時に僕の手を握っていた息子も震えていた。

 ちらりと息子を見ると、何時の間にか僕を見ている視線が恐怖のものに変わっている。

 きっと、分からないなりに僕の心の変化と焦りを感じたのだろう。


「子供の喧嘩に親は出るな。君の父親が口を酸っぱくして言ってたね。僕と僕の両親に」


 何も言い返せない僕に彼は吐き捨てるように言った。


「だから、僕らは子供の喧嘩に出るべきじゃない。これは子供同士の問題だ。そうだろう?」

「そんなわけ……!」

「考えが変わったのかい?」


 僕と彼の静かな言い合いを見ていた少女は不意に駆けだして僕の息子の前へやって来た。

 虐めっ子の突然の接近に息子はびくりと震えて慌てて距離を取った。


 僕の手を離して。


「ごめん」

「えっ?」

「ごめん。もうしない」


 子供らしい一方的な謝罪だった。

 どれだけの誠意が籠っているのかなんて分からない。

 だけど、少なくとも彼女は自分の意思で謝罪をしていた。

 かつて、僕が彼を虐めた時は親を交えてまで決して謝罪をしなかったのに。


「僕は大河ドラマで一番好きなのは世代交代がされることだ。親のしがらみなど関係なく進む新たな歴史は腹立たしいほどに予想が出来ない」


 子供達を見ていた彼がぽつりと呟いた。


「子供が出来れば親はもう脇役。もう自分の人生の主役ではない」


 僕が何も言い返せずに彼を睨むと彼は表情の読めない顔で僕へ言った。


「新しい主人公達がどうなるか。僕らはのんびり見守ろうじゃないか」



 あれから十数年以上が経ち、僕は彼から届いた手紙を惨めに見つめる。

 僕の息子と彼の娘が紆余曲折の末に結婚したとたった今知った。


「ちくしょう」


 僕は歯ぎしりをしながら呟く。

 あの日、あの場所に息子を連れて行かなければ良かった……!

 僕の態度を不信がった息子は僕から真実を問いただした。

 そして、僕と彼の関係を知った途端、息子は僕の事を一気に嫌うようになったのだ。


「ちくしょう!」


 あんなに僕は息子を愛していたのに!

 それなのに、あいつは僕から離れていった!

 僕を独りにしやがった!!


「ちくしょう!!!」


 怒鳴り散らしながら手紙を床に投げつけた。

 その手紙の裏には、勝利宣言のように短く記されていた。


『君の息子はとても良い子だよ。君とは似ても似つかない』


 

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