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北村さん

作者: 後藤章倫

北村さんの奥さんが梅松屋で見つかったという知らせが北村さんの携帯に入ったのは、ちょうど北村さん達の現場が午前の休憩に入って直ぐだった。


「え?マジっすか?」


北村さんは何かファンキーな声で応えた。


北村さんの妻、梨子さんが居なくなったのは今から約13年程前の昼下がりだった。


「ちょっと梅松屋へ買い物にいってきます」


そう言って家を出た梨子さんは今の今まで行方が知れなかった。その梨子さんが梅松屋の真保店で見つかったと連絡が入ったのだ。梅松屋とは、この地域でスー パーマーケットを展開するわりと大きな企業である。何かあればと、北村さんは梅松屋に連絡先を教えていた。


北村さんの胸は踊った。しかし何故女房が今まで行方をくらませていたのかは全く理由がわからないでいた。


ついさっきまで昨夜のパチンコの話題や女性に関する事でゲラゲラ笑っていた同僚も、観音様みたいな穏やかな表情で優しく北村さんを見て微笑んでいた。現場主任は北村さんの肩を軽く叩いて何度も頷きながら言った。


「良かったじゃない。迎えに行ってやりなよ」


 北村さんは颯爽と軽トラに乗り込んで梅松屋真保店を目指した。13年前はお互い27歳だったのに今では40歳になってしまった。失踪とかそういう感じじゃないのは自分が一番良くわかっていた。奥さんが梅松屋へ買い物に出てから3年が過ぎる頃には、それまで心配していた周りの連中も段々とその事をいじり始めていた。


「奥さん、どこの梅松屋に行ったんだよ?」「梅松屋ニューヨーク店じゃねぇか?」「ネズミーランドで男の人とデートしてたよ」「実は家に居たりして」


そんな感じでからかわれていたけど、何年か前からはそんな事も言われなくなっていた。どんな顔をして迎えてやろうか、一体何があったのか、何故今まで行方をくらませていたのか、嗚呼そんな事よりも早く逢いたい。そう思いながら梅松屋に到着した。


はやる気持ちを抑え裏手の事務所入り口に立ち、引き戸を開け中に入った。


「すんません、連絡を貰った北村です。妻が、女房がこちらに居ると聞いて来ました」


すると担当者らしき恰幅の良いオッサンが現れた。不機嫌そうだった。


「困りますよ。今回が初めてみたいだから警察へは連絡してないけど」


北村さんは訳がわからなかった。警察?特に捜索願をだした覚えも無い。そんな事を思っているとそのオッサンは奥を指差した。


「あのつい立てのところに奥さんいるんで、ちゃんと話してくださいよ。北山さん」

恰幅の良いオッサンの語尾に少しの違和感を覚えた直後、事務所の入り口から息をきらした男が転がり込んできた。


「理紗子ぉぉぉ」


男が絶叫すると奥のつい立てがカタカタと揺れた。男はズンズンと奥へ進んで中にいた女の手を掴んだ。


北村さんは慌てた。自分の女房が知らない男に乱雑に扱われていると思った。


「アナタ、ごめん」


声と共に女の姿が現れた。


「あり?」


北村さんの頭にクエスチョンマークが輪になって回り始めた。そして確信した。あの人、梨子じゃないじゃん。


「なにぃぃやってんだよぉぉぉ?」


男はかなりエモーショナルに語りかけた。女もなんだか空気を察してミュージカル調で返した。


「アナータ、こんなはずじゃ なかったの よぉぉぉぉぉおおお」


恰幅の良いオッサンもパニクった。北村さんと、あとから入ってきた男を見比べている。女は梅松屋真保店で万引きをして事務所へ連行されていたのだった。恰幅の良いオッサンは北村さんに向かって言った。


「北山理紗子さんのご主人ですよね?」


「違います。わたしは北村です。梅松屋へ買い物に行くと言って家を出たきり、もう13年間帰って来ない妻梨子を迎えに来たのです」


恰幅の良いオッサンが奥のつい立てのところを見ると「あなたごめんなさい」「いいんだ、俺も悪かった」なんて言いながら北山夫婦が抱き合っていた。恰幅の良いオッサンはまた視線を北村さんへと戻した。そこには哀れを通り越して、なんだかコントの中の人みたいな北村さんが立っていて、いけないと思いながらも、心の妙なところから沸き上がってきた感情を我慢する事が出来ずに大爆笑した。


それを見て北村さんも何か知らないけど爆笑し始めた。抱き合っていた北山夫婦は変なモードへ突入したみたいでキスをしながら泣いていた。


北村さんは笑いながら事務所を出て、軽トラへ乗り込んだ。エンジンを始動させアクセルを思いっきり踏み込んだ。


軽トラは梅松屋入口の自動ドアを突き破り店の中に突っ込んだ。車は多くの野菜が積まれていた棚をなぎ倒して止まった。運転席の窓から手を出して潰れたトマトを頬張った。


北村さんは、グチョグチョのトマトをダラダラと食べ垂れながら絶叫した。


「梅松屋のバカヤロー」


 数名の警察官が駆けつけて取り押さえられた。北村さんはその警官達に「トマト食う?」なんて言いながらヘラヘラと笑っていた。


 軽トラから引きずり出され両脇をがっちりと体格の良い警官たちに固められパトカーへと歩かされている時に北村さんは突然妻のあだ名を思い出した。


「リコピン……」


        〈了〉

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