一時帰宅
午前は図書館に行って資料を漁り、お昼を食べながら情報を整理して、午後からはロザリーの仕事を手伝うか、街に出て色々物色したり、自分で学園の勉強をしたりしていたら、あっという間に1週間が過ぎ去った。
学術的な本にも手を伸ばしたが、半分は厄災は呪いでは無いと書かれ、残りの半数の本には呪いであるとの記述があった。
また、レイラを祀る神殿にも赴き、レイラを祀ることとなった経緯などを聞いてきた。祀った大元である英雄についても勿論きいた。幾分500年前のことで正確な情報は伝わっておらず、それでも辛うじてわかったのは、神殿の初代神官長はその英雄だったということだ。
どうして英雄がレイラを祀ったのか。呪いを鎮めるためだと伝えられてはいるが、そのほかの理由もあったのではないかと推測されている。初代神官長は寡黙な人で、仲がいいと呼べる人などほとんど居なかったそうだ。幼少期は強すぎる力の使い方がよく分からず苦労した、良い師匠に出会い力の使い方を学んだ、成長してからは本領を発揮し、レイラの呪いを抑えることが出来るほどになった、という朧気な記録しか残されていない。
どこで生まれたか、誰と出会ったのか、師匠は誰だったのか、どんな能力を持っていたのかなど、もっと知りたいことは沢山あったのに、そんなことは記録に残っていないのだという。
なんて杜撰なのかしら。
そう思いはするも、もしかしたら話を聞く限り、英雄自身が自分の記録を残すことを嫌ったのかもしれないと、なんとなくだが感じた。
◇◆◇◆◇◆◇
そんなこんなで自由に令嬢らしからぬ1週間を過ごしていた訳だが、その間も何度かお母様とはやり取りをしていた。その中でも1番近い日付のものを一通読み返す。
『学園で面白いことになっているわよ。一度覗いてみなさい』
……………。
なにかしら。なんだかとてつもなく嫌な予感がするわね。お母様が『面白い』って言う時は必ず面倒なことが起こっているときなんですもの。
それに、これはきっと「自分で収拾をつけろ」ということよ。
もう。一体何が起こっていると言うの。
仕方がないので明日学園へと行くことにした。
もう暫くは学園に行く気が全くなかったので、何も準備をしていない。一度家に帰らなければならないのだが、家出した手前、父の居ない時を見計らっていかなければ。
「というわけで、今日は午後から一度家に帰りますわ。お手伝い出来なくてごめんなさい」
「いや、それはいいんだけど、ハンナは大丈夫なの?」
「ええ。今の時間でしたら家にお父様はいませんもの。今のうちにさっと行って荷造りしてきますわ」
ロザリーには今日は仕事を手伝うと伝えていたので、それに断りを入れてから部屋に戻り、魔術式が描かれた紙を用意する。いつも通りに魔力を流して術式を発動させた。
「おかえりなさい。ハンナ」
転移して直ぐに声をかけられた。見渡すと、ソファに腰かけ、こちらを見つめている女性が1人。
「お母様、ただいま戻りました」
そうわたくしが声をかけると、お母様はにこりと笑って手に持っていた扇子をとじ、自身が座っている椅子とは反対の椅子を指した。
その指示通りにわたくしもソファへと腰掛ける。
「報告」
「はい」
口元は笑っているが、目が笑っていない。
それもそうだ。お母様には特に迷惑をかけただろう。手紙から察するに、学園へのお休みの連絡もお母様がしてくれていたようだし、詳しくは知らないが面倒なことになっているらしいお父様のお相手も全てお母様がしていたのだ。
「お手紙でもお伝えしましたように、今は城下町のお友達のところにお世話になっておりますの。前にもお話しましたでしょう? ルーシェイア魔術商会の運営する宿ですわ」
「そこで何をしているの」
「最近、神話に興味を持ちまして、図書館に通って調べたり、お友達のお仕事のお手伝いをしたりしてますわ」
「そう。そのお友達にはお礼を言わなければなりませんね。あなたはただでさえ暴走気味なところがあるのだから、きっとそのお友達も苦労していることでしょう」
ちょっと待ってくださいませ、お母様。その言葉には納得いきませんわ!
「なんてことおっしゃいますの、お母様!わたくし、生まれてこの方暴走などしたことはございませんわよ!」
「おだまりなさい!今のこの状況が暴走でなくてなんだと言うの!家を出る時はあれほど事前に伝えなさいと言っていたのに、出てから連絡を寄越すなんて……」
お母様のその言葉にわたくしは口を噤む。そうなのだ。お母様には前々から家出を考えていることがバレており、事前報告をすることで目溢ししてもらっていたのだ。
「わたくしもついて行こうと思っていたのに……」
「え?」
頭を抑えながら小声でお母様が漏らした言葉に耳を疑った。
「わたくしもあなたと一緒に家出しようと思っていたのよ」
「……は???」
ちょっと言ってることが理解できませんわ。どうしてお母様がそんなことをなさると言うの。
「だって面白そうじゃない。それに、あなただけが家から出るとあの人が煩いのですよ。そんなこと簡単に想像がつきますから、出る時は一緒に出ようと思っていたのです」
「……それは、あまりにもお父様が可哀想すぎますね、」
そうだ、お母様はこういう人だった。普段は冷静なのに、時折面白いかどうかで判断するところがあるのだ。
それにしてもお母様、お父様に対して淡白すぎやしないだろうか?
「それよりあなた、明日の用意をするために帰ってきたのでしょう?早くしないとあの人が帰ってきますよ」
「そうでしたわ!お母様、失礼します!」
わたくしは慌てて教科書等を入れている棚へと向かう。
準備をしている間、お母様は優雅にお茶を飲んでいた。なぜここはわたくしの部屋なのに、さも自分の部屋かのようにリラックスしているんだ。
手早く必要なものを収納の魔石に入れると、再度お母様にソファに座るように促された。
「学園でのことを先に少しだけ話しておきましょう」
お母様はそう切り出して、真剣な瞳でわたくしを見る。
「今、学園では、あなたが婚約者の侯爵令息とその想い人である子爵令嬢を呪っている、と噂になっているわ」
「!!!」
なんてこと!!!ここでも呪いですの!!!!