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家出しました!



「わ!!!!びっくりしたァ、ハンナか!」

「ご機嫌よう、ロザリー」



転移で降り立った先で最初に見えたのは、赤毛で大きな黒縁メガネを掛けた、白衣の似合うわたくしの友人、ロザリーだった。



「来る時は先に連絡してっていつも言ってるよね!」

「ごめんなさい、今日は急でしたの」

「なに、どうしたの」

「わたくし、家出して参りましたの!!」

「…………………は?」



何を言っているのか理解できない、と言った顔でロザリーは私の顔をぽかんと見つめてくる。



「そんなに見つめられると流石のわたくしでも照れましてよ」

「いや、別に見つめてるわけじゃないんだけど……家出?!」

「はい、家出ですわ」



ケロッと言ったわたくしにロザリーは叫ぶ。



「早く家帰んなって!!ハンナあんた良いとこのお嬢様でしょ?!家の人心配するわよ!!もう夜なのに家出なんて!!」

「知りませんわよ。あんな家。まあお母様には連絡入れておきますけれど」

「何があったのよ…」



ロザリーは頭を手で支えて掠れた声で尋ねてくる。



「ちょっと待ってくださる?今お母様に連絡してるから。あと、お茶を用意してくださらない?わたくし喉が渇いてしまいましたわ」

「分かったよ、もう…」



ロザリーがお茶を入れる音を聞きながら、わたくしはお母様に宛てて手紙を書き、それが乗るほどの大きさの転移の魔法陣を描いて、お母様の部屋のいつもの場所に送った。


いつものソファに座ってロザリーが用意してくれたハーブティーを一口飲んで一息ついたタイミングで、ロザリーが再度問いかけてきた。



「それで?何があったの」

「特に何もありませんわ。ただ、婚約者とお父様に愛想をつかせて、腹いせにって訳でもありませんけど、いい機会だと思って家出してきましたの」

「…婚約者にまたなにかされたの?」

「そうですわね、婚約破棄とか言ってましたわ」

「婚約破棄ィ?!」



ロザリーはボサボサの前髪と大きなメガネに隠れた目をまん丸に開いて素っ頓狂な声を上げる。



「どうしてまた、そんなことに…」

「理由は聞いてませんわ。どうせまたあの方に嫌がらせをしたとか何とかおっしゃるんでしょうから」

「まあ、そうだろうけどさ、」

「もうそんな言い訳飽きてきましたもの。さして好きでもない相手にこれ以上無駄な時間は割きたくありませんから、お父様には婚約解消に同意するように言いおいてきましたわ」

「そりゃまた強気な…」

「わたくし、本日から生まれ変わったんですの。本日からのわたくしは今までのわたくしとひと味もふた味も違いますわよ!これからはただ従順に従ったりなんていたしません!!」



こぶしを握りしめるという令嬢らしからぬわたくしの行動を注意するような人はこの場にいない。それがなんという安心感か。

ロザリーはそんなわたくしを見て深いため息をついた。

幸せが逃げますわよ。



「今までのあんたも従順だったとは言い難いけどね」



小声で言ってても聞こえてますわよ。





これでもわたくしの話を聞こうともせず、わたくしだけを悪者と決めつけていた婚約者やお父様にだって、割と従順だった方なのだ。アレをやめろ、これを辞めろ、アレをしろ、これをしろ。要求が多いのなんの。


婚約者には浮気相手の女と仲良くしろだの虐めるなだの。挙句の果てにはわたくしが今まで努力してきた成果を渡すように指示されたこともありましたわね。流石にそんなことは引き受けませんでしたけど。


お父様はお父様で、わたくしの話も聞かずに「悪いのはお前だ、そのふてぶてしい態度が悪い、それを直せ」なんて。わたくしがこんな態度、皆様にとっているとでも思っているのかしら。婚約者とあの女とお父様の前でくらいよ。こんな態度をとるのなんて。それでも今日までは直せと言われたところは直せる範囲で直してきたし、受けろと言われたお稽古や授業はすべて受けてきた。怒られたらしおらしく謝っていたし、常に淑やかに過ごすよう、努力もしてきた。




なのに、わたくしの「いじめてなどいない」という言葉の真実も確認せずにわたくしを『悪』だと決めつけるあの二人にはうんざりしていたのだ。



あの家での味方だったお母様とはしっかり連絡を取るつもりでいるから、家出くらい良いでしょう。



「どれだけわたくしがみんなの力になっていたか、思い知るがいいわ、うふふふふ」

「あんた、それ悪役のセリフだからやめときな」

「うるさいですわね!ちょっと言ってみただけですわよ!」



ちょっと恥ずかしくなったのでやめました。







ロザリーには詳しく話さなかったが、ひと味もふた味も違うと言った先程の言葉に嘘はない。実際【レイラ】の記憶が蘇ってから、魔力の量や質が変化した感じがするし、まだ習っていないような魔術式も頭の中に浮かんでくる。



レイラの記憶とわたくしの記憶が溶け合ってひとつになる。

まだ細かく思い出せず、欠落しているところも多いが、前世の私が確実に今のわたくしに馴染んできている感覚がある。



昔の私と同じ状況に立たされたけれど、昔のようにあっさりと去ることなんてしませんわ。どうしてわたくしが去らなければならないの。わたくしはここで腰を下ろして根を生やしてやりますわよ。そのためには……



「ロザリー、しばらくこちらに泊めていただけないかしら?」

「そう言うと思ったよ。部屋の手配してくるからちょっとまってて」

「わかりました」



ロザリーが部屋から出ていく後ろ姿を見送ってから、わたくしは椅子に深く腰掛けた。

ああ、なんだか今日は疲れましたわ。早く休みたい。

意識を失いそうになるのをハーブティーを流し込んでなんとか食い止める。


魔法のネックレスから先程入れたばかりの一冊の本を取り出し、再度ペラペラと意味もなく捲る。

ここに記されているのは過去の私。でも、誇張や捏造が多く、本当にあったこととは言えない。

そして、今現在のわたくしの状況と過去の私の人生に被るところが多すぎるのも気になる。

なにかこれから変なことが起きなければいいんですけれど。






しばらくぼんやりと思考をめぐらせていたが、戻ってきたロザリーに案内されて部屋に入ると、すぐに寝てしまった。



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