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第9話:枯れそうな汚い花(Side:シルヴィー②)

「ククク……ようやくこの日が来たわ」


 自室で髪をセットしながらも笑みが零れてしまう。

 一週間ほどあたくしを苦しめていた風邪が治った。

 熱も下がったし喉や頭の痛みも消えている。

 あの後、モンディエール侯爵から見舞いの果物が届いたけど、あたくしが全部食ってやった。

 最高においしかったわ。

 ルシアン様のせいで余計な時間がかかってしまったわね。

 でも、体調さえ戻ればもう大丈夫。

 今日から新生"言霊館”の始まりよ。

 色々と運ぶ物があるので、ルシアン様も呼んでいた。

 もうじき来るはず……。

 "言霊館”の前で待っていたら、やがてダングレーム家の馬車が止まった。

 ルシアン様は降りるや否や、開口一番に告げる。


「シ、シルヴィー、すまねえ。今日は用事があってだな。すぐに帰らなきゃいけねえんだ」

「……は?」


 憎悪を込めた眼で睨む。

 話が違うじゃないの。


「い、いや、大丈夫だっ。何でもないっ」


 睨むや否や、ルシアン様は慌てて言った。

 何でもないのなら言うんじゃないわよ。

 ルシアン様はかすかに震えていた。

 まだ熱があるのかしら。

 うつしたら八つ裂きにしてやる。

 でも、まぁ、いいでしょう。

 いつものプリティフェイスとプリティボイスで話してやることにした。


「ルシアン様ぁ、早く看板出してぇ」

「あ、ああ、もちろんだ。……おい、お前ら、さっさと運び出せ!」


 ルシアン様に命じて、これまたルシアン様に作らせた看板を掲げる。

 "言霊館 ver.シルヴィー”。

 お義姉様の痕跡はもうどこにもない。

 以前の"言霊館”には、やたらとお義姉様を慕う客が訪れた。

 子どもから大人までたくさんの客が。

 自分ばかりちやほやされてずるいじゃないの。

 でも、もうお義姉様はいない。

 これからは、あたくしが代わりにちやほやされてあげます。

 お店に入り、お義姉様の席に座る。

 早く侯爵とか偉い客が来ないかなぁ~。 


「なぁ、シルヴィー。俺はもう帰ってもいいか? ここにいても何もやることはないよな」

「うふふぅ、誰が帰っていいと言ったのでしょうかぁ。あたくしの隣にいなさぁい。変な客が来たら追い出してもらうんですからぁ」


 なんでそんなに帰りたそうにするのよ。

 婚約者の隣にいるのが嬉しくないの?

 ルシアン様には用心棒も務めてもらう必要があるんだから。

 心の中で毒づいていたら、"言霊館 ver.シルヴィー”の扉が開かれた。

 カランカランとドアベルが鳴る。

 さっそく客が来た!

 モンディエール侯爵? それとも公爵家?

 湧き立つ思いとは裏腹に、客を見ると急激にテンションが下がった。


「こんにちは~。……ねえ、おばあちゃん、どうして看板が変わっていたのかなぁ?」

「どうしてだろうねぇ。シルヴィーなんて聞いたことがないよ」

「変な名前だね」


 あたくしの名前よ。

 入ってきた客は二人。

 茶髪の女児と白髪のおばあさん。

 女児は五歳くらいで、おばあさんは八十歳手前かしら。

 着ている服も靴もボロボロで、見るからに庶民だとわかる。

 看板に貴族御用達と書くのを忘れていたわ。

 庶民なんかの相手をしたところで、あたくしには何のメリットもない。

 まさしく、時間の無駄だ。


「すみません、ポーラお姉ちゃんはいますか?」


 女児がカウンターの下から問いかけてくる。

 子どもに使うプリティボイスとプリティフェイスなどない。


「いないけど」

「いつきますか?」

「一生こないわ」


 早く帰りなさい、忙しいんだから。

 今度はおばあさんが話してきやがった。


「ポーラちゃんに会えないかい? どうしても頼みたいことがあるんだよ」

「お義姉様はこの家から出て行ったわよ。遠くのお屋敷で働くの。だから、もう"言霊館"にはこないわ」

「「え……!」」


 いないと言うと、女児とおばあさんは固まった。

 お義姉様が関わるとみんなこうなる。

 その大仰なリアクションは何なのよ。

 あたくしは子どもも老人も嫌いだ。

 若い男の客以外は立ち入り禁止にしようかしら。

 女児がおずおずと尋ねる。


「じゃ、じゃあ、だれがことだまを詠ってくれるの?」

「今はあたくしがやっているわ。スキルもちゃんとあるんだから。わかったら、もう帰って」


 シッシッと手を振るも、女児とおばあさんは動かない。

 それどころか、二人は顔を見合わせるとカウンターに何かを置いた。

 これは……。


「花……?」

「元気がなくなってきちゃったの」


 鉢植えの赤い花。

 種類はよくわからない。

 宝石ならまだしも、花なんてまるで興味がない。


「萎れているのなら、水でもやってればいいんじゃないの?」

「お水をあげても、ぜんぜん元気にならないよ」

「どうにかしてくれないかねぇ。この子の大事なお花なんだよ」


 はぁ、めんど。

 微塵もやる気が湧かない。

 ルシアン様に言って追い返そうかと思ったけど考え直した。

 ちょうどいい練習台と考えればいいわ。

 この先モンディエール侯爵や別の公爵が来る可能性もあるのだから。

 そう思うと、これはいい機会だ。


「わかったわ。特別にやってあげる」

「ほんと!? ありがと~」

「助かるよぉ、お嬢さん。毎日、この子は悲しそうにしていてねぇ」


 お義姉様を追い出した後、あたくしは【忌み詞】スキルをちょっと使ってみた。

 少し使うだけで、次から次へと頭の中に言葉が浮かぶ。

 お義姉様は辞書で調べないと言葉がわからないようだったけど、あたくしは辞書など必要ない。

 これが才能の差ってヤツね。

 引き出しから紙と羽ペンを取り出し、特別に詩を書いてやる。



――――

 褪せた血のような赤

 つくづく思いだす 

 まだ生きていたあの頃を

 

 四の月に昇るは九つの星 


 どうせ枯れるなら

 死者の弔いに使いましょう

――――



 よし、できた。

 お義姉様を真似して詩を詠うと、花は黒っぽい光りに包まれる。

 復活すると思っていたけど、あっという間にしおしおと枯れ果ててしまった。

 あら、失敗かしら。

 女児とおばあさんは枯れた花を見ると目を見開く。


「お花が……お花が枯れちゃったよぉ……」

「お、お嬢さん! どうして枯れるんだい!?」

「さぁ? 元々死にかけだったんじゃないの?」


 どうして枯れたって、死にかけだったからに決まっているでしょう。

 あたくしのせいではないわ。


「……うぁぁぁ~。大事なお花が枯れちゃったよぉ……」


 あろうことか、女児は泣き出した。

 うるさいわね。

 ここがどこだと思っているの。

 ルシアン様を見ると、私と同じようにうんざりしていた。

 泣き止ませるよう目で言う。


「文句あんのか、クソガキ。俺はダングレーム伯爵家の人間だぞ。わかって泣いてんだろうな。今すぐ泣くのを止めなきゃ、お前のババアを枯らすぞ」

「ごめんなさい……」


 ルシアン様にすごまれ、面倒な女児は泣き止んだ。

 ぐすぐすと泣きながらおばあさんに手を引かれ店を出……ようとしたので、慌てて扉の前に立ちはだかった。

 

「お嬢さん、そこを通してく……」

「ほら、お金を出しなさい」

「え……?」


 おばあさんに手を差し出す。

 だけど、お金が乗ることはなかった。

 わかってないようなので、ため息混じりで話す。


「詩を読んでやったんだからお金を払えって言っているの」

「だ、だけど、花は枯れちゃっただろう」

「……は?」

「わ、わかったよ、お金は払うから。そんな怖い目でこの子を睨まないでおくれ」


 渋々とした様子で、おばあさんは財布からお金を出す。

 幼児とともに追い立てるように外へ出すと、ルシアン様があたくしの肩を抱いた。


「いやぁ、すっきりしたぜ。クソガキの泣き顔はせいせいするな。帰らなくて良かったわ」

「ありがとうございましたぁ、ルシアン様ぁ。あたくしだけでは大変でしたわぁ」

 

 疲れたので、ルシアン様の腕にしなだれた。

 窓の外には、泣きながら帰る女児が見える。

 おばあさんがしきりに頭を撫でていた。

 悪いことをしたようで気分が悪いわ。

 花なんてどうでもいいじゃないの。

 そこら辺に生えているんだから。

 まったく、困った客だわね。


◆◆◆(三人称視点)


 自宅に帰ってからも、エリサは泣き止まなかった。

 彼女の祖母であるマーシャは必死に宥める。


「ごめんねぇ、エリサ。あたしが悪かったんだよ。あの人に頼まなきゃよかったんだ……」


 枯れた鉢植えは、辛い現実となって二人の間に横たわる。

 シルヴィーは庶民だと馬鹿にしていたが、エリサは裕福な商家の娘だった。

 ボロを着ていたのは、誘拐のリスクを下げるため。

 エリサが"言霊館"に持っていったのは、ただの花ではない。

 仕事で家を空けがちな両親が、去年の誕生日に買い与えた大切なガーベラだった。 

 一般的な寿命は三週間ほどだが、ポーラは萎れるたび【言霊】スキルで詩を読み、もう一年ほど生き永らえていた。

 マーシャは最後の希望をかけ、冷凍魔法で花を凍らせる。

 ポーラが戻ってきたとき癒やしてもらえるように……。


 ――【忌み詞】。


 それは、他人に不幸を与えてしまう負のスキル。

 これから訪れる数多の苦難を、シルヴィーたちは知る由もない。

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