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聖なる言霊を小言と馬鹿にされ婚約破棄されましたが、普段通りに仕事していたら辺境伯様に溺愛されています  作者: 青空あかな


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第26話:王様が来た(Side:シルヴィー④)

「……どうして、誰も来ないのかしらぁ?」


 もう閉店の時間というのに、"言霊館 ver.シルヴィー”の中は一日中がらんとした空気に包まれていた。

 ドアベルが鳴る音も、依頼を頼む声も、客たちの話し声もまるでない。

 いつからか、客がさっぱりと来なくなった。

 子ども大人も年寄りも全部だ。

 あんなに文句を言いに来ていたくせに。

 用が済んだら、はい終わり?

 ふざけんじゃないわよ。

 言い逃げされた気分でむしゃくしゃする。

 やり場のない怒りに身を焦がしていたら、カランッとドアベルが鳴った。

 有力貴族の令息かしら!?


「いらっしゃ~い……なんだ、ルシアン様ですか」


 入ってきたのは見慣れた金髪の男性。

 客かと思ったらルシアン様だった。

 期待されるんじゃないわよ。

 間の悪い人ね。

 ルシアン様は店の中を見渡す。


「今日も客がいねえな。ここ三日ほど、ずっと誰も来てねえよ」

「そうなんですのぉ。どうしかしてくださいませんかぁ? ルシアン様のツテで有名な貴族の方を呼んでくださいましぃ」


 腕にしな垂れかかりながら、さりげなく有力貴族との接触を頼んだ。

 ククク……使える物は何でも使うわよ。

 伯爵家ともなれば、有名な貴族の知り合いも多いはず。

 ルシアン様は宙を見ながら考える。

 

「俺のツテねぇ……」

「そうでございますわぁ」

「めんどくせえな」


 ……は?

 めんどくさがるなよ、ボンボンが。

 可愛くて尊くて美しい、絶世の美女たる婚約者からの頼みでしょう。

 めんどくさいどころか、むしろルシアン様から協力を申し出るレベルの話だ。


「ルシアン様ぁ、そこをどうにかお願いしますわぁ。このままじゃ、"言霊館 ver.シルヴィー”が潰れてしまいますぅ」


 どうにか引きつった笑みを浮かべ、なおもやる気のないルシアン様を揺する。

 あたくしの言うとおりにしなさいよ。

 もっと激しく揺すろうかと思ったとき、ルシアン様が衝撃的なセリフを吐いた。


「そういや、街でお前の悪口を聞いたぞ」

「なんですって!? 詳しく聞かせてくださいまし!」

「どうやら、この前来た客たちが広めているようだ」


 そのまま、ルシアン様から話を聞く。

 あたくしのスキルは失敗ばかり、あたくしに詩を歌われると不幸になる、あたくしではなくお義姉様でないとダメ……などなど。

 いずれも、大変に腹立たしい話ばかりだ。

 許せん。

 きっと、あたくしの才能に嫉妬して、あることないこと言いふらしているに違いない。

 庶民や下級の貴族は噂話が好きだもの。

 こんなんじゃ商売上がったりだわ。


「俺が睨んだらすぐ口をつぐむんだぞ。……面白かったなぁ。やっぱり、俺は偉いんだよ。なんと言っても、ダングレーム伯爵家の跡取りだからな」


 庶民や下級貴族をいびった話をして、ルシアン様は一人で喜ぶ。

 あたくしはとても喜ぶ気分にはなれなかった。

 有力貴族が来ないのであれば、"言霊館 ver.シルヴィー”を続ける意味はない。

 何より、高位の貴族と知り合うチャンスがなくなってしまった。

 他人のお悩み解決なんてどうでもいいもの。

 もう廃業しようかしら。

 こんなことをしているより、お茶会や夜会に出た方が効率良さそうね。

 となると、ここはやはりルシアン様を利用しましょう。


「ねぇ、ルシアン様ぁ。今度、夜会に連れて行ってくださいませんかぁ? 侯爵様が来るような大きな夜会ぃ」

「わかった、わかった。そのうち連れて行ってやるから」


 適当な返事。

 思い返せば、ルシアン様は面倒なことはいつもこうやって誤魔化してきた。

 本当に夜会へ行けるのか、半信半疑も甚だしい。

 これは厳しい躾が必要そうね。

 指を鳴らしながらルシアン様に迫る。


「あたくしは真剣に頼んでいるのに、ルシアン様はいつも空返事されますよねぇ。……一度痛い目を見た方がよろしいですかぁ?」

「や、やめろっ、来るなっ。やめろ……やめろぉおお!」


 以前の二連撃が身に染みているのか、ルシアン様は恐怖の表情を浮かべてじりじりと後ずさる。

 婚約者に向かって来るな、なんてひどいじゃないの。

 おまけに魔物でも見たかのような顔をして。

 さらなる躾が必要そうね。

 壁まで追い詰めたところで、ルシアン様があたくしの後ろを指して叫んだ。


「お、おい、シルヴィー、窓の外を見ろ! 王族の馬車が来ているぞ!」

「下手な嘘はやめなさぁい、ルシアン様ぁ。話を逸らそうという魂胆が見え見えですわよぉ」

「ほ、本当なんだよ。本当に王族の馬車が来ているんだって!」


 ルシアン様は切羽詰まった表情でさらに叫ぶ。

 話を逸らさせてなるものですか。

 右ストレートのポーズを取る。

 

「嘘を吐くような悪い男性には……」

「信じられないなら自分の目で見てくれ!」


 力強く肩を掴まれ、すごい勢いで振り向かされた。

 まったく、相変わらず乱暴な人ね。

 しょうがないのであたくしも窓の外を見る。

 どうせ、何も……。


「そ、そんな、まさか!」


 窓の外に目を向けた瞬間、思わず驚きの声を上げてしまった。

 "言霊館 ver.シルヴィー”の前に伸びる道に、豪勢な馬車が停まっている。

 白地に金の装飾。

 扉には太陽と月の紋章が刻まれていた。

 ここ、メーンレント王国の紋章だ。

 王族以外の誰も乗ることはできない……。

 つまり、あれは王族専用の馬車を意味する。

 あたくしが驚く様子を見て、ルシアン様はこれ以上ないほど得意げな顔となった。


「どうだ、シルヴィー。俺の言った通りだろうが……ぐわあああ!」

「お黙りなさい!」


 まとわりつくルシアン様を突き飛ばす。

 なんと……馬車から降りたのは王様だった。

 長い白髪を揺らし、口元にはこれまた長くて白い髭を蓄える。

 偉大な魔法使いといった見た目と雰囲気。

 まさしく、メーンレント王その人だ。


「……ごほっ、マ、マジか。王様じゃねえかよ。どうするんだ、シルヴィー。早く閉めた方がいいんじゃないのか?」

「どうするも何も、お出迎えするに決まっております。これは一世一代のチャンスですわ」

「だ、だけどよ、相手は王様だぜ? 不敬でもあったら大変な目に遭うぞ」


 ルシアン様は怖じ気づいていたけど、閉店するなんてあり得ないでしょうが。

 王様は幾人もの衛兵に連れられ、"言霊館 ver.シルヴィー”へと歩み寄る。

 きっと、庶民や低級貴族の噂は届いていないのだ。

 身分が違いすぎるから。

 ここであたくしが本気を見せて王様の高評価をいただければ、ハンサムかつ聡明なことで有名な王太子との婚約も夢ではない。

 あまりの好都合に、思わず笑みが浮かぶ。


「それに、王様に気に入られれば、ルシアン様だって今よりもっと有名になれるかもしれませんわよ?」

「……たしかになぁ」


 一転して、ルシアン様はご満悦な表情となる。

 わかりやすい男ね。

 身なりを整え、ルシアン様と扉を開ける。

 王様を出迎えるのだ。

 すでに一行は"言霊館 ver.シルヴィー”の前に着こうかというところだった。

 衛兵がビシッと二列に並ぶ。


「「メーンレント王がいらっしゃいました!」」


 あたくしとルシアン様もまた、姿勢を正して王様を待つ。


「突然来てしまい申し訳ないな。ポーラ嬢はおるかの?」


 開口一番、王様はお義姉様の名前を口にする。

 ……どいつもこいつも。


「あいにくでございますが、お義姉様はもう"言霊館”にはおりませんわ。婚約が決まり、家から出て行きました」

「……なに? そうなのか? 婚約なんてワシも初めて知ったが」

「急に決まったことですので……。申し訳ございません」


 もちろん、お義姉様を追放した件は黙っておく。

 あたくしたちが悪者にされてしまうもの。

 いないと聞くと、王様は露骨に表情が沈んだ。


「それは困ったのぉ。まさか、もういないとは思わなかった」

「どうされたのですか?」

「最近、胸の持病が悪くなってきての。王宮医術師の治療や秘薬でもなかなか治らなくて困っておる。そこで、ポーラ嬢の詩は病気にも効くと聞いたので来たんじゃよ。詩の芸術性も高いそうじゃな。実は、それも楽しみなんじゃ」


 王様は楽しそうに話す。

 こんなところまでお義姉様の評判が伝わっていたなんて……腹立たしい。

 いや、それも今日までだ。

 あたくしの活躍でお義姉様の印象なんか消し飛ばすわ。


「ご心配はいりませんわぁ、王様。あたくしもお義姉様と同じ、いえ、それ以上に強力な言葉のスキル【忌み詞】を持っているのです」

「ほぅ、お主も言葉のスキルがあるのか。しかし、聞いたことがないのぅ」


 一行は【忌み詞】と聞いて、首をかしげていた。

 王様も知らないなんて、やはりあたくしのスキルは貴重なのね。


「あたくしはシルヴィーと申します。ポーラの義妹でございますわ」

「なるほど、だからお主も言葉のスキルがあるんじゃの」

「どうぞ中へお入りください」

「うむ、失礼するぞよ」


 王様を店に連れ込むことに成功した。

 ここまでくればこっちのもんよ。

 後は詩を読んで、王様の病気を治しておしまい。

 王太子に見初められれば、王妃になるのも夢ではない。


「では、今詩を作りますね」

「よろしく頼むぞ、シルヴィー嬢。病気が逃げ出すような詩を作ってくれ」


 少し話しただけで、頭の中にいくつもの言葉が思い浮かぶ。

 やはり、あたくしは天才ね。

 羽ペンと紙を取り出して詩を書く。

 あたくしを未来の王妃にしてくれる詩を。



――

 胸に宿る負の結晶

 それは美しい花を咲かせるでしょう


 遅い開花は

 見事な花を咲かせるため


 クロユリとスノードロップ


 黒と白のコントラストが

 あなたのを行く先を暗示する

――



 素晴らしい詩ができた。

 詠い終わると、王様の身体……胸辺りが、数秒ほど黒い光りに包まれた。


「どうでしょうかっ、王様っ」

「あまり変わった気がしないぞよ……」


 王様は不思議そうな顔で言う。

 ……チッ、きっと年寄りだから、スキルの効きが悪いのだ。

 仕方がないので詩を渡した。

 以前にも、お義姉様は詩を読んだ後、客にその紙を渡すことがあった。

 どうやら、その日くらいは客が読んでも効果があるらしい。

 直接自分で詠うより力は弱まるけど……とかなんとか言っていたっけ?

【忌み詞】も言葉のスキルだから、同じような効力のはずよ。


「でしたら、この王様専用の詩を夜にでもお詠みくださいませぇ。胸の病気などたちまち治ってしまうでしょう」

「しかし……なんだか情緒もへったくれもないのぉ。風情もないし字も汚いし……」


 なんですって!?

 王様は目を通したかと思うと、つまらなそうに言った。


「さ、さようでございますかぁ。王様のご健康を祈って精一杯書かせていただいたのですけどぉ」


 怒りたくなるも必死に抑える。

 こんなじいさんだろうが、相手は王様。

 不敬罪にでもされたらたまったもんじゃないわ。

 この怒りは後でルシアン様にぶつけましょう。


「まぁ、せっかく書いてくれたのだから、ありがたく頂戴しようかの。ご苦労じゃった、シルヴィー嬢。ワシらはお暇するぞよ」


 王様たちは馬車に乗り帰る。 

 ルシアン様と見えなくなるまで見送った。


「クソが……結局、俺とはろくに話さなかったな」

「仕方がないですわぁ。次の機会にお話しできることを祈りましょう」


 ルシアン様は王様にアピールできなかったことをずっと悔やんでいる。

 反面、あたくしはもうウキウキだ。

 王様の病気は完全に治って、あたくしは聖女のように崇め奉られる。

 今までの不遇を帳消しにして、王妃に成り上がってやるわ。

 今日の夜が楽しみ~。



 ◆◆◆(三人称視点)



「「王様、お疲れ様でございました」」

「うむ、皆もご苦労じゃった」


 宮殿に帰ったメーンレント王は食事を済ませた後、使用人に案内され寝室へ向かう。

 やはり、胸の行き苦しさはまだ残っていた。

 寝るには少し早いが、今日はもう休息を取ることにする。

 メーンレント王は、シルヴィーに渡された詩を読んだ。


「……行く先を暗示する……うっ……!」


 詩を詠い終わったとき、彼の胸を鋭い痛みが襲った。

 今まで感じたことがない痛みと辛さに、メーンレント王は脂汗を流す。

 とても座ってなどいられず、ベッドに崩れ落ちた。

 使用人たちは異変に気づくと、悲鳴に近い叫び声を上げた。。


「た……大変だ。王様が倒れられたぞー!」」


 宮殿は大騒動に包まれる。 

 今回のシルヴィーの詩は遅効性だった。

 クロユリの花言葉は"呪い”、そしてスノードロップの花言葉は……"あなたの死を望む”。 シルヴィーは言葉の意味も深く知らず、メーンレント王に呪いともいえる詩を書いてしまった。


 ――国王の危篤。


 直属の医術師や薬師が次から次へと寝室に集まり、王宮中は大騒ぎだ。

 シルヴィーやルシアンがのんびりとグラスを傾ける裏で、メーンレント王国きっての一大事が起きていた。

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