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第2話:お屋敷

「ここが‟寡黙の辺境伯‟様のお屋敷……」


 オリオール家から馬車に乗っておよそ五日。

 私はとある大きなお屋敷の門に到着した。

 そう、‟寡黙の辺境伯‟ことルイ・アングルヴァン様のお屋敷に。

 馬車を降りた瞬間から、緊張感が途切れない。

 御者さんもお金を払うと逃げるように帰ってしまった。

 お屋敷の玄関は、門から50mほど先にある。

 と、遠いし、広い……。

 敷地内には広大なお庭も広がり、しばし圧倒されてしまった。

 お屋敷は二階建ての建物で、遠目に見える外壁は白く、屋根は深い蒼色だ。

 清廉潔白な印象だったけど、逆に幽霊屋敷のような恐ろしさを抱いてしまう。

 しばし恐怖に怯えるも、深呼吸して気持ちを整えた。


 ――落ち着いて、ポーラ。話したこともない人を勝手に怖がるのはよくないわ。


 まずは実際に会って話してみないと、どんな人かはわからない。

 たとえ噂通りの人だったとしても、ちゃんと話せば絶対に分かり合える。

 私は、言葉には人と人を結ぶ力があると信じていた。

 意を決して、お屋敷へと足を踏み出す。

 歩くにつれ、よく手入れされたお庭だと感じる。

 萎れた花は少なく、草木は瑞々しい生命力にあふれる。

 お屋敷はロコルルの街の奥地にあるためか、人のざわめきや馬車の闊歩する音は少しも聞こえず、代わりに小鳥の可愛いさえずりがよく聞こえた。

 緊張感を胸に玄関をコンコンと叩く。


「す、すみませ~ん。メイドの募集を見て、参った者でございます」


 ……返事はない。

 誰もいないのかな。

 しばし待つも、扉が開く気配はなかった。

 諦めて帰ろうか……と思ったとき、カチャリと開かれた。

 メイド服を着た、肩くらいまでの茶髪の女性が姿を現す。

 切れ長の茶色い目が涼しげな印象だった。


「遅くなり申し訳ございません。屋敷の奥にて作業をしておりました故、ご対応が遅れてしまったのです。わたしはメイドのエヴァと申します」

「こ、こんにちはっ。こちらこそ、突然訪問して申し訳ありませんっ。ポーラ・オリオールでございますっ」


 女性の凛とした雰囲気に、私も慌ててお辞儀する。

 人々の評判が悪くても、辺境伯は辺境伯だ。

 メイドさんも優秀な人材が揃っているのだろう。

 エヴァちゃんはキリッとした顔のまま、中へ案内してくれた。


「どうぞ、ポーラ様。遠路はるばるお疲れ様でございました。ご主人様がいらっしゃるまで、応接室の方でお待ちください」

「は、はいっ」


 後に続き、お屋敷の中を進む。

 辺境伯なんて偉い人の家に来たことなどなく、床以外の物を触らないようにするので精一杯だった。

 壁には色んな絵が掲げられ、調度品が飾られる。

 ロコルルの街を描いた風景画や女神様を讃える絵……、金の装飾が施された陶磁器などなど。

 どれもこれも高そうな物ばかり。

 息が詰まりそうになりながら歩いていると、重厚な樫の扉に着いた。

 エヴァちゃんが開けると、オリオール家とは比べ物にならない豪華な部屋が現れる。


「ポーラ様はこちらのソファでお待ちください。今お茶をご用意いたしますね。ご主人様にもお話ししてまいります」

「わ、わかりました。すみません、どうかお気になさらず……」


 断ったけど、エヴァちゃんはお茶を持ってきてくれた。

 彼女の隣には小さな少年の執事もいる。

 くるっとした茶色の髪に、丸っこい茶色の目が女の子のように可愛い。


「お待たせいたしました。お茶でございます。ご主人様はもう少しでいらっしゃるとのことでした」

「初めまして、ポーラ様。僕は執事のアレンと申します。お菓子をお持ちいたしました」

「ありがとうございます。ポーラ・オリオールです」

「ポーラ様と一緒に働けるのを、僕も祈っております」


 少年執事はアレン君と言うらしい。

 まだ子どものに働いていて偉いなぁ。

 お茶を出したりお菓子を用意してくれる彼女らを見ていると、ふと面影が重なった。


「お二人はよく似ていますね」

「わたしたちは姉弟なんです。わたしが十六歳で、アレンは十二歳です」

「姉さんにはこき使われていますよ。こう見えて人使いが荒いんです」


 アレン君が笑いながら話すと、後ろにいるエヴァちゃんの表情が厳しくなった。

 なんと、実の姉弟だったのか。

 どうりで似ているわけだ。

 あれこれ準備してくれる二人を見ていると、自然と伝えたくなった。


「あの……エヴァちゃん、アレン君。どうか、もっと気楽に話してくれませんか? もう貴族でもなんでもないし、二人とは友達になりたいんです。」


 まだ出会って間もないものの、ルシアン様やシルヴィーより親しく感じられたのだ。

 私が言うと、二人はしばしポカンとしていたけど、やがて笑顔で話してくれた。


「……うん、ありがとう。わたしもポーラちゃんとは友達になりたい。その代わり、ポーラちゃんも普通に話してね。わたしのことも友達みたいに呼んで」

「それでは、僕はポーラさんと呼ばせてもらいます」


 二人と一緒に微笑む。

 エヴァちゃんは不思議そうな顔で私に尋ねた。


「名前を聞いたときから気になっていたんだけど、苗字があるってことは、ポーラちゃんは……もしかして貴族?」

「ええ、オリオール家は男爵よ」

「ポーラちゃんは貴族だったの! やっぱり! どうしよう、貴族の友達ができちゃった!」

「え……?」


 突然、エヴァちゃんは叫んだ。

 さっきまでの凛とした雰囲気は消え去り、頬に手を当てはわわ……と震えている。

 驚いていると、アレン君がにこやかに告げた。


「驚かせてすみません。姉さんは“よそ行き”の顔を演じるのだけは得意なんです。これが普通です。僕たちは孤児院出身なので、貴族に憧れがあるのです」

「アレン、静かにしなさい」


 一転して、エヴァちゃんはギッとアレン君を睨むけど、当のアレン君は怯えることなくニコニコと笑う。

 何だかんだ、仲が良いんだろうなぁ。

 二人を見ていると、自然と私の状況も話しておきたくなった。


「実は私……婚約破棄されちゃったの……」

「「え!?」」


 ルシアン様とシルヴィーの一件を話す。

【言霊】スキルで家計を助けていたけど、婚約破棄され追い出され……二人は真剣に聞いてくれた。


「……ということなの。でも、もう気にしていないから安心して。もしメイドとして雇われることになったらよろしくね」


 まだ採用されるかはわからないけど、エヴァちゃんたちと仕事ができたらそれだけで楽しそうだ。

 そう思っていたら、徐々に二人の目がうるうるしだした。

 ……ん?

 ど、どうしたの?


「「……そんな辛い目に遭っていたなんて~!」」


 挙句の果てには泣き出してしまった。

 とても感情豊かな姉弟らしい。

 特に、エヴァちゃんは凛とした女性の雰囲気だったけど、今や年相応の少女の顔だった。

 一緒に悲しんでくれて、ほろりと涙が出そうだ。

 ほのかな嬉しさを感じたとき、応接室の扉が静かに叩かれた。

 すかさず、エヴァちゃんとアレン君は姿勢を正して立ち上がる。

 その反応だけで、誰が来たのかわかった。

 私も急いでソファから立つ。


「「ご主人様、こちらがお客人のポーラ様でございます」」


 入ってきた男性を見て、私の心臓は早鐘を打つ。

 か、“寡黙の辺境伯”、ルイ・アングルヴァン様だ……!

 目にかかるくらいの長めの黒髪に、鋭い眼光の黒い瞳。

 鼻筋はすらりと通っており、背の高さは180cm手前くらいだろうか。

 身に着ける衣服も黒っぽく、全体的に暗くて怖い雰囲気を醸し出す。

 無表情の顔からは、怒りや苛立ちとも取れる感情が見える……ように感じた。

 考えないようにしても、悪魔だとか、人の心臓を食べるだとか、怖い噂が頭の中を飛び交う。

 辺境伯様は私の前に来ると、静かに右手を上げた。

 何をされるのかわからず、思わず身体が硬くなる。


〔この屋敷の当主、ルイ・アングルヴァンだ〕


 何もされることはなく、代わりに私のちょうど目線の位置に、魔法文字が浮かんでいた。

 魔力で形作られた文字で、空中や水面など好きな場所に書ける。


「は、初めましてっ。ポーラ・オリオールと申します」

〔メイドの募集を見て訪れたと聞いたが?〕


 辺境伯様はスラスラと器用に鏡文字で書かれる。

 やはり、お話はされないようだ。


「はい、訳あって実家から出ることになりまして、こちらの募集を見てまいりました。もしよろしければ、メイドとして雇っていただけないでしょうか?」


 そこまで言うと、辺境伯様は一瞬表情が険しくなった。

 どうしたのだろう……と疑問に思う間もなく、一節の文章が空中に紡がれる。


〔悪いが、メイドはもう募集していない〕


 目の前に書かれた文字は、私に無情な現実を突きつけた。

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