表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/35

第15話:くま

「ポーラちゃん、いつも通り箒で掃いてから水拭きしよう」

「うん、わかった」


 ドッペルゲンガーを退治してから数日後。

 お屋敷での日常が戻ってきた。

 今はエヴァちゃんとロビーの掃除中。

 小さな舞踏会が開けそうなほど広いので、数人で作業するのが定番だった。

 アレン君は食堂に飾る花を摘む当番だから、ここにはいない。

 お屋敷に帰ってきてからルイ様と相談した結果、‟希望の館”は数か月かけて少しずつ修理を進める予定となった。

 とは言っても、ルイ様もお忙しいので、基本的には週に1~2日“霧の丘”に向かう。

 修繕には手間がかかるけど、逆に言うとやりがいがあった。


「ねえ、もう一度ドッペルゲンガー退治の話を聞かせて」

「え? ま、また?」


 エヴァちゃんは箒を動かしながら、ワクワクした様子で私に聞く。

 お屋敷に帰ってから、すでに三回くらい話したはずだけど……。


「何度聞いても聞き足りないよ。なるべく怖く話して」

「わ、わかった。……私たちが“霧の丘”に着いたときは、それこそ幽霊のような霧が辺りを包み……」


 退治に行ったときの光景を思い出し、なるべく怖くなるよう話す。

 ひとしきり話が終わると、エヴァちゃんは両手で身体を抱えてぶるぶる震えた。


「……ドッペルゲンガーは人の身体を奪ってなりすますなんて……ひいいっ、恐ろしいっ」


 この光景は四回くらい見たっけ。

 彼女は怖い話を聞いては怖がるのが好きだった。


「怖いなら聞かなきゃいいのに……」

「いやいや、背筋がゾクッとする感覚が病みつきになるんだよねぇ」

「へ、へぇ~」

「アレンは怖い話を聞かせても全然へっちゃらなの。本当に生意気なんだから。いつか怖がらせてやりたいわ」


 エヴァちゃんは悔しそうな顔で拳を握る。

 そんな光景を見るたびに、二人は本当に仲のいい姉弟だな、と微笑ましい気持ちになった。

 会話がひと段落したところで、二階からルイ様が降りてきた。

 私とエヴァちゃんは手を止めてご挨拶する。


「「辺境伯様(ルイ様)、お疲れ様でございます」」

〔掃除のほどご苦労。相変わらず、二人とも良い働きぶりだな〕

「「ありがとうございます」」


 話しながらも箒はきちんと動かしていたので、床は埃もなく綺麗サッパリだ。

 後は布切れで水拭きをして掃除は完了となる。


〔ポーラ、後で執務室に来てくれるか? 渡したい物があるんだ〕

「わかりました。ロビーのお掃除が終わり次第、お伺いいたします」


 渡したい物ってなんだろうね。

 忘れないようにしなくちゃ。


〔ところで、食堂の花がなかったが入れ替えているのか?〕

「はい、萎れてきましたので新しいお花を集めています。今、アレンが外で作業しているかと……あっ、ちょうどお庭から帰ってきたようです」


 玄関の扉が開き、アレン君がロビーに入る。

 手にはお花が入った袋を垂らし、新しい花瓶を持っていた。

 せっかくなので、気分転換も兼ねて花瓶も取り変えようという話だったのだ。

 アレン君はふらふらしたかと思うと、助ける間もなく床につまずいてしまった。

 お花が散らばり、陶器の割れる鋭い音がロビーに響く。


「アレン君!?」

「ちょっと、アレン、大丈夫!?」


 私とエヴァちゃん、そしてルイ様は急いで駆け寄る。

 アレン君は床に手をついて俯いていた。


「……申し訳ございません、辺境伯様。花瓶を割ってしまいました。弁償しますので、お金は給金から引いてください」

〔花瓶などどうでもいい。怪我がないか見せなさい〕


 ルイ様はアレン君の身体を慎重に確認する。

 どうやら、大きな怪我は負っていないようで、私とエヴァちゃんはホッと安心した。

 花瓶の破片で指でも切ってしまっていたらと、心配だったのだ。


「姉さんとポーラさんもすみません……。びっくりさせてしまいましたね」

「いえ、気にしないで。怪我がなくて良かったわ」

「もしかして、具合が悪いんじゃないの? 熱はない? おでこを見せなさい」


 エヴァちゃんは心配そうな表情でアレン君のおでこに、自分の額をつける。

 それだけで、弟をとても大事に思う気持ちが伝わってきた。

 熱もないようだ。

 アレン君の顔をよく見ると、目の下に黒いくまが薄っすらと浮き出ている。

 寝不足が続くと現れるような黒いくまが……。


「アレン君、最近はよく眠れていないの?」

「あの火事の一軒以来、悪夢を見るようになって……よく眠れなくなってしまったんです。血のように赤くて恐ろしい悪魔が、どこまでも追いかけてくるような夢です。身体も熱くなって、いつも寝汗がびっしょりで……」


 アレン君は暗い顔で呟く。

 ‟ロコルル‟の街のレストランで起きた火事……。

 あのときの火の勢いはそれこそ悪魔が躍っているようで、私が見ても恐ろしかった。

 今でも鮮明に思い出される。

 何より、アレン君はまだ子どもだ。

 ショックは大きかっただろう。


「わたしの知らないところでそんなに苦しんでいたなんて……」

「気づかなくてごめんね、アレン君」

〔私も把握できず悪かったな。辛い思いをさせてしまった〕


 ドッペルゲンガー退治などがあり、このところアレン君とはあまり話すこともなかった。

 結果、悪夢の存在に気づくのが遅れてしまったのだ。


「僕もお伝えするのが遅くなり申し訳ございませんでした。でも、しばらくすれば悪夢も見なくなると思います。きっと、悪夢が出るのも今だけですから」

「そういうわけにはいかないでしょうよ。教会で祈祷してもらう?」

「いや、そこまではしなくていいよ。時間が経てば治るだろうし」


 エヴァちゃんの言葉に、アレン君は首を横に振る。

 アレン君は幼くとも、人一倍強い責任感を持っていた。

 時間が経てば治ると言っても、何もしないわけにはいかない。

 彼らのやり取りを見ると、私は自然と告げていた。


「大丈夫、私に任せて。【言霊】スキルで悪夢を追い払うよ」


 そう言うと、アレン君はハッとした顔で私を見る。


「い、いいんですか?」

「もちろん。アレン君も私の大切な人なんだからね。お屋敷に来てから、アレン君にもすごく助けられたから……。今度は私の番よ」

「ポーラさん……ありがとうございます。お願いします……」


 アレン君はぺこりと小さく頭を下げる。

 悪夢なんか見ず、よく眠れるようになってほしい。

 今こそ、【言霊】スキルの出番だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ