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第12話:ルイ様からの頼み

『ルイから聞いたぞ、ポーラ。火事から住民を救ったんだって? すごい活躍だな』


 火事があった日から数日後。

 森で余分な草を刈っていると、ガルシオさんが褒めてくれた。

 どうやらルイ様がお話ししてくれたみたいだ。


「でも、最終的に消化したのはルイ様ですよ。私だけでは時間稼ぎが精いっぱいでした」

『いやいや、それが大事なんだよ。ポーラのおかげでおばさんも救われたんじゃないか。お前はもっと胸を張っていい。ルイも誇りに思っているはずだ』


 ガルシオさんは得意げに言う。

 自分の頑張りは自分が認めてあげないとよくないね。

 そう思ったけど、私の目にはとある光景が焼き付いていた。

 おばさんや店主さん、住民たちがルイ様を怖がって逃げてしまった光景だ。

 魔法文字でお話しすることや、怖そうな見た目が原因なのだろう。

 緊張するのはたしかだけど、本当はとても優しいのに。


 ――ルイ様の優しさをもっとみんなに伝えたいな……。


 私はお屋敷で働くことが多いけど、街に行ったときは少しずつルイ様の誤解を解いていこう。

 心の中で静かに決心したとき、ガルシオさんが私の後ろを見ながら言った。


『おっ、噂をすれば……ってヤツだぞ』

「え?」


 振り向くと、お屋敷の方角から歩いてくる男性が見える。

 ルイ様だ。

 この時間はいつも執務室か、所用でお出かけになられていることが多いけど……。

 何はともあれ、鎌を置いて立ち上がりパンパンと服の汚れを払う。

 汚いと失礼だからね。


〔仕事中すまない。今大丈夫か?〕

「はい、まったく問題ございません。どうぞ、私のことはお気になさらないでください。ルイ様の特等メイドですので」


 ピシッと姿勢を正して答えた。

 私はルイ様の特等メイド。

 お屋敷に置いてくれた恩を毎日返すのだ。

 ルイ様は少しの間私を見たかと思うと魔法文字を書く。


〔君の【言霊】スキルについて確認したいのだが、レイス……悪霊や怨霊の類にも効果はあるか? 具体的には、浄化や弱体化の作用があるか聞きたいのだ〕

「ええ、効果はあります。霊避けの詩を詠ったこともありますし、弱い霊ならば浄化することもできました。強力な霊だと専門の除霊師の方にお任せした方がいいとは思いますが……」


 ‟言霊館‟で働いていたときも、除霊や幽霊避けの依頼を受けたことがある。

 霊は人や魔物が発する、怒りや憎しみ、悲しみなどの負の感情が形を持った魔物で、一般的にレイスと呼ばれた。

 物を浮かべて攻撃してきたり、寝ている人を金縛りにしたり……色々と悪さをしてくる。

 浄化するには除霊師や教会の聖女さんなどに頼むことが多いけど、お金がない人は私を頼ることも多かった。

 個体によって力や見た目が大きく異なるので、実際に見てから詩を詠った方が効果が高い。

 そういった旨をお伝えすると、ルイ様は真剣に聞いていた。


〔……なるほど、君は私が思う以上にたくさんの経験を積んできたんだな〕

「もしかして、除霊に行かれるのですか?」

〔ああ、そうだ。ここから小一時間ほど東に歩くと“霧の丘”と呼ばれる丘があり、廃れた館――通称、”廃墟の館”が建つ。十人家族が暮らせるほど大きな家だ。ただ、単なる館ではなくてな。厄介なことに……ドッペルゲンガーが棲みついているのだ〕

「ドッペルゲンガー!?」

〔うむ。私がコピーされた場合、討伐に少々難儀する可能性がある〕


 ルイ様の言葉に、思わず驚きの声を上げてしまった。

 レイスの中でも上級の強い魔物だ。

 誰もいなくなった家や屋敷に棲みつき、来訪した人間の姿形を真似る。

 魔法や剣術の腕前なども完全にコピーしてしまうので、倒すのは大変に難しいと聞く。

 ルイ様みたいなすごい魔法使いになったら、とても強い力を持ってしまう。

 しかも、ドッペルゲンガーは倒した人の身体を奪い、本人に成り代わるそうだ。

 本で読んだだけでも、怖くて背筋がひんやりしたのを覚えている。

 私はドキドキしていたけど、ガルシオさんは感心した様子でルイ様に言った。


『ドッペルゲンガーなんて久しぶりに聞いたよ。まだいたんだなぁ。てっきり絶滅したかと思っていたよ』

〔私も報告を受けたのは数年ぶりだ〕


 ルイ様は無詠唱魔法の使い手だし、ガルシオさんはフェンリルだ。

 ドッペルゲンガーと聞いても取り乱すことはないのだろう。

 二人の冷静なやり取りを見ていたら、私も徐々に気持ちが落ち着いた。


「その寂れた館は、ルイ様の家だったのですか?」

〔いいや、違う〕


 私が尋ねると、ルイ様は静かに首を振った。


〔以前、“ロコルル”に住んでいた裕福な商人の館だ。一家は館を残して他の街に越したのだが、ずっと館の手入れはされず、ドッペルゲンガーが棲みついた。一家は館の処理について協議した結果、私に寄付することが決まったと通達が来た〕

「ルイ様に寄付……でございますか。どうしてまた……」


 なぜ辺境伯へ譲渡することになったんだろう。

 しかも、廃れてドッペルゲンガーが棲みついたような館を……。

 疑問に思っていたら、魔法文字で説明を続けてくれた。


〔おそらく、厄介な物件は私に一任させたいのだと思う。本格的な除霊と、その後の修繕は費用がかさむからな。一家はもう館に住まないことを決めたのだろう〕

「そうなのですか……」


 ルイ様は表情も変えず淡々と書く。

 でも、私はどことなく悲しい気持ちになった。

 辺境伯は便利屋なんかではないのに……。


〔だが、領主たるもの、最優先は領民の安全だ。私はドッペルゲンガーをきちんと退治する〕


 悲しい気持ちにはなったけど、ルイ様の力強い文字を見て気持ちを改めた。

 辺境伯として職務を全うしようとする、その立派な心意気に私も気が引き締まる。

 同時に、素直な気持ちがポツリと口をついて出た。


「ルイ様はやっぱり……優しくて真面目な方ですね」

〔そ、そうか? よくわからないが〕

「はい、ルイ様はとてもお優しい方ですよ」


 本人はそう思っていないみたいだけど、私はもうよくわかっていた。

 この方は誰よりも優しい心を持っているのだと。

 ルイ様はフッとわずかな笑みを浮かべると、サラサラと魔法文字を書く。


〔ドッペルゲンガーの退治に、君の力を貸してくれないか? 除霊師や聖女に支援を頼もうにも、誰も了承しなくてな。一人で討伐に向かうか迷っていたところだ〕

「もちろんです! このポーラ、精いっぱい頑張ります!」

『いい声だな。返事だけで除霊できそうだぞ』


 勢いよく返事したら、ガルシオさんに笑われてしまった。


〔では、さっそくだが詩を頼めるか?〕

「お言葉ですが、ルイ様。レイスは個体差が大きいので、できれば直接見てから詩を作りたく思います。彼らが棲む建物の様相なども、詩に組み込む必要があるんです。ですので、私も館に連れて行ってくれませんか?」

〔なるほど……。だが、そうすると君にも危険が及ぶ可能性があるな〕


 今までも、【言霊】スキルで除霊をするときは直接現地に行った。

 レイスは個体差が大きいだけでなく、棲み処にする建物の影響を強く受ける。

 人がたくさん住んでいたところほど建物に感情が染み込み、複雑な形を取ったりした。

 だから、自分の目で見た方が詩の精度が上がるのだ。


「それに、ドッペルゲンガーがコピーできるのは一人だけと聞きました。もし私をコピーすれば、討伐は簡単かもしれません」

〔ふむ……〕


 ルイ様はしばらく悩んでいたけど、了承してくれた。


〔わかった。ポーラも一緒に来てくれ〕

「ありがとうございます。足を引っ張らないよう頑張ります」


 両拳をグッと握って決心する。

 ルイ様のお役に立つため頑張るぞっ。


『俺も一緒に行くよ。何があるかわからんからな』

〔よろしく頼む。君がいれば、なおさら心強い〕


 相談の結果、ルイ様、ガルシオさん、私の三人でドッペルゲンガー退治へ向かうことになった。

 一度みんなでお屋敷に戻り、エヴァちゃんとアレン君にもドッペルゲンガーの件を伝える。


「……ドッペルゲンガーの討伐なんて大変でございますね。わたしもご一緒したいですが、お留守番します。ポーラちゃんも頑張って。無事に帰ってこられるようお祈りしとく」

「お屋敷の留守は僕たちに任せてください。どうぞお気をつけて」


 最初、二人はびっくりしていたけど、元気よく送り出してくれた。

 ルイ様は執務室へ、私は自室へ行き荷物や道具を整理する。

 十分ほどでお庭に再集合した。


〔二人とも、準備はいいか?〕

「はい、万端です」

『持っていく物なんか何もないさ』


 転送魔法は魔力を結構消費するので、念のため馬車で移動する予定だ。

 馬車に乗るため、私たち三人は街へ向かう。

 ガルシオさんは目立ちそうだけど、ルイ様が策を考えてくれたようだ。

 目指すは“霧の丘”に立つ”廃墟の館”。

 そこに棲むドッペルゲンガーの退治だ。

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