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第10話:街で

「ポーラちゃん、今日は街へ買い出しに行こうか。そろそろ日用品の補給が必要そう」


 お庭の手入れをしていたある日、エヴァさんが大きな鞄を私に見せながら言った。

 シャベルを置いて立ち上がる。


「うん、行く行く。買い出しは”ロコルル”の街?」

「そうだよ。結構大きな街だから、だいたい何でも揃っているんだよね」

「へぇ~……あっ、思い返せば、街に行くのは初めてだ」


 そういえば……と思って呟いた。

 お屋敷に来てからもう二週間ほど経つけど、ずっとお屋敷の中にいる。

 外に出ても“霊気の森”くらいなので、街に行くのは馬車で“ロコルル”に来たとき以来だ。


「いつもはアレンと二人っきりだったんだけど、ポーラちゃんがいれば一度にたくさん買えそう」

「こう見えてもそれなりに力はあるから、何でも運ぶよ」


 オリオール家では、両親と義妹の使用人みたいな扱いもされていた。

 “言霊館”での仕事が終わると、三人に命じられ部屋の模様替えなどをさせられることもあった。

 ……という話をすると、エヴァさんはまたホロリとしちゃった。

 ハンカチで彼女の涙を拭いていると、ちょうどアレン君がお屋敷から来た。


「姉さん、今日は買い出しの日だよね?」

「そうよ。ポーラちゃんともちょうど話していたんだけど、一緒に行くことになったから。すぐ行くからあんたもついてきて」


 エヴァさんが言うと、アレン君の目がなぜか輝いた。

 両手を胸の前で組み、キラキラと私を見る。


「ポーラさんが来てくれて僕もありがたいです。今までは姉さんに押し付けられてばかりでした。あれを持て、これを担げ、それを背負え……本当に人使いが荒いのです」

「アレン、お黙りなさい」


 エヴァさんはギッと怖い顔でアレン君を睨む。

 当のアレン君は気にせずニコニコするのもまた、日常の光景だった。


「じゃあ、ルイ様に買い出しのこと伝えてくるね」

「わかった。わたしたちは先に門の所で待ってるよ。ご主人様には一時間半くらいで帰れると思います、って伝えておいて」

「よろしくお願いします」


 二人と別れ、お屋敷へ向かう。

 執務室に行き、重厚な樫の扉をそっとノックした。

 ルイ様は在室の場合、返事をする代わりに直接対応してくださる。

 十秒も経たぬうちにカチャリと扉が開いた。


〔どうした、ポーラ〕

「エヴァさんとアレン君と一緒に、これから街へ買い出しに行ってまいります。一時間半ほどで帰宅できると思います」

〔わかった〕


 無事ルイ様の許可もいただけた。

 早く二人のところに戻ろうと振り向いたとき、視界の隅に新しい魔法文字が目に入った。


〔ちょっと待ってくれ、ポーラ〕

「はい」


 外へ向かう足を止め、ルイ様に向き直す。

 ルイ様は無表情のまま動かなかったけど、すぐ私の目の前の空中で指を動かした。


〔いや、何でもない。気にしないでくれ〕

「いえ、何か御用がございましたら、ぜひおっしゃってください。私はルイ様の特等メイドでございますので」


 もしかしたら、何かご入り用の物があるのかもしれない。

 しばし待つと、ルイ様はさっきより小さな字で書かれた。


〔……気をつけてな〕


 小さいけれど、確かにそう書かれていた。

 気持ちがほんわかして温かくなる。

 やっぱり……ルイ様は優しい方だな。

 ルイ様の気遣いが嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまった。


「はいっ。精一杯気をつけて買い出しを行いますっ」


 ビシッと敬礼しながら言うと、ルイ様は無表情の下にわずかな微笑みを浮かべて扉を閉める。

 ほのかな温かさを胸に外に出る。

 お庭を横切っているとき、ガルシオさんとばったり出会った。


『ポーラ、どっか行くのか?』

「みんなと一緒に、”ロコルル”の街へ買い出しに行ってきます」

『なんなら乗せていってやるぞ。歩くと二、三十分はかかるからな』


 ガルシオさんはわずかに身を屈めてくれる。

 大変ありがたいのだけど、丁寧に遠慮した。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ガルシオさんを見ると、街の人たちは驚いてひっくり返ってしまうかもしれませんので」

『それもそうかぁ』


 フェンリルなんて見たら、街は大変な大騒ぎになってしまうだろう。

 門のところでエヴァちゃんとアレン君と合流する。

 ガルシオさんは前足を振って、私たちを見送ってくれた。


 お屋敷を出て歩くこと二十分ほど。

 “ロコルル”の街に着いた。

 中央の広場からは石畳の道が何本も伸び、お肉屋さんや八百屋さん、武器屋さんなどたくさんのお店が立ち並ぶ。

 街には買い物客のざわめきや子どもたちの遊ぶ声、お客さんを呼ぶ威勢のいい声などが響く。

 北の辺境ではあるけど、王都にも負けないくらいの賑わいだ。

 これもきっと、ルイ様の良い統治のおかげなのだろう。


「じゃあ、わたしに着いてきて。買う物がいっぱいあるから効率よく回らないと」

「「は~い」」


 エヴァちゃんはメモを片手に、私たちを先導する。

 一度馬車で通ったはずだけど、街の様子はあまり覚えていなかった。

 きっと、緊張や不安でそれどころじゃなかったのだろう。

 それなのに、今は興味を惹かれてならない。


 ――お屋敷での日々は、私を癒してくれているんだな。


 そう強く実感する。

 三十分も歩きまわると、手荷物がいっぱいになった。

 食料品に日用品、裁縫に使う糸や布……。

 一旦中央の広場に戻り、荷物を整理する。

 事前に買う予定だった物はほとんど購入できていたけど、重い肥料が残っていた。


「エヴァちゃん、お花の肥料はどうしようか」

「そうだねぇ……重くなっちゃうけど、買って帰ろうかな」

「僕とポーラさんで運べば持てそうだよ」


 少々重いけど買って帰ることに決め、花屋さんの方へ歩きだしたとき。


「「大変だ! 火事だー! ……火事だぞー!」」


 街中から切羽詰まった声が聞こえた。

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