プロローグ 転生
森の匂いに陽が混じれば、それは朝の伝言師となる。
夜の闇が深い分、朝の宝石のような光の輝きはより魅せられる。
そんな素敵!な田舎…。ーーーはぁ…。
田舎にはメリットがあるとかないとか…。
俺から言わせて貰えば、メリットがどうこうでこんな所には住まない。俺はただ、コイツらで生計を立てているから住んでいる。
「ーーーったく、今日もクソうるせぇなぁ…」
モーモー、ブヒブヒ、コケコケ、と3種の不快な声がこの丸型の屋根の大舎に無数に飛び交う。
「テメェら、餌の時間だ! ーーー黙ってろ」
こんな仕事今すぐにでも辞めたいくらいだ。
しかし、そうもいかない理由がある。
親父が死んで、通帳には1円も預けられていなかった。そのくせ、この大舎という名の銀行を覗いてみれば何百もの家畜共の命が預けてあった。
迷惑な話さ。コイツらを無駄にしたら俺に遺産は0って事だ。…一人息子にくらい迷惑かけずに遺産残しとけよ! ーーー全く。
だから俺は仕方なく親父の牧場を引き継いでいる…
収入は悪くない。ただ、好きでもない家畜の騒音を受け続けるのは精神的にくるものがある。
牛300、豚200、鶏200、そこからは数えていない。何匹屠殺したかも覚えてないし、何匹産んだのかも分からない。
俺はいつも通り、餌をやる。ーーいつも通りな。
すると、大舎の入り口から「おい!」という声がした。
うちの周りには人ひとりいない為、人自体に会うのも何ヶ月振りである。数ヶ月に一度家畜共の肉を貰いにくる業者に会うくらいだからな。
「はーい、どちらさんですか?」
そこには随分と痩せこけた、頬骨の出たクマのある二十代くらいの青年が立っていた。泥のついた少し黄ばんだ白い作業服に黄緑色のキャップ帽を深く被っていた。
「ーーーあの、牧穂作さんですか?」
「ん? 確かに俺だが、何か用で?」
少し気味が悪いな。一度も目を合わせようとはしないな、この青年。
無言が続く。気まずい。何なんだコイツ…?
「あの、用事がないなら仕事戻りますね。こっちも忙しいんで」
おれは大舎に戻った。青年はまだ入り口に立っているようだが…。そのうち帰るだろう。
それより今日は…。はぁ、屠殺、か。
気分が乗らない。当たり前か。殺すんだもんな。
大舎に隣接した屠殺場へ足を運ぶ。今日は…鶏か。
屠殺用の作業服に着替える。足を吊るして鶏を逆さまにする。羽をバタバタとさせ白羽が雪のように舞う。左手で鶏の頭を抑えると刃の面積が広く長方形のような形をした肉包丁を右手に持ち、切り落とす。
一匹、また一匹と…。この時間が1番の地獄。ただ、コイツらの命の上で俺は生きている。見なくて良い地獄なんて、俺には存在しない。
ーーー終わった。濁った赤が辺りを濡らす。
俺は服を着替えると大舎に戻った。どうやら入り口の青年も帰ったらしい。「流石にな…」思わず口から溢れ出た。
「!?」気づかなかった。俺は、この異様な光景に…
あれほど不快だった声が一つもしない!姿が…姿が一切見当たらない!
何百といた家畜たちは一切に消えていて、その異様な空気感が色々な感情となって纏わりつく。
「な、とりあえず…警察か? いや、こんなこと信じてもらえるのか、とりあえずうちに戻ろう。考えるのはそれからだ」
すると聞き覚えのある声がした。
「やあ! 牧穂作さん」
「お前は!? さっきの青年!」
この青年、やっぱり気味が悪い。ただ今度は目しか合わせてこない。なんだ…?
「お前がやったのか…? 青年」
「フフフ、驚いたでしょう? これはあの動物たちのための事。貴方のような動物の命をお粗末にする外道の元にいてはあの子達は幸せになれない」
「何だテメェ? ヴィーガンか?」
「フフフ、ちょっと違う…」
「ん?」何を持ってるんだ?アイツ。
「僕は神の天啓により、人間のエゴによって幸せを奪われている動物を解放する愛の戦士!「解間花汰」だ!」
なるほどな、やばいやつか…。厄介なのに目つけられた。
「つまり何だ? しょうもない正義感で動く馬鹿ってことか?」
そういうと花汰は顔を真っ赤にして叫んだ。
「貴様! 今まで何匹の命を奪った…! 償えよ…下衆」
その刹那、バシュッ、という音がした。胸を見るとナイフが刺さっている。花汰が力強くそのナイフを握っている。
ドクドク、と血が大量に溢れ出る。おかしいな…?何故だろう。こんなに血が流れているのに、怖くないし気分も悪くない。これも、屠殺を繰り返し、俺が普通ではなくなったってことなのか?走馬灯なんてものは流れもしない。何て実りのない人生だったのか…。あぁ、神様…!
ーーー俺は大舎の地面に伏せ、その生涯を終えた。
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ん、なんだ…?この感覚…そうか俺は死んだのか。
死んだ後ってこんな感じなのか。真っ暗の中に体が浮いてるみたいな…変な感じ。
手は、動かせる。足も、動く。体は…動く!?なんだそれ、まるで生きてるみたいに、てか、俺、目を瞑ってる? 眩しい…が、開けてみよう。
“新しい光”を拒むということをせずに俺は緑の瞳を露わにした。するとそこには見たことのない植物が広がった大地。見たことのない動物。そして、少し遠くには異国情緒の感じる村があるのが見える。
「此処は…話に聞く、『異世界』!?」
何という事だ、つまらない人生だと思っていたが死んだ後が本番だったなんて。これで新しい人生が始まるってことか!?それにこれであの大舎も見なくて済む!
…ん? なんだ、この後ろからの嫌な気配。
まさか、いや、まさかな。そんな訳ねぇよ。
俺は意を決して後ろを振り向いた。
するとそこには見覚えのある牧場大舎が建っていた。
「な、なんでぇーーー!?」
この異国情緒の感じる田舎に割と馴染んだ形で建てられている大舎に俺は心の底からのハテナが浮かび上がった。
なぜ素晴らしい第二の人生を歩もうとしているのに、第一の人生の汚点でもある大舎が付いてきてるんだ?
いやそれよりもだ。その大舎から声が聞こえる。
2人、いや3人の会話が聞こえる。ーーー誰だ?
「ここは俺の大舎だぞ! なんか腹立つな」
あんなに嫌い、とは言ったものの何十年も俺が生きた場所だ。こっちの世界じゃ俺のものかは知らないがどんな奴が会話しているのかが見たくなった。
俺は建物入り口の正門が開いているのを確認すると大舎の中へと入った。
中には中央の円机を囲うように三つの影が見えた。
アイツらか! 俺の大舎でくっちゃべってる奴は。
中央によるほど会話の声が大きくなってくる。
俺は耳を傾けてその会話を盗み聞きした。
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「コケケケ、幹部スッタンは賢者にやられたようだケ」
「正直ワタシャールは賢者に期待0だったブヒ」
「“目”が悪りぃな。モーすでに俺は気づいているゼ。
確実に幹部ヨヨンが魔術師ピーラーにやられるゼ」
「コケ、そいつぁ、どーケね。何も争う構想は魔王軍と冒険者の二対だけじゃねぇ。冒険者同士も勇者になるために争うことだってあるケ」
「ワタシャールは魔術師ピーラーは幹部ヨヨンと戦う前に剣士ハンに滅さられると予想するブヒ」
「確かに、それモー全く悪くねぇ考えだな…」
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俺は、呆気に取られた。
全く何の話をしているのか分からない。魔王だとか冒険者だとか…。ここは異世界だし、よくある話なのか?
いや、だが、それ以上に…
俺は耳からの情報よりも目からの情報に驚いた。
俺の大舎で会話をしている3人。その3人、いや三匹はそれぞれ、『牛』『豚』『鶏』だったのだ!!!