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彼女

 静かな夜。私は家を抜け出して、学校に向かって歩いていた。


 この辺りの地域は中途半端に田舎で、周辺は田んぼと畑と道路がほとんどだ。少し先にはコンビニがあって、スーパーマーケットがある。また駅周辺は結構栄えている。


 そんな地域の田んぼ道を私は歩いている。もう夏はすっかり終わって、リンリンと虫の音が喧しい。夜風は涼しく、あの暑苦しかった気温が嘘のようだ。


 私は歩きながらスマホを取り出した。薄暗い田んぼ道が、スマホの画面の光で薄ぼんやりと明るくなる。


 すると、前方に黒猫がいることに気が付いた。道路の真ん中で座っている。


 さらに奥には軽トラックがこちらに向かって走ってきていた。


 周囲は薄暗く、軽トラックの運転手が黒猫に気が付くかどうかは微妙だし、黒猫も何だか警戒心がない。


「ったく、仕方がないなあ」


 私はそう呟くと、黒猫に向かって、追い立てるように走った。すると黒猫は私に驚いて、道の脇に逸れた。


「もう、そんなとこで寝ちゃ駄目だぞー」


 私は言った。もうこれで、猫が車に引かれることはないだろう。


 そんなこんなで学校に辿りついた。私は校舎の窓から中に侵入した。普段は鍵が閉まっているが、私が昼間に施錠できないように細工をしていたのだ。そして靴は履き替えずに、階段を上っていく。やがて屋上に続くドアの前まで辿り着いた。


 ガチャリ。ドアを開けた。すると、サァーっと風が吹き抜けた。私は少し目を伏せた後、眼前に広がる景色を見た。


「ああ、良いじゃん。良い感じじゃん」


 私はそう呟いて、屋上の端にあるフェンス向かって進んでいく。進んで行く時、たまに夜風が頬を撫でる。ひんやりとした風は、なかなか気持ちが良い。


 そのままフェンスまで辿り着くと、私は片手をそのフェンスに添えた。そして、屋上から見える景色を眺める。


 先ほど歩いた田んぼ道と、たまに走っている軽自動車。ポツポツと点在しているコンビニと、駅周辺の煌々とした明かりが見える。


「なんて、つまらない景色」


 なんて、つまらない世界。私は呟いた後、フェンスに添えていた手に力を込める。


 そしてそのまま、私はフェンスをよじ登り始めた。片足をフェンスの網目に乗せ、体重を掛ける。するとガシャン、ガシャンとフェンスは揺れる。


「こんな糞みたいな世界、死んでやる」


 怒りを込めて、私は呟いた。やがてフェンスの天辺まで辿り着くと、身体を上手くよじって、反対の方へ移動した。そしてそのまま、フェンスの付け根部分まで足を降ろした。


 フェンスに捕まりながら、私はゆっくりと身体の向きを変え、そして飛び降りる準備が完了した。


 一歩進めば、落ちてしまう。


 それ程に足場は狭い。フェンスに捕まっているものの、そのフェンス自体がグラグラと揺れていて、少し不安定だ。


「でも、そうだよ。どうでも良いんだ。どうせ、死ぬんだから」


 私は半ばヤケクソ気味に、両手を離した。それでも、意外とバランスは保てる。今のところ、落ちることはない。


 私は、チラリと後ろを向いた。無骨なドアが、ただそこにある。


「あーあ。私を救ってくれる人が、颯爽と現れてくれないかなあ」


 そう呟いて、私はまたドアの方を見る。ドアは一向に開きそうにない。


 それはまるで、世界からすっかり隔絶されてしまったような感じ。


 ああ、そうだよ。そういう世界だった。私は何を期待したのだろう。


 死のうとしている人間が、今更救われたかったのか。いや、今更ってなんだ。私は今もなお救われたいよ。できることなら、死にたくない。


 でも、もうこんな世界で生きるなんて嫌だ。


 ドアは未だに開かない。もう、覚悟を決めよう。


 そういえば、学校の屋上で幽霊が出るって噂があったような。はは、ウケる。これから私がその幽霊になっちゃったりして。


 私は再度、前を向こうとした。


――ガチャリ。


 その時、ドアは開いた。


「えっ!?」


 誰か来た。そう思って、私は咄嗟に振り返ろうとした。しかし、急だったこともあり、バランスを崩してしまう。


「うわっ! おっとっとっとっ!」


 私は今にも落ちそうになる。身を捩りながら、必死な思いでドアを開けた主を見た。


 男性。たしか同じクラスメイトだったと思う。彼は少し唖然とした感じで私を見ていたが、すぐに事態を察して、私の方へ駆け出した。


「頑張って耐えてっ!」


 彼は言った。私を救う気だ。しかし一方で、私はいよいよマズイ態勢に入ってしまう。


 グラッと、私は踏ん張りも付かないほどに体勢が崩れた。同時に、彼はフェンスまで辿り着く。彼は走ってきた勢いのまま、フェンスを勢いよく上った。そして反対側の足場まで辿り着く。


 その時には、私はもう落ち始めるところだった。彼はフェンスを片手で掴んで、もう片方の手を私に向けて伸ばす。


 その時の彼と目が合って、時間が止まった気がした。


 綺麗な星空。吹き抜ける風。虫の音。草木の匂い。


 そんな景色を背景にいる彼。


 夜空を映し出したような、綺麗な瞳。眉は吊り上がっていて、いかにも必死そうな表情をしている。風によって前髪は靡いている。


「手を伸ばしてっ!」


 彼は叫んだ。その声色から、彼の必死さが伝わってきた。


 その声による振動が、私の心をキュンと震わせた。


 私のために、こんなにも頑張ってくれるんだ。今まで誰も私のことは気にも留めなかったのに。


 学校で私は独りぼっちだった。家だって、私を痛ぶる人はいても、助けてくれる人はいなかった。きっとこれから先も、私を見てくれる人はいない。世界って、そんなものだと思ってた。


 ああ、私ってチョロいなあ。こんなにも簡単に惚れちゃうなんて。だって仕方がないよ。ここまで優しくされるの、慣れてないんだもん


 私は手を伸ばす。こんな彼がいたのなら、もう少し生きてみたい。


 彼の指先と、私が伸ばした片手の指先が、少し触れて。


 あーあー、もう少し早く好きになっていれば、自殺なんてしなかったのに、なんて思ったりして。


 助けた黒猫は不幸の前兆だったのかなーなんて思ったりもして。


 私の目から涙が溢れて。吹き抜けた風がその涙を運んで。彼の頬にぶつかって弾けて。弾けた雫の破片が、月の光を乱反射させて。


 そして、私は落下して、死んじゃいました。

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