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ss 実は弟も苦労しているんですよ

 リスクード城の東塔に急きょ移されたフィスフリークの執務室にて。今朝は、いや。むしろ今朝も、室内から姦しい怒鳴り声が響く。

「兄上! 兄上、一体何を考えていらっしゃるんですか!」

 ダン、と机を強く打つその人物。まだ病み上がりの青い顔を少しだけ残した15、6の年頃の彼は、適度に仕事を片している沈着な兄を睨めつける。

 一方、そんな熱い弟とは打って変わって穏やかな兄、フィスフリークは、さらさらと目にもとまらぬ速さで書類を見通しながら、簡単な仕草で認め印を押していく。まさかその書類が、国家級の極秘事項を扱っている最重要案件だと、一体誰が思うだろう。

「朝から元気で何よりだよ、ウィラ。その様子だと昨日の傷は大丈夫そうだね」

 弟の声に顔も上げることなく、ぽんぽんと何でもないことのように印を、まるで雑務処理でもするかのような速度で押し続ける。

 そんなどうでも良さそうにしながらも、しかし彼は内容すべてを一瞬にして頭に入れてしまっている。こうでもしなければ、緊急の案件の処理が滞ってしまってならない。

 ただでさえ、昨日までは最重要とも言えた案件がその他すべての執務に差し支えていたのだ。これくらいの速度は然るべき対応の内。

 その案件というのも、今では後処理として城の修繕というオプション付きであり、さらにやるべき仕事は山のようなものなのだが。

「はい。その件についてはご心配をおかけして――って、そうではなく!

 何の身元も分からぬ、どこの誰とも証明のつかない少女を城内に、それも兄上の賓客として上げるとは一体どういうことですか!」

「だがしかし、ウィラはその『どこの誰とも証明のつかない少女』に命を救われただろう? かくゆうこの私も、そしてエフィナもその一人であるし」

「それは、そうですが……っ、いいえ! それとこれとは同視すべきではないと俺、いや、私は進言しているんですよ、兄上!」

 再び机を叩く地響きが起こる。容赦なく叩かれた振動に、机に積み重なった書類の山がバランスを崩す。それでも倒れないのは、同席しているエフィナの巫術によるものだ。

「そう硬い言葉遣いにならずとも良いだろう、ウィラ。今は公式な謁見でもなし」

「兄上が崩れすぎなのですよ!」

「ははは。それもそうかもしれないな」

「…………」

 これだけ文句を募っているにもかかわらず、いまだ手も視線も書類に集中したまま、心底気の抜けた笑い声を上げる兄に、さすがのウィラルーアも言葉を失う。

 同じく隣で書類に追われていたエフィナも、これにはさすがに憐みの視線を向ける。仕えるべき主君の完全なる暇つぶしとして遊ばれている弟君に、心底同情している模様だ。

「確かにウィラの言葉も最もだが、私は彼女に興味を抱いていてね。このまま逃してはなるものか、と私の直感がそう告げているんだ」

「兄上があの女にか!?」

「ウィラ。言葉づかい」

「あ……」

 硬すぎるからと一気に緩めるなと忠告する。

「ともかく、私はあの彼女に私自身、そしてこのルティハルトの未来を変え得る力を宿している存在ではないかと感じている」

「そこまで…、なのですか……」

 今まで傍観を徹してきたエフィナも、この発言には驚きを隠せない。

 フィスフリークは、由那という少女の存在をそこまで重く見ているというのだ。この国を、ルティハルトを背負っていく王族たる彼が。

「だから、昨日の礼と謝罪も含め、今から彼女の部屋を訪ねてはどうだい?」

「はぁ!?」

「聞き取れなかったかい? それとも、意味を理解出来なかったのか?」

「恐らく後者ではと」

 そこでようやく書類から手を離し、確認のためエフィナに声をかける。問われたエフィナもエフィナで、案外バッサリと切り捨てる。それも無表情で。

「ほら、行っておいで。ああ。それと、折角だから彼女を朝餉に招待してはどうかな?」

「な、兄上!」

「それくらいのこと、別によろしいではないですか。ウィラルーア様」

「なっ、エフィナまで!

 ~~~っ。分かった。分かりましたよ。礼と謝罪と……すればいいんでしょうが。すれば!」

 優雅に出口を示しながら、一段落ついた仕事を切り止めて伸びをするフィスフリーク。そして、視線だけで出口を静かに示すエフィナの促しまで受け、ウィラルーアは半ば自棄になりながらもの凄い勢いで踵を返す。

「やれやれ。ウィラはあまりに操り易くて、兄として――いや。この国の王族としては、しばしば心配にもなるものだよ」

「そうですね。ウィラルーア様は少し自覚が足りません」

 あっさり乗せられた弟の背中を見送り、フィスフリークは一つ嘆息を付く。答えるエフィナも小さいながら息を漏らした。


 そして、その後。

 彼の去った仮執務室の仕事は滞りなく、通常通りに本日の執務ノルマは達成されたそうだ。


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