ss 掌握
20万ヒットのリク募集の際に頂いたコメントを元に書いたssです。
修正前のものはブログの方にて(2009.11.05付の記事に掲載してあります)。
「おっはよー。って、ぎゃーー! ゆっ、ゆっ、ゆっ…! ど、どどど、なな…っ」
勢い良く教室の扉を開け放ち、あいかわらず活発な挨拶を開口一番に発する有紗は、見慣れた親友のあまりの変貌ぶりに悲鳴を上げる。
その驚き様にクラス中の注目を浴びているのにもかかわらず、ぶんぶんと親友を指さして驚き続ける。
人差し指を自分に差したまま、ただ固まるその友人を見、至極落ち着いた様子の由那は口角を上げてくすりと微笑む。
「おはよう、有紗。…何、変な顔して」
ほんの数秒前まで視線を落としていた分厚い書物をパタンと閉じ、怪訝そうな色を帯びた視線を向ける。
「由那。もしかして、失恋でもした…とか?」
恐る恐る、しかし己の好奇心に負けた有紗は問いかける。その様子は、同じく由那の髪型に心底驚いていたクラスメイトたちも注目している。
「え? ああ、これ。長くて鬱陶しかったから切っただけだけど」
あっさり答える本人とは裏腹に、有紗を含む周囲の視線は何処か落胆しているように見える。
それに気づいているのかいないのか、由那はにこにこと分厚い本の背表紙をつついたり撫でたりと、まったくの素知らぬ顔だ。
「由那、有紗、おはよー。
んん? え…、わっ! ゆ、由那、よね。その髪、一体どうしたの!? ま、まさか、失恋?」
「もう。なんでみんなそういう反応なのかな…。断じて違うから。面倒だったから切ったの」
有紗の背後からひょっこりと顔を出した、少々気だるげな欠伸をする佳奈も、大きく口をあけたまま有紗と同様に固まる。が、いい加減見飽きた反応に、由那はため息を一つ零しながら億劫そうに答えた。
「あれ…、理美は?」
「私の髪見た途端、泣きながら教室から出てったよ」
「「…………(ああ。理美は由那の長い髪が好きだったから)」」
抑えなければ止め処なく出そうな嘆息をなんとかかみ殺し、ついには短く切りそろえた髪を指に絡め、さも鬱陶しいといったように目を伏せる。
比較的穏やかだとはいえ、こう何度も何度もしつこくこの話題に触れられるのはいい気がしない。
「たかだか髪切ったくらいで、そんなに驚くことかなぁ…」
友人二人の思考がユニゾンしているとはつゆ知らず、由那は毛先を眺めながら問いかける。
「えー。や、だってお嬢様はやっぱり長くて艶のある髪が似合うじゃんっ」
「そうそう。由那イコール長い髪って感じ」
「あのさ…、私イコールお嬢様を定着させるの、いい加減止めてくれない」
うんざりした様に興奮する友人二人を見据える。
「それは無理」
「右に同じく」
またしてもユニゾンする二人の意見に、心底どうでもいい由那は諦めて次の話題提供を試みる。
「…………。でも、一応は縛れる長さなんだし、これでも十分ロングでしょ」
「うーん。セミっちゃセミ? それともミディアム?」
「えー。由那だから十分ショートじゃない?」
「結局どれよ…」
「「んー、やっぱショート。由那だからショート」」
「…あっそ。私は別に何でもいいけど。頭軽くなったし、すっきりしたから」
「「…………」」
結局、由那はこうだ。見た目よりも機能性重視。飾るよりも使い易さを選ぶ。
「理美帰ってこないけど、もう一限始まるね」
由那のばかぁー、と叫びながら出て行ったきり戻ってこない理美を案じるフリをする。これも一種の話題提供。
「私、理美が帰ってこないに千円!」
「んー、じゃあ私三千円!」
「…ふーん。じゃあ私は、理美が帰ってくるに一万ね」
両者の意見が出そろった所でにやりと切り出す。
「は?」
「え?」
「理美ー! 今日エクステ付け行くから付き合ってくれなーい?」
二人の背後、廊下に大きく響くであろう声で呼びかける。その声が届く範囲にターゲットがいることを想定して。
ズダダダダ。と、地響きにも似た足音が近づく。
「――………なになに、なーにーぃ? 今なんかステキ言葉聞こえたしなーい!?」
「二人とも。あとで一万ね」
「「…………」」
にっこりと微笑んでやる。それは、今まで溜めた憂さ晴らしのようなものだ。
キラキラと輝く理美、そしてげんなりと肩を落とす有紗と佳奈を見、心底機嫌の良い由那は片肘をついてくすくすと微笑む。
その後、由那が本当にエクステを付けに行ったかは定かではないが、それもまた、彼らの変わらぬ日常である。