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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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十四話「君のための言葉①」


イグニスは食事処にいた。

ライラックが働いている場所だ。

そのお店は、素朴で落ち着くような場所だった。

以前も訪れたことのあるこの場所にイグニスは親しみを感じていた。

木の匂いが微かに香る。

この家に使われている木材はなんだろうか。

そんなどうでもいいことを感情に残す。


「イグニスさん。ご注文のお品です」

「ああ、有難う」


置かれた食事はかなりの量があり、果たして女性一人で食べきれるものなのかと疑問に思えるものであった。

しかしライラックは、そのことを知っているので疑問におもうことはなかった。

イグニスはそれを満足げに受け取る。


イグニスは食事を口の中に入れた。

口には、様々な味覚が口の中に広がる。

それは魅惑の味だった。

イグニスは、この国の味付けという物を好んでいた。

様々な国を旅してきたが、一番食の好みがあったのはこの国かもしれない。


「店長も喜んでいましたよ。いっぱい食べてくれるお客さんがいるのは嬉しいことだって」

「そうか、まあ俺も食べるのが好きなだけだしな」



イグニスはそういって、店の内観を見渡す。

確かに、以前ここを訪れたときよりも人がいないように感じる。

活気という物もあまり感じない。


「…‥‥」


恐らくだが、ここをよく使用していた兵士たちはもうこの世にいないことが多いのだろう。

そうでなくても、きっと重傷を負い今は傷を癒している。

自分と敵対したコ・ゾラ。

そのひとりですら、兵士の人員には多大な影響を及ぼした。

話を聞く限りでは、ネイキッドとシェヘラザードというアダムの配下にも多くがやられたそうだ。

被害は精々数十人程度だろう。

攻められたのは、豊穣国の一部であって全体ではない。

一般的な思考でいくと、被害はましなのだ。

しかし人の感情というものはそういうものではない。

どこだって、人がいなくなればそこに空白を感じる。

この国はとても暖かい。

それは気候の意味ではない。

理屈とかでは説明できない情の問題なのだ。

きっとよそ者の自分には理解のできない空白がこの国にはずっと前からでき始めている。


駄目だ。

こんなことを考えていると、飯が不味くなってしまう。

今は食べることに集中しなくては。

少し、食事を急いで体の中に入れる。

体が温まる感覚がする。

食べ物を口に入れると不思議と心地がよい。

ああ、誰かが言っていた。

生きたければ、温かいものを食えと。

きっとこれはそういうことなのだろう。


思考を再び戻す。

法皇国にいたとき、死者が出ることは滅多になかった。

なぜなら自分が戦っていた時の敵は、ほとんどがアンデットだった。

だからこそきっと疑問に持つことが少なかったのだろう。

命を奪いきることに抵抗はない。

なぜならそれは正しいことだった。


でも本当にそれは正解だったのか。

きっとアンデットにされた人物の家族は自分のことを恨んだだろう。

真に敵意を向けられ、自身も敵意を向け敵を殺したのはコ・ゾラが初めてかもしれない。

いまでもあいつの視線を考えると、少し体に寒気が走る。

きっとあいつは、殺すことに意味を持っていた。

疑問を持っていなかった。

なぜなら【答え】という物を持っていたから。

きっとあいつは、目の前の敵が誰かにとっての恩人であっても立ち止まることなく敵を殺す。

既にその答えをもっているから。

だが自分はそもそも違う。

答えを持つことなく、疑問を持つことなく

生きる上で不要なものを切り取っていた。

それが自分の中の普通だった。

でも自分はそれが異端だということを知ってしまった。

大丈夫だろうか。

自分が再び殺意と向き合って戦える自信が薄れてしまった。

ウリエルの言っていたことはきっとこれだ。

自分は弱くなった。

誰かにとっての大事な存在を意識するようになってしまった。

もしこの先、自分にとって大事な存在。

そんなものと戦うとき。

自分は立ち止まってしまうかもしれない。


きっと自分にはいろんなものが足りないのだ。

だからこそ罰としてマールは奪われたんだ。

そんな罪が心に浸されている。

自分は、マールを助けられるのか。


食事を噛むごとに、腹の中に入れるたびに。

そんな思考が脳に浸透していく。



そんな感情が、ライラックにも伝わったのか。

ライラックはあることを話し始めた。


「……ここに来るお客さんも結構減ってしまったんですよ」


ライラックが、そう寂しそうにつぶやく。

きっと彼女も、従業員として働く中で兵士やこの辺りに住み人々に触れてきたのだろう。

しかしそれらの人物と関わることはもうない。

なぜならその人物はもういないから。


「……そうか」


こんな時、どんな言葉を返せばいいのだろうか。

その時必要な言葉を自分はしらない。

そんなことに申し訳なさを感じる。



「……こんにちは」


空気が重くなり始めた時、そのお店に入る人物がいた。

その扉の開け方は、どこかその人物が店に入ることをためらっているようでもあった。

しかし店を入る人物を見たとき、二人の顔は驚愕に包まれた。


「セーリスク君!!!」

「セーリスク!起きたのか?」

「はい、申し訳ないです」


セーリスクがこの店に来たことに驚きと喜び。

二人はそんな感情を持っていた。

それに二人とも、別のタイミングとはいえセーリスクの状態は聞いていた。

心配もあったが、なによりセーリスクの傷が治っていることが嬉しいのだ。

二人は、セーリスクのことを歓迎した。


「とりあえず、座れよ」

「なにか軽いものでも持ってくるね!」


ライラックは、その喜びの感情のまま食事をとりに行く。

その顔は、ともかく喜びにあふれていた。

それは満面の笑みというものに相応しいだろう。

ともかく無事にこの店にきた彼のことをもてなしたかったのだ。

しかしセーリスクの表情はあまりよろしいものではなかった。


「あ……っ。ライラック」

「どうしたの?」



セーリスクは、ライラックのことを呼びかける。

その言葉は詰まっていた。

それに反応し、ライラックも振り返る。

ライラックはその言葉を疑問におもう。

なぜ彼は、そんなに困った顔をするのだろうかと。

しかし若干の間が空く。

なにか彼には伝えたくても伝えられないものがあるようでもあった。


「……まだあとでいいよ。お願い」

「うん?わかったよ!」


どうやらまだ伝えないようだ。

それに疑問は持つが、

彼がこの店にきて自分に会いに来てくれたという事実の方が

勝っていた。

イグニスに会うためにこの店にはこないだろう。

そんな少し自分の事情も入り混じった推測が

楽観的な感情をもたらしていた。

セーリスクは、イグニスがいうようにその隣へ座った。

やはり表情は変わらない。

なにか、嫌なことでもあったのだろうか。

それか、戦いの中の記憶を思い出して不快な気持ちになっているのかもしれない。

ここはなにか話題を出すべきだろうか。

そんなことを考えてイグニスは、セーリスクに話しかける。


「体は大丈夫なのか?」

「はい、とりあえずは」

「ここにきてるってことはそうだろう。エリーダさんは厳しいしな」


イグニスの目からみて、少なくともエリーダという人物が病人を気軽に外に出す人物とは思えない。

それに、セーリスクの動きは確かに鈍いところはあるもののそれは多少であって。

万全に近い状態にまでは治療しているだろうというのがイグニスの感想であった。

まあ、自分は万全でもないのに抜け出したことが一度あるのだが。


セーリスクの性格であれば、医師の指示ならきっちり聞くだろうし、そこら辺の心配はいらないだろうが。


「少し話があります」

「うん……?」


なんだろうか。

少なくとも、彼からこう真剣な顔をむけられる覚えはない。

それともコ・ゾラの話だろうか。

確かに、彼のことを深く憎んでいたセーリスクには伝えなければいけないことかもしれない。


「イグニスさん。僕は……」


彼の息遣いには、どこか緊張感があった。

少なくとも彼が何をいうのかわからなくてもその内容が真面目なものであることが読み取れた。


「貴方と同じ戦いに加わります。貴方の技術を僕に教えてください」

「えっ……」


その時、何かが落ちる音がした。

そんな音が耳に届き後ろを振り返れる。

後ろには、ライラックが立っていた。

床には、恐らくセーリスクのために作られたであろう料理が転がっていた。


「あ……ごめんね……大丈夫だよ」


しかしその顔には、哀しみという感情が表れていた。

目には大粒の涙がたまっていた。

頭の中が真っ白になる。

少なくとも、こんな聞かれ方はされたくなかった。

彼女にはしっかりと真正面に伝えたかった。


だが床に落ちた料理を拾い、ライラックは背を向ける。

そのまま店の奥のほうへと向かっていってしまった。

彼女はいう。

顔を隠しながら。


「ごめんなさい、大丈夫だから」

「ライラック!!待ってくれ!」


セーリスクは、彼女を呼び留めた。

しかし彼女は止まらない。

頭が真っ白になる。

決して彼女には、伝えないわけではなかったのに。

思わず、追いかけそうになるがさきほどまで話をしていたイグニスに視線を向ける。

しかしイグニスは、目を軽く瞑り首を横にふる。

それは、否定の意味だった。


「行ってこいよ。話はそれからだ」

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