十三話「ライラックへの恐怖」
「またですか」
「……ごめんなさい」
セーリスクは、再び医療室で休んでいた。
幸い、魔法による自傷は軽度で済んだため今回は休息だけだ。
前回で負った傷も開いていたが、エリーダの魔法によって癒されていた。
なぜかこの場にはペトラも残っていた。
セーリスクはそのことに疑問を持つが、エリーダと話をする。
「あなたの決断に文句を言うつもりはありません。ですが周囲の人がどう感じるか。そういったものを疎かにするといずれ人はいなくなりますよ」
「心に刻みまず」
「行動で示せなければ、何の意味はないのですよ」
やはり今回の実戦という形の実験は、あまりエリーダにとって好ましくないものだったようだ。
それもそうだろう。
前回倒れるきっかけとなった自身の魔法を試して結果体調不良となっているのだから。
「あまり悪化していなかったことは誉めましょう。そしてそれを私に見せたことも」
エリーダは、病室に来たことは怒っていなかった。
ただ、セーリスクが自らの体を顧みないことが悲しいのだ。
「貴方はまだ未熟です。それ故に人を頼らなければならないということを覚えていてください」
「……はい」
「わかったなら今回はそれで許しましょう。その体質を改善できるとよいですね」
しかし自分はこの戦闘では、前回より魔法の扱いがましだったようだ。
それ以上エリーダから追及されることはなかった。
そのうえペトラとプラードから実践練習の経緯まで説明されている様子であった。
ペトラはなぜか居心地が悪そうに見えた。
なにかに対して恐怖している。
確かにエリーダは怖い人だが、そこまで怯える必要があるのだろうか。
セーリスクはそんな疑問をもった。
しかしその疑問は数秒後に薄れていった。
「ペトラ」
その声は、酷く低く女性としては意外なものだった。
いや男性としても高い声だったがともかくエリーダがキレている。
そういったことが伝わるような声だった。
「!?」
「はいっ!!」
ペトラは、その声に大きな声で反応する。
その声は、怯えておりとても震えていた。
エリーダのアシンメトリーの髪から覗く眼光が鋭くペトラを睨む。
「正座」
「はい!!!」
エリーダの怒気に反応し、正座という言葉を即座に行動する。
「あなた今回はどういうつもりですか?」
「え……っと……どういうつもりとは」
ペトラは、エリーダがどのことに怒っているかわかっていた。
それゆえに答えを口から出すのを憚られた。
なぜなら今度は、なぜ答えがわかっていたのにそれをやったのかということで怒られるからだ。
「セーリスク君は、前の戦いで傷がまだ治ったばかりです。……確かに彼の実力を把握することは大事でしょう。それについてはあまり責めないことにしましょう。事実今回彼は自身の魔法を上手く制御していた」
「はい……」
どうやら今回エリーダ怒っているのは、セーリスクだけのことではないようだ。
「しかしなぜその戦いに貴方がかかわる必要があったのですか?自身が好奇心に負けやすく。手抜きをするような性格ではないということをわかっているでしょう。貴方自身万全ではないというのに」
どうやらエリーダは、セーリスクとの実践をしたことを怒っているようでもあった。
それはそうだろう。
彼女自身、体はあまり健全とは言い難い。
むしろエリーダの監視のもと休養するのが一般だろう。
たとえ、ゴーレムを介した戦闘であっても魔法を使う戦闘であることには変わりない。
気力や体力といったものは必要だ。
それには当然、休養という物が必要になる。
今のセーリスクとペトラ。
二人を比べてみて、体調がいいほうを答えろと言われたら
ほとんどの方が自分を選ぶ。
「うっ……でも!でもゴーレムは弱く設定……」
「言い訳は無用です」
「……!!」
その時のエリーダには何の言葉も通じなかった。
ペトラはエリーダの逆鱗の一つに触れていたのだ。
「流石に許せません。あとで私の部屋に来なさい」
ペトラは、エリーダの激怒を食らい気力を失っていた。
なにやらペトラとエリーダの間には完璧な上下関係があるようだった。
きっと彼女は、前にも同じように怒られたのだろう。
その影響によって恐怖が体に染みついてしまい反抗ができない。
そういったところだろうか。
ともかくペトラの体はとんでもなく震えていた。
窮鼠のように追い詰められたネズミのように震えていた。
「……は嫌だ……は嫌だ」
いや本当になにがあったのだろうか。
興味が湧いてしまうがどうしても知りたくない。
「‥‥…さて、セーリスク君」
「はいっ」
エリーダからの覇気というものは消えていたが、
さきほどのこの光景を見てしまったら反抗する気なんて起きない。
プラード、エリーダ。
この二人との話し合いの中で、エリーダは怒りに包まれなかった。
それはあくまで彼女が自分の意思を尊重してくれたのだ。
彼女は優しさと怖さ。
その二つの二面性を内包しているのだ。
エリーダは、セーリスクに丁寧に話しをする。
「プラード様からお話は十分に聞いたでしょうが、また女王様を含めた話し合いの機会があると思います」
「話し合いの機会ですか?それはどういったものを」
「まあ、正式な今後の方針を決める会議とでもいえばよいでしょう」
「なるほど」
正式な今後の方針。
それを聞いて率直にどんなものだろうかという疑問がわいた。
プラードとの話しで、人員はかなり絞られているだろうということがわかっている。
獣王国で活動するのは自分を入れて四人。
プラード、イグニスは確実として、自分をいれて三人。
最後の一人は。
となると思い浮かぶのは、先ほどの訓練場で出会った【骨折り】という人物だ。
彼からは異常な実力を感じた。
彼らが計画を立て行動する。
それをまとめて結論を出すのは、女王様ということか。
ともかく女王に会うのであれば少し不安だ。
イグニスにあってまた話を聞ければいいが。
それに獣王国で待機しているという二人も気になる。
ここら辺をイグニスと二人で話し合いたい。
「あなたたちがいつこの国を立つのかは知りませんが、大まかな日程は決まっていると聞きました。それまで時間もありますし、しばらく心身を癒す休養をとるとよいでしょう」
「休養ですか……」
「休養です。それも心と体。両方とも癒せるような」
正直頭の中には、戦闘に関する準備しか残っていなかった。
獣王国での戦いまであと数か月。
短くはないが、長くもない。
自分が役に立てるように、少しでも追いつけるように訓練を積みたかったのだが。
「あなたは少し戦いというものに浸りすぎたように感じられます。なにか穏やかな時間を過ごせるといいのですが」
エリーダは、ネイキッドとの戦いで傷ついた自分の体のことを心配してくれていた。
それは精神面の影響も考えてくれたのだろう。
「そうですね……」
「……貴方のその傾向はあまりよろしくはないですね」
「だめですか?」
「少なくとも、人生というものを疎かにしている。何かがあなたのことを魅了してしまったのですね」
人生を疎かにしている。
なにかに魅了されてしまった。
全くこの人は、大事なところはあやふやでも核心には触れてくる。
そうだ。自分は魅了されてしまったのだ。
強さというものに。
強くなればなるほど。
強さというものに近づくほど全身に躍動を感じた。
脳が震え、先に進めと命じられた。
そういったものを感じた。
虜になっていたのだ。
死に近づき、イグニス達のような強さを手に入れることを。
人生を疎かにしている。
それはそうだ。
少し自分の中で、戦闘以外の時間が少し朧な気持ちになっていた。
呼吸をして、食物を口に入れ、人と話をする。
そんな当たり前の行為がどこか宙に浮いているなかでしているような気持ち悪さがあった。
それはカウェアが死んでからだろうか。
少なくともコ・ゾラとの戦いが境になっているのは確実だった。
でも彼女と話している時は、少し楽になれた。
なぜだろう。
イグニスと話す時は、その強さに痺れて焦がれた。
だがライラックと話すときは違った。
心が穏やかになれてなにか幸せな気持ちになれた。
ああ、この子は自分のこと好いてくれているのだと。
安心感があった。
恋というものに一切無縁な自分には説明しがたいが、これも好きという感情のひとつなのだろう。
なんと自分は不誠実なのだろうか。
でも自分には、自分の意思とライラックの意思。
その二つすら応える自身と自信がなかった。
「貴方と親しい人に声をかけてみてはどうですか?例えばあの紫髪の女の子とか」
「…‥あの子はその」
「きっとあなたが目を覚ましていないか心配をしていますよ」
「そうですが……その」
言葉が詰まる。
正直今の彼女とは会いたくはない。
心配して来てくれたようだが、どんな表情をしているのか想像したくない。
「どうせ、怒られる心配をしているんでしょう?違いますか?」
「……はい。正直あの子が自分にどんな感情を向けるのか。それが本当に怖いんです」
セーリスクは恐怖していた。
あの子が心配してくれるのは、自分に好意を寄せてくれているからだと。
でももし自分に対し愛想が尽きてしまったら。
そんな冷たい視線を予想してしまう。
いやむしろそれぐらいでいいのかもしれない。
彼女が自分のことを好きになってくれたのはただの偶然だ。
いっそこのまま嫌われてしまえば。
そんな思考が頭に横切る。
所詮自分は、イグニスに憧れ彼女の好意に気付けなかった愚かものだ。
彼女に嫌われた方が気持ちが楽だ。
「私には、あの紫髪の少女がどんな人格なのか、どんな性格なのか。それは全く分かりません」
「……はい」
「しかし私には、無事に戦場から帰ってきたあなたのことを追い払うような残酷な人には一切見えませんでした」
「……」
何も言えなかった。
自分のために泣いてくれる彼女の顔が頭に浮かぶ。
「会ってあげましょうよ。怖がることなく」