十二話「不純の氷」
「大丈夫かい?じゃあ…‥いくよ」
ペトラの言葉に反応し、ゴーレムは動き出していく。
セーリスクもそれに反応し自らの手元にある剣を握る。
まずは一振り、セーリスクは自身の腕とほぼ同化した腕を振り回す。
その時、剣の軌道に合わせておよそ一メートル近くは、地面に氷が走る。
地面は氷結され敵であるペトラのゴーレムに向かっていく。
ゴーレムは、その攻撃についていくことができず、足に喰らうこととなった。
「ちっ……」
自身のゴーレムの動きが阻害され、ペトラは舌打ちをする。
ゴーレムを無理やり動かそうとするが、ゴーレムの脚は完璧に固定されその位置から全く動くことはできなかった。
これによってゴーレムはペトラのことをサポートすることができない。
これは明らかな隙であった。
「喰らえ!グラキエース・ラミーナ!」
氷の粒が空中に生み出される。
ひとつ、ふたつ、みっつと、段々数を増やしていく。
それは、数秒立つ頃には刃へと変化していく。
両手に持っているその剣と同じものが、空中に生成される。
その氷の剣は、ペトラへと発射されていた。
しかしペトラは、一歩も動かない。
なぜだろうか。
あと数秒時が立てば、ペトラと氷の刃は接触してしまう。
そんな時、ゴーレムは反応していた。
その空間に、なにかしら無機物が無理やり強引な力によってはがされるような音が響いた。
その聞きなれない音に、セーリスクは不快感を感じる。
しかし一瞬の間で、その音の源を理解した。
それは、ペトラのゴーレムが自身の凍り付いた箇所を引きはがした音だと。
ゴーレムは、片足を失いながらも高速で主の元へと向かう。
その光景を見たとき少しの衝撃に包まれた。
しかし同時に納得した。
痛覚を持たないであろう人造物には、四肢を失うであろう決断なんていともたやすいということに。
ペトラの目の前にでたゴーレムは自らの体によってセーリスクの氷刃を防ぐ。
その表面には、魔法のようなものが、纏わりついていた。
「魔法道具【風壁】」
それは、魔法道具により構築された一つの魔法。
ゴーレムの手のひらに埋め込まれた魔法道具が微かに光を放つ。
どうやらあのゴーレムには、ペトラお手製の魔法道具が埋め込まれているようだ。
この様子ではほかにもいくつかあるだろう。
セーリスクの周囲には、暴風が渦巻き氷を巻き込んでいた。
風の壁が、セーリスクの氷の魔法を弾き飛ばしている。
セーリスクの方向にもいくつか飛んでくるが、それは自らの剣によって打ち砕く。
「残念。このゴーレムは確かに攻撃をするには遅い。だがそれだけだ。君の攻撃にはすべて反撃する」
「……そう簡単にはうまくいかないか」
しかしさきほど地面を凍結させた場所に、ゴーレムの脚は残っている。
数秒立つ時には、さああと音をたてそれは土や小石の混ざったものとして崩れていった。
これによってゴーレムの移動能力は格段に落ちた。
さきほどの遅さが、さらに悪化するのだ。
これでゴーレムはこちらを攻撃することができないだろう。
「脚は封じました。さあ、あなたの番ですよ」
これでゴーレムはもはや敵ではないはずだ。
ペトラと直接やりあうことができる。
これで自らの実力を示すことができる。
しかしペトラは、表情を変えずセーリスクに言い返す。
「女性の誘い方がなっていないな。ボクはそんなにお安くはないんだぜ?」
「なにを‥…」
少なくとも、セーリスクはペトラのことを近接戦に向いていない人物だと判断していた。
それゆえに、戦闘手段としてゴーレムを用いているのだろうと。
しかしそれは、違った。
彼女は、ゴーレムを一つの武器として扱い熟知しているんだと。
「自らの脚となるもの。イプセ゚・ペース」
ペトラは、魔法を唱える。
土が、砂が、小石が宙を舞う。
舞ったそれらの材料は、ゴーレムに歩み寄る。
それにとって、周囲の土はゴーレムにまとわりついた。
次の瞬間、氷の刃によって失われたはずの脚は復活していた。
「これぐらいの損傷ならいくらでも戻せる。さあ、実力を示せよ新人君」
ゴーレムは、再び自らに備わった脚によってセーリスクに向かい走ってくる。
その速度は、先ほどとは断然だった。
高速移動し、セーリスクと自身にある距離を潰してくる。
ここまできたらセーリスクに魔法を詠唱する時間なんて存在しなかった。
「自らの剣となるもの。イプセ゚・グラディウス」
ペトラのその詠唱より、ゴーレムの腕は剣へと変化する。
なるほど、フルバトルゴーレム。
このゴーレムは、体のすべてがなにかしらの攻撃手段を所持しているようだ。
ゴーレムとセーリスク。
互いに剣を振る。
両者の剣が重なるとき、土と氷がぶつかり合う音が響いた。
しかし両者魔法で創造された剣だが、その迫力は通常の剣のやりとりと変わりなかった。
そのゴーレムの力は想像以上に強かった。
以前の自分では、完璧に力負けをして吹き飛ばされていたことだろう。
しかし自分にはこれと似たような経験があった。
「そういうのは一回経験しているんだよ」
振り返るのは、イグニスとの出会い。
あの時から、自分はあの人に憧れ。
強さという物を熱望するようになった。
その経験は、ゴーレムとの剣のやりとりを優位に働かせていた。
セーリスクはゴーレムから繰り出される剣の技を全てはじき返す。
「そうだよな。耐えるよな、痛覚なんてないんだから……」
しかしどこかに目の奥底に宿る殺意があった。
覇気が、強烈に向けられる。
それは自身を創造し、愛してくれる主への敬意か。
しかしそんなことはセーリスクの知るところではない。
「寝てろ!!」
セーリスクは、もう片手に持っている氷剣でゴーレムを貫いた。
ゴーレムの体には、セーリスクの氷剣がそのまま残っている。
その氷は、冷気を発しゴーレムの体を腹から凍らせていた。
ゴーレムはその衝撃で後ろに下がる。
しかしその間合いが命取りになった。
「氷の刃よ!わが身を護り、敵を貫け!!グラキエース・ラミーナ!」
空中には十数個の氷の剣が生成される。
それは、ひとつひとつが命を奪う鋭き刃だった。
さきほどとは、違う。
ペトラを狙うことなく、確実にそのゴーレムを仕留めにいく。
これがこのゴーレムの攻略方法だ。
そのゴーレムは先ほどとは、反応が遅れた。
それは主は狙われていないという危機感のズレ。
ゴーレムとして指示を受けているがゆえに反応の遅れ。
セーリスクはそこを狙ったのだ。
やはりゴーレムという無機物で、自身の危機より主の危機を優先する癖があるかはわからないが、魔法道具の展開が遅れている。
完璧に作動されなかった魔法道具は、近距離から発射されたセーリスクの魔法【グラキエース・ラミーナ】を防ぐことができなかった。
ひとつひとつが、ゴーレムの胴体、顔、脚。
それぞれの部位を貫き通す。
貫かれた個所は、冷気に包まれ冷えて凍っていく。
やがてその部分は、崩れていった。
そのゴーレムは、ピクリとも動かなくなり動作を終了した。
ペトラの手元にあった魔法道具は光を失いわれた。
ゴーレムは完璧に壊されたのだ。
プラードと、骨折りはこれによって勝負の終わりを宣言した。
「……勝負は決まったな」
「いいな。ペトラここまでだ」
「……ちっ。まあいいよ。ここまで僕のゴーレムを壊されたらなんもいえないしね」
ペトラは、自分のゴーレムが木っ端みじんに壊され機嫌がよくはなさそうだ。
しかしまた改めてメモを取っており何かに集中しているようであった。
またゴーレムの改良をするつもりだろうか。
「セーリスク君」
「……はい」
「十分だ。君は実力を示した。改めてきみの力をこの国に貸してほしい。もちろん君の体質を改善する手伝いもしよう」
「わかりました」
「……それでどうだ?体の調子は?」
「……あまりよくはありませんね」
セーリスクは、自身の体の急激な冷えを体感していた。
自分が魔法を使ったのはたった三回だというのに。
それ少ない回数で、自分の魔法の負担には耐えられてはいないのだ。
もし、最後の魔法でとどめを刺し切れておらずペトラの魔法によりゴーレムが再生していたら地面に伏していたのは自分だっただろう。
「まあ、いいよ。君の魔法についてはある程度の情報が得られた。数日以内には試作品を持ってくるよ」
「ありがとうございます」
これには感謝しかない。
確かに、彼女との戦闘には強引なものがあったが得られるものはあったようだ。
しかしペトラにはまだセーリスクに話したいことがあるようだった。
「……ひとつ聞いてもいいかい?」
「なんですか?」
「君はなぜ戦いに向かうんだい?どうせならこのままこの国に残るっていう選択もありそうなもんだし。君には僕らのように女王様を尊敬する心なんてなさそうに見えるんだけど」
それはそうだ。
確かにプラードの誘いに乗ったがこちらが得られるメリットなどほとんど存在しない。
「殺されたんだ……尊敬していた人が」
「ふうん?それで」
「自分は、殺した人物を殺したいと思った」
「そりゃ当たり前だ?でその人物を殺すために?」
「いや……そいつはもう殺された」
「……話が読めないな。じゃあ君にはもう戦う理由なんてないじゃないか」
「……そうだよ。ないけど……自分は欲してしまったんだ」
「なにを……?」
「自分が望むだけの強さをだよ。憧れのもの、自分を愛してくれる人、尊敬できる人。全てを守れるだけの強さを」
その青年の目には、
ネイキッド、コ・ゾラのような狂気が宿っていた。
しかしプラードとペトラはそのことに気が付かない。
「欲張りだね。意外だ。君はそんな人物には見えなかった」
「逃げた先で苦しむのは嫌なんだ。強さが足りず苦しむことが。だから僕はこの戦いで国を守りたい」
その青年の顔には、ただ固さと弱さへの恐怖が残っていた。
カウェアの死に方が焼き付いていた。
彼の獣人の高笑いが耳から離れない。
頭から離れなかった。
彼を愛した女性の泣き顔も。
青年の頭には、愛してくれる女性があった。
しかしそれで埋められていたか。
青年は不幸にも欲張りだった。
彼にはほかに頭に埋めるものがあったのだ。
紫の少女の不幸は続いていく。
きっとこの先も。