七話「獣王の狂い」
「……では君には説明をするよ」
プラードは、顔に残っていた迷いを打ち払いセーリスクに説明をする。
その説明は端的なものだった。
「まずは数か月後。獣王国を少数精鋭で攻める。君にはその戦力になってほしい」
どうやらプラードは、すでに獣王国を攻める計画を立てているようでもあった。
数か月後というが、その数か月で獣王国が再び攻めることはないのだろうか。
他にも気になることはあった。
それは少数精鋭という言葉だった。
「少数精鋭といいますが戦力はどこまで?」
やはり、戦力に恵まれている獣王国相手に少数で挑むのは怖い。
まあ、全面戦争となっても豊穣国は圧倒的に不利なのだが。
それでも計画はあるのだから、何かしらの方法はあるのだろうが。
プラードはその質問に答えた。
「具体的にいうと、城内に攻め込むのは豊穣国にいる人員で君を含めて四人。サポートに一人。獣王国に現在潜伏しているのが、二人だ」
それでも七人。
少数精鋭といえども、少なくないか。
そう感じてしまった。
それに加えて、獣王国に潜伏という言葉。
現在の獣王国に、豊穣国の見方をしてくれる獣人がいるのだろうか。
「全員で七人ですか」
それでも七人。
こうなると獣王本人を直接暗殺する方がまだましに思えてきた。
しかし今の獣王国の軍と豊穣国の兵士が戦っても勝ち目はない。
確かに少数精鋭で、獣王本人を攻める方がいいのか。
不安そうな顔をするセーリスクに、プラードは所見を述べる。
「無論、君の心配はわかる。しかし城内で目立たず獣王との戦いに備えるにはこの人数しか無理だ」
やはりプラードは、獣王本人を叩くつもりのようだ。
城内に入りこむ計画のようだが、逆に言えば城内に入り込むまではスムーズにいく繋がりがプラードにはあるのだろう。
「具体的な作戦はありますか」
「具体的にはある程度できている。だがそれはまだ変化する可能性がある。君には獣王国に侵入するとき伝えよう」
獣王と直接戦いに行くのだ。
作戦を立てなくては、勝てるものも勝てないだろう。
その作戦というものを、セーリスクは聞きたかったのだがまだ教えてはくれないようだ。
「変化する可能性とは?」
「現在は、まだ獣王国に入らないとわからないことがたくさんある。作戦を立てるのはそれからだ」
「なるほど……」
確かに、情報も少ないまま固まった作戦をつくっても柔軟には動きづらいだろう。
それに獣王国に潜伏しているという戦力が、どんな情報を持っているか知らない。
プラードが、数か月という猶予を残しているのも、そのあたりのまとまりがついていないのだとセーリスクは考えた。
「ひとつきいてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「獣王国が、その数か月で攻めないという根拠はどこにあるのですか?」
「根拠はない」
「……ではなぜ数か月と?」
ここまで来て、根拠のないものに頼るのも怖い。
しかし彼が完全になにもなしに考えることもなく数か月の猶予があるというとは考えにくかった。
「父にはある癖があるんだ」
「癖?」
「ああ、私の父は毎年ある日を境に数か月は部屋にこもるんだ」
「部屋にこもる‥…」
部屋にこもる。
それは、誰とも会わずに話すことなく部屋に引き込もるということだろうか。
仮にも一国の王が、そのような調子で大丈夫なのかと思ったのだが、プラードは先ほどと変わらず真面目に話すものだから違和感を感じた。
セーリスクは、その獣王が部屋にこもる理由をプラードに尋ねる。
「なぜ獣王は部屋にこもってしまうのですか?王としては欠陥では?」
「そういわれてしまうと、こちらも恥ずかしいものなんだがね」
プラードは、神妙な顔をしてセーリスクに理由を告げる。
それは、セーリスクにとって意外なものだった。
「その日というのは、私の母が死んだ日なんだ」
「獣王国の王妃が……」
しかしセーリスクは、その日を知らなかった。
今となっては、敵国だが獣王国と豊穣国は比較的友好的な関係を持っていた。
獣王国の王妃ともなれば、死んだ日ぐらい知れ渡っていそうなものだ。
だがセーリスクはその王妃の死んだ日を知らなかった。
それにはなにか理由があるのだろうか。
「獣王の妻となれば確かに知名度はある程度あるものだと思う。だが私の母はね。私を産んでしばらくしてから亡くなってしまったようなんだ。元々体も決して強くはなかった」
「そうですか……」
獣王国は、魔法がないため医療が進んでいる。
しかしそれは豊穣国と比べればわずかな進歩だ。
体力が弱っている時、何かしらの感染症にかかって死んでしまうこともごくまれにあった。
最も、王族が死ぬことなど本当にわずかな可能性なのだが。
「ああ、医療ミスなどはなかった。ただの不運さ」
「それはなんといっていいか……」
「私もあまり深くは知らない。君が気にすることではないさ」
実際、プラードも大して気にしていないようでもあった。
「しかし本当に困ったのがそれからだ」
「…‥それが獣王の癖?」
「そうだ。母を失った父は以前の冷静さを失った。国を去るものが増えたのもそれからだろうか」
そんな時、セーリスクはシャリテのことを思い出した。
シャリテも、獣王国の出身だといっていた。
彼は国をでて結果豊穣国に一つの商会を築いた。
相当の努力だっただろう。
彼は獣王国のことをどう思っていたのだろうか。
やはりこの戦争を読んでいたのだろうか。
「君と仲良くしていたという商人も獣王国の出身だったね」
そんなことを考えていると、プラードはシャリテのことを示唆するようなことを言ってきた。
少し動揺を感じる。
なぜ自分がシャリテと関わっていたことを知っているのか。
「なんでそれを……」
「君の事は少し調べている。別に疑っているというわけでもないさ。ともかく優秀なものはこの国や、他の国に移り獣王国は益々荒れていった」
「……」
「君と関わっていたという獣人もこの国では優秀な商人だった。きっと彼が獣王国にいれば……そんな状況が何人も続いた」
王子であるプラードも必死に自身の国について考えたのだろう。
そうしてどうにもならなかった。
どうにもならなかった結果、今この国では戦争が起きているのだ。
「当然荒れていけば、さらに獣王国を捨てるものも多いさ。今は寸前で大国としての格を保っているがあと数年もすれば王都もあれていくだろう」
「獣王国はそんな状態に……」
確かに、以前の獣王国であれば豊穣国を攻めなくても余裕に満ち溢れていただろう。
しかしそこまで状況が緊迫しているのであれば、豊穣国を攻めることに違和感を持たないのも当然かとセーリスクは思った。
「話を戻そうか」
プラードは、話題を先ほどの獣王とその妻についての者に変える。
「私はねどうやら母によく似てしまったようでね。獣王国を出たときも父からは半分追い出されたようなものなんだ。まあ最も国民からはそうは思われていなかったようだが」
「そうですか……」
どうやらプラードと獣王との間には、言葉で表現しがたく筆舌に尽くし難い何かがあるようだった。
恐らくだが、獣王も好きこのんでそんな状態になっているわけではないだろう。
しかし彼の顔を見ると何かが込み上げてくるのだろう。
哀しみとも怒りと違う感情が。
結局は、親子のボタンのかけ間違いなのだがそれだけで収まる問題ではなかった。
なにか彼に息子という物を大事にできれば狂わなかったはずなのに。
「私が生まれる前までは賢王と呼ばれた男が……たった一人。その死でくるってしまうのだから人生というものはわからないものだ」




