六話「実力未満」
そんな少年に敬意を示し、手を抜かないことを心の中で誓った。
同時に剣を戦闘態勢時の位置に持ち替えた。
イグニスは剣の持ち手を強く握った。
「僕がこの人に勝てたら何かを与えてくれるんですか?」
しかしそんなイグニスに反し、青年はは始まる前からイグニスに勝てる気でいるようだ。
「それは舐めすぎだろう。まぁいい、君の給料を今月も入れて半年まで倍の値段にしてあげよう。その分はうちが出すよ」
「本当にその約束は守ってくれるんですね」
「あぁ、嘘は言わないさ。この人に勝てたらね」
「俺抜きで話を進めないでくれよ……」
自分抜きで話が進んでいるのが気持ち悪かったようだ。
イグニスは話を遮った.
「そうだな、とっとと初めてしまおう。審判は私が行ってもいいですかね」
門番は二人の試合の審判を申し出る。
その顔はイグニス、セーリスクどちらのどちらの方が強いのかという好奇心で満ち溢れていた。
「それでは両者、ここで構えてくれ」
掛け声にあわせ、剣をイグニスに対し構える。
二人は訓練場の、真ん中に立ち数メートルの間隔をあけ剣を持つ。
「それでは始め!」
門番の合図によって訓練場は戦闘独特の緊張感が走る。
セーリスクは真っ先にイグニスに突っ込んでいく。
距離を詰め、女性であることを考えて力押しで挑む算段のようだ。
そしてイグニスに向かい力強く切りかかる。速さもある程度あり、
また隙のない一撃であった。
しかしイグニスはそれを真っ向から受け止めた。
セーリスクの剣先はブルブルと震え、今にも剣を手放しそうだ。
「なに……」
一撃を受け止めたイグニスは涼しい顔をしていた。
「剣才に頼りすぎたな。君の言う女性とやらに力負けするのは如何なものかな。」
セーリスクの顔には汗がにじんでいた。
一滴の汗が、訓練場の地面の土に吸い寄せられそこに滲んでいく。
渾身の力でもセーリスクはイグニスに負けていたのだ。
自分の一撃を受け止められたことを余程信じれなかったようだ。
これ以上剣での力押しは無理だと、そう考え冷静に現状を判断し、対策を考える。
イグニスの力がセーリスクに強く来た時、セーリスクはすぐさま後ろに下がった。
力を弱め、イグニスの剣先を横に流す。
しかしイグニスはそんなことは見通しているようで、
まるで重ねるかのごとくセーリスクの剣にあわせる。
そのイグニスの底知れなさにセーリスクは恐怖を抱き、一種の恐れのようなものも持った。
セーリスクは即時に剣での攻撃を諦め、イグニスの足に対し蹴りを向けた。
「体術で俺に勝つのは無理だよ」
イグニスはローキックを軽く脛で受け止めた。
その顔は涼しい顔をしており、反面セーリスクは痛みと共に更なる焦りが生じる。
セーリスクはぶつかった衝撃でよろける。
その隙をみたイグニスは瞬時に近く距離を詰める。
その足の頑丈さ、速さにセーリスクはまた驚愕した。
そのことによりセーリスクには素人目から見ても明らかな隙が生じたのだった。
「反応が遅れたな」
剣をセーリスクにの首元に向ける。
セーリスクはその事実が受け入れられないようで少しばかり固まっていた。
その目は呆然としており、数秒ばかりの間をおいてセーリスクは返答を返す。
「……参った。僕の負けです」
剣を手放し床に落とす。訓練場には静かに剣の落ちる音だけが辺りへ響いた。
その落とされた剣は土を被り、まるで使い手とい同じように敗北に苦しんでいるようであった。
反面イグニスの持つ剣は陽光を浴び、自らが勝者だと言わんばかりに輝いていた。
「勝者はイグニス。それ以上の攻撃行為はやめなさい」
門番の掛け声によって、その場の緊張感は急速に無くなる。
観戦していたシャリテ、マールの二人はまるで試合の間息をしていなかったかのように
大きく息を吸い、溜め息を吐いた。
「いや、まさかこんなにもあっさり負けるとは……」
「流石だな」
「こんな小僧に負けないよ」
「この子を戦闘で小僧呼ばわりする人がこんな近くにでてくるとは思いませんでした」
門番はイグニスの実力を正しく見ることができていなかったようだ。
セーリスクを圧倒したという目の前の現実に半ば呆然としていた。