六話「選択分岐」
「君は今まだ、自分が戦いに加わりたいと思うかい?」
答えは、出せていない。
しかし強さに憧れているのも事実だ。
この戦いで自身の弱さを知った。
誇りの脆さを知った。
コ・ゾラのような狂気が欲しい。
イグニスのような強さが欲しい。
ネイキッドのような冷静さが欲しい。
自分は魅せられてしまったのだ。
別次元の強さという物に。
今この誘いに乗れば、自分はこの強さに近づけるかもしれない。
たとえささやかな幸せを捨てることになっても。
「これは強制ではない。だがいま戦力が足りていないのは事実だ」
プラードは語る。
今の現状を。
その要求は、目の前の戦士を欲しがっていた。
今断ることもできるのであろう。
しかしその言葉は、セーリスクは断らないだろう。
そういった感情を含んでいた。
「……もしよかったら君の力を貸してほしい」
「わかりました。自分がどこまで役に立てるかわかりませんが」
答えは、まだ不明瞭だ。
自分の欲望というものが入り混じっているのは否定しない。
しかしあの笑顔を守るためにできることがあるとすれば、自身がこの戦いで戦争を終わらせる手伝いをすることだろう。
「ありがとう。君の協力に感謝する」
セーリスクもまたこの戦いに加わることが決定した。
プラードは、安心感を。
セーリスクは、高揚感と不安の入り混じった顔を持っていた。
「本当にいいのかい?君には、大事に思ってくれる女性がいるんだろう?」
何をいうのだろう。
戦力が足りないからと誘ってきたのはそっちなのに。
しかしこれもまたライラックを守る一つの方法なのだろう。
「この国は、彼女が生まれた国でもあります。彼女を守る一番の方法はこの戦いを終わらせることですから」
プラードはその言葉を聞いて表情を曇らせた。
セーリスクは、なぜだろうと考えたが少し考えてその理由が分かった。
「そうか。このような事態になって本当に申し訳ない」
彼は、この国の出身ではない。
彼は、この国を愛しているからこそこの国にいるのであって
本来ここにいてはいけない立場なのだ。
「いいえ、あなたが謝ることでもないでしょう」
「いいや、私が父を正すことができなかったのが問題だ。この責任は私にある」
かれも大変なのだろう。
豊穣国の立場として。
獣王国の立場として。
彼はその真ん中に立っている。
彼はきっと真面目な性格なのだ。
その責任感によって重圧に潰されそうになっている。
セーリスクはそんなことを感じ取った。
「あなたを責める理由なんて僕にはありません」
決意は決まった。
自分は、戦いに加わり彼女をこの戦いから守るんだ。
カウェアのような事態は、二度と起こさせない。
「すいません。反対です」
しかし目の前で決定したことに不満を漏らすものがいた。
エリーダだ。
その顔は、先ほどより明らかに難色を示しており
セーリスクが戦うことを好んでいなかった。
「プラード様。お言葉ですが、私は賛成しません」
「……なんだと」
「医者として、この子が戦いに出向くのは賛成できないといっているのです」
「エリーダさん……」
「セーリスクさん。本当にその選択があっていると思っているのですか?」
正直いって、彼女が反論することはセーリスクには読めていた。
セーリスクに、体の説明をする時彼女はどこか医者としてやさしさなど微塵も持ち合わせていなかった。
それは自らの力で命を失いかけた愚か者に対する態度であった。
しかし彼女はそんな自分を救ってくれた一人だ。
其れなのに、再び戦いに行きたいというのだから内心煮えたぎっていることだろう。
彼女は表情に出すことは一切ない。
しかし目の前の強大な獣人に対して堂々と反論を返したのだ。
セーリスクはその毅然とした態度にどこか一種の力強さという物を感じた。
その異論は、はっきりしており明確な意思を持っていた。
しかしプラードもまた引かない。
この状況下で、自国から戦力が手に入るのだ。
引く理由がない。
プラードの声は一段と低くなっていた。
「なぜ君が口を挟む。これは彼の決めた決断だ」
「あなたが出した『質問』に対する決断でしょう?彼はまだ若い。間違いはいくらでもあるでしょう。そんな間違いを見逃せるほど老いたと思われたのですか?」
「確かに医者としての君の意見は尊重している。しかしそれより大事なものがあるんだ」
「こちらもこの国の医者として引けません」
「どちらにせよ。次の攻撃を防ぐことができなければこの国は亡びる。一般の兵士だろうと積極的に引き入れないと勝つことはできない」
この国は亡びる。
その言葉に反応し、エリーダの眉はピクリと動く。
どうやらエリーダにとっても、この国が大事なことは変わらないようだ。
同時にエリーダもまたセーリスクはこの国を守るに足る実力を備えていることを知っている。
プラードがセーリスクを強く推すことから気付いているのだ。
セーリスクは決して実力不足ではない。
しかし医者として見過ごせなかった。
彼が心配してくれる女性を置いて、戦うことを。
彼がぼろぼろになっていく様を想像することを。
「……別にこの子ではなくてもいいはずです。はっきり言ってあなた様の意図が読めません。今でなくても獣王国で戦力があるはずです」
「それこそ迂闊だ。どこで父が関わっているかわからない。獣国で戦力を雇うとなると一時的な関係に過ぎない」
「……それは」
「エリーダよ。私は長期的な戦力が欲しい。それもこの国に存在する戦力が。彼はそれに当てはまった存在なんだ。ここで離すわけにはいかない」
「……」
エリーダはその熱意に押され、何も言えなくなっていた。
彼女は、その顔を下げ下を向く。
「少し、席を外します」
「……ああ」
エリーダは、席から立ちその部屋の出口へと向かっていく。
セーリスクとプラードは一言も話せず、沈黙がその部屋に広がる。
しかしその部屋を出る直前彼女は言葉を発した。
「ああ、セーリスクさん」
「……なんでしょう」
きっと自分を気遣って、プラードに異論を唱えてくれたのに自分はその気遣いさえ無視する形になってしまった。
そんな罪悪感によってのどが詰まる。
少し息ができなかった。
しかしその内容は、そんな緊張感とは反するものだった。
「体は大事にしてくださいね」
彼女は振り返ることなく、顔を見せることなく
その部屋を出ていった。
「私が悪いんだ。君は気にすることがない」
「……はい」




