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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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二話「劣等」


「あの……イグニスさんは?」


セーリスクは、イグニスの様子を尋ねる。

彼女もまた戦ったのなら無事ではないはずだ。

きっと生き残ったのだろうが、怪我があるかどうかぐらいは確認したい。

しかしエリーダは、首を横にふる。


「彼女もまた自らの傷を癒している。尋ねるのは後にして下さい」


まあ、それもそうかとセーリスクは納得する。

イグニスも再びあの獣人と戦ったのだ。

当然傷もおっただろう。


「僕はいつごろここをでれますか?」

「すくなくとも数日はいてもらいます。傷は深いし、血の不足も魔法で補えるとしても失いすぎだ」

「そうですか……」


確かに、体の疲労は強く感じている。

痛みも節々に感じる。

イグニスやライラックに会えないのは、少し残念だがしっかり休んだ後に会ったとしても遅くはないだろう。

今の自分に必要なのは回復だ。

存分に休ませてもらおう。

そんなことをセーリスクが思考していると、エリーダは書類を片手にもち語りかけてくる。




「ひとつ貴方の体について警告することがあります」

「……なんでしょう」


その顔は、真剣そのもので深刻にうけとらなければいけないと感じるようなものであった。

セーリスクは、何をいわれるのだろうかと心が冷えた。

エリーダは、話しかける。


「あなた、魔法の練習はどれほどしてきました」

「まあ、それなりに……人並み以上には」


どういう意味だろうか。

亜人であるセーリスクは魔法が使える。

戦士として戦う場合、それなりの修練が必要だ。

セーリスクは、努力はしてきた。

そのうえで結果も出してきた。

よって人並み以上には使えているという判断を持っていた。


基本的に魔法には、生活に使うのが普通だ。

農業に発展させたり、医療に活用するものもいる。

しかしそのなかで何かを極めようとした場合。

一つの魔法を使いこなすのが普通だ。

セーリスクもそれに倣って氷の魔法を学んだ。

日常には使う場面が少ないが、拘束にも守りにも使える氷の魔法は自分には使い勝手が良かった。

それに豊穣国には基本的には、雪は降らない。

そういったものに憧れを持っていたのも事実だ。


しかしそれはエリーダが求めていた回答ではないようだ。

顎に手を当て、思考している。

なんだろうか。

彼女は自身になにか伝えるのを戸惑っているようでもあった。


「……これは質問が悪かったですね。私が悪い」

ため息をつき、言葉を変えるためか数秒の間があく。

エリーダはセーリスクに問う。


「では人を確実に殺そうと殺意をもって魔法を打った経験は?」


それは、命を賭して魔法を打ったことがあるかという物だった。


「……!」


セーリスクは驚いた。

そんなこと聞かれるとは思わなかった。

しかし事実思い当たるものがあった。


それは二人。

一人は、コ・ゾラ。

二人目は、ネイキッド。

両者豊穣国を攻めて来た戦闘の達人だ。

当然セーリスクは、確実に人を殺そうとしたことなんてなかった。

もしイグニスやカウェア、ライラックといった存在がなければ自分はこの世と離れていただろう。

実力や、技術といったものを比べられないほどに彼らの【モノ】は完成されていた。

精神的な部分が大事なんだと。

生きようと、敵を殺そうとしたのはあの二人しかいない。

コ・ゾラとの戦いで死を覚悟した。

ネイキッドの戦いで死に触れた。


どうやら自分の質問に考えるものがあったのだと。

否定できないと読み取れたのだろう。

エリーダは静かにうなずいた。


「ごく最近でしょう」

「はい……」

「それはなぜですか?」

「敵を殺さなければ、自分が死ぬ。恩人が死ぬ。憧れた人が死ぬ…‥‥そういったものを経験してしまったからです」


そうだ。

ごく最近だ。

自身は、訓練以外のものでそういった戦いの中の死とは触れたことがなかった。

もちろん骨折や、けがなどはあった。

しかしそれも治癒の魔法や、この国の医療で十分補えるものだった。

そのうえセーリスクは、この国では優秀な門番だった。

たとえある程度この場所をはなれたところで模擬としての試合をしても勝ち取れた。

故に試合の敗北し、死に近づくなど一度もなかった。


セーリスクは触れてしまった。

この世界の達人たちの恐怖という物に。

死のイメージを明確に与えてくる一騎当千の傑物というものに。

イグニスもそういった高みに到達しているかもしれない。

しかしイグニスのとはまた別だ。

イグニスの戦い方には、なんというかまだ読み取れる思考があった。

合理的に敵を制し、敵を抑える。

敵を生かすも殺すもできる。

そんな戦い方だった。

しかし彼らは違う。

ただ敵を殺す。殺さなければ、自分が死ぬんだ。

そういった覇気を纏っていた。

そういった狂気を持っていた。

思い出すたびに、吐き気がくる。

よくもまあ、あのような敵と二度も対峙して生き残れたものだ。

二回とも首の皮一枚で救われたのに。


「……大丈夫ですか」

「ああ、すいません」

「続けます」


エリーダが、その話の続きを語る。


「魔法というのは、どうしても精神状態にも影響されます。それは安心している時だったり、飢餓状態だったり。まあ、状況によってさまざまですね」


魔法が精神に影響される。

これはまあ納得だ。

体と精神はつながっている。

極限に置かれた人物と、安定しているものでは魔法というか体そのものの状態が違うだろう。


「しかしある条件。それだけは弱めるものが普通なのですよ」

「……ある条件?」

「……人を殺そうと決意できなかったときです」



話が読めない。

彼女は自身に何を告げるつもりなのだろうか。


「人を殺そうとして魔法を打つ時。大半のものがその人を殺すという現実に恐怖し、魔法は弱まります。しかしその一線を越えようとしたとき。決意を持った時。初めて魔法は凶器となり、人の体を穿つ」

「……」

「そう無言にならなくても、敵を殺そうとしたことを倫理的に詰めるつもりはありません」


彼女は、自分が精神的におかしいというのかと思ったがそうでもないようだ。

なんだろう。

彼女の伝えたいことは。


「僕の魔法は、そこに達していると?」


少なくとも、コ・ゾラとネイキッドに放った魔法。

氷の魔法は、確実に当たらなくても動きを阻害し人体に確実なダメージを与えていた。

自分の魔法はそこまで。

命を奪えるまで達しているのか。


「元々の潜在能力が高いんでしょうね。貴方の魔法は、充分に人という物を殺せます」


ネイキッド、コ・ゾラ、イグニス。

この三名を並べて思い当たるのは、確実な殺傷能力だ。

少なくとも人の命を奪えるといわれて気持ちのいいものではないが、彼らには近いとは聞けて安心した。

しかしエリーダは、その期待に反する言葉を投げかけてきた


「しかし一線。その一線を越えるための能力はあってもあなたの魔法はその一線に体がついていけない」

「ついていけない……?」


どういうことだ。

自分の体は一線についていけないとは。

意味が分からなかった。


「あなたの体は、その一線を越えられない。精神より先に体のほうが先に限界を超えてしまう」

「どういうことですか?」

「まあ、この際ですから説明してしまいましょう」


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