一話「悔しさのなかに」
セーリスクは目を覚ました。
それはどこかの病室だった。
しかし自分が知っている病室とは、「完璧」の言葉が似合うぐらい清潔でその部屋の持ち主の美意識の高さが表れているような部屋だった。
その潔癖を表す白さは、どこか心にざわつきを与えた。
そんな部屋に触れたことのないセーリスクは、どこかむずがゆさを覚える。
しかしここはどこだろう。
全身に与えられた自身の傷が痛むのを感じる。
敵の亜人と戦い、その中で気を失ったところまで覚えている。
あのあとどうなったのだろうか。
相手の性格を考えると、自分は死んでいてもおかしくないというのに。
しかし自分は生き残っている。
なぜだろうか。
彼が見逃さない。
そうなると助けてくれた人物がいるんだろう。
一人の女性を泣かせないように、必死に生きようとあがいた。
その結果はなんだ。
惨めに殺されかけ、誰かに助けられた。
これではまだ、彼女を泣かせてしまうな。
セーリスクの頭には、紫の髪の女性の顔が思い浮かぶ。
そんなことを考えていると目の前にある人物が現れた。
艶のある髪をもつ一人の医者のような人物だった。
王宮の医者であるエリーダだ。
エリーダは、セーリスクに話しかける。
「起きましたか」
「……ここは?」
「医療室ですよ。王宮内にある」
その声はどこか安心感を持ったような声色を持っていた。
セーリスクは、医者であるこの人に助けられたのだと察した。
しかしそれより確認するべきことがある。
それは現在の戦いの様子だ。
「……戦況は?」
「いえ、無事終わりましたよ」
セーリスクは、思いっきりため息をついてしまった。
安堵を感じる。
心の中に平穏が広がった。
気が張っていたはずの全身の力が抜けるのを感じた。
「そうですか……良かった」
「そうですね。これ以上戦いが続くのは喜ばしいことではありませんから」
その声は機械的で、平坦ではあったがどこかに喜びを感じた。
彼女もまた戦いで傷ついたものを助けるために必死に戦ったのだろう。
戦う場所は違えど、懸命だったはずだ。
「被害は?」
「百を越える程度ですね。単騎で飛び込んできた二人にかなり荒らされたようです」
「単騎の二人…‥‥?」
その時、セーリスクの脳裏には二人の戦う姿が思い浮かぶ。
カウェアを殺し、自らに死の恐怖を与えた獣人コ・ゾラ。
今回の戦いで自らを死の間際まで追い込み抗わせた亜人ネイキッド。
二人の戦いかた。
それの被害。
多くの記憶が脳に残っている。
「一人は、あなたが戦っていたというネイキッドと呼ばれる男。二人目は、コ・ゾラと呼ばれる獣人ですね」
「あいつがまた……!」
コ・ゾラは自身を大切にしてくれたカウェアを殺した。
これ以上の被害を生まない為にも自身が殺したかった相手だ。
「ええ、ですが安心してください。その獣人は倒されました」
「……たお……された?」
言葉が詰まる。
てっきり彼はまた戦い人を倒すことで自らの欲求を満たし国に帰ったのかと思っていた。
しかしそうなると彼を倒したのはだれだろうか。
「はい、イグニスという亜人によって倒されました。人的な被害は大きかったですが、彼女によって抑えられたのも事実でしょう」
「イグニスさんが……」
「おや、お知り合いだったのですか。まあ、それはそれで都合がいいのですが」
エリーダは、セーリスクがイグニスのことを知っていたことを意外に思っていた。
しかしそこまで疑っておらずどこかで接点を持ったのだろうと思う程度だった。
どうやら、彼女はカウェアの仇を取ってくれたようだ。
コ・ゾラによる被害がこれ以上でないこと。
そして彼の仇が取れたこと。
それは嬉しいし、安心している。
しかし彼はかえって来ない。
それが悔しいのだろう。
そうだと思いたい。
そうでなければならない。
だがセーリスクは、自身の心の中に違和感を感じていた。
それはひとつの思い。
屈辱。悔恨。
それに近しいものだった。
だがそれはカウェアを、自らの先輩を思うものではなかった。
言葉にできない思いを言語化し、ひとつのものに辿り着く。
まさか自分は、自分以外の人物によってあいつが殺されたことを悔しがっている?
今の自分でもあいつには勝てない。
あの亜人にすら追い詰められた。
全身を貫かれた衝撃が、脳裏に浮かぶ。
体を貫いた拳が脳裏に浮かぶ。
だがイグニスはそれを倒した。
イグニスは向こう側の世界の人物なのだ。
壁をあるのだ。
どうしようもない壊すことのできない壁が。
まさか……まさか、自分は。
カウェアを殺されたことよりも、その壁を壊せないことに悔しがっている?
思考が黒くよどんでいく。
白く透き通った水に、汚水を垂れ流したような色で濁っていく。
セーリスクは、全身の血の気が引くことを感じた。
一気に体温が奪われたかのような感覚だ。
視界が一気に真っ白になり、頭痛がする。
少しふらついた。
エリーダはそんな彼を心配し、声をかける。
「おや、どうしました?傷が痛みますか」
「ああ、大丈夫です。知り合いが心配になってしまって」
「それは当然の考えですね。貴方のお知り合いにも無事であることを知らせなくては。紫髪の女性でしょう?心配していましたよ」
自身に近しい紫髪の女性といえば、彼女しか思いつかない。
ライラックだ。
彼女の笑顔、そしてそれに反する泣き顔が頭に描かれた。
「ライラックか……」
「気を失ってしたこともそうですが、最初のあなたは出血がひどかった。君がここにいることは教えていますが、彼女をここに連れてきてはいません。安心させるためにもあとであってくださいね」
ライラック。
彼女の言葉がなければ、自分は死んでいただろう。
きっと死に抗うことはできなかった。
ネイキッドとの戦いで、首元に剣を向けることができたのもそういった精神的なものがあったからだ。
彼女の思いには答えたい。
しかし自分はまだどこかでイグニスに憧憬を持っている。
それが眺めるだけの憧れなのか、それとも常に共にありたいという好意なのか。
自分のなかで整理はついていない。
それが、決まるまで彼女には辛い思いをさせてしまうなと考える。
「前回は、砲撃による家屋の破壊でも被害は出ましたがそれの対処は今回はできていました。故に市民の被害は少なかったとはいえ、少しばかり兵士達の被害が大きすぎる。しかし戦いによる兵士の被害の方が大きくなってしまうのはどうしようもありません。やはり医療による教育をこれ以上普及させなくては。それとも軍事方面で進めるべきか……」
エリーダは、独り言のようにぶつぶつとつぶやいていた。
彼女も、この国の医者として考えるものが多いのだろう。
しかし先ほど、王宮の医療室だといっていた。
医療に関する場所など、あの戦いの後ならばいくらでも急造だろうと作られていると思ったのだが自分がここに運ばれている理由はなんだろうか。
命を失うほどの怪我だったのは否定できないが。




