三十九話「疑惑」
多眼の竜は、静かに息を引き取った。
その無理やり動かされた体は、すでに原型をとどめていない。
焔で燃やされたその体は、灰を纏っていた。
骨折りとプラードはただそれを眺めている。
戦いはこれで終りなのだという実感がわかなかった。
「終わったな……」
「ああ、なんとかこの国を守ることができた」
安心感が来ると同時に、疲労が体に襲ってくる。
骨折りは、自分の体を抑え地面に座る。
プラードの体からは血が垂れていた。
多眼の竜の魔法は、一つひとつが必殺級の火力を持っていた。
当たれば、プラードは耐えられていてもミカエルと骨折りの二人。
亜人の体ではその魔法に耐えることができなかっただろう。
三人がそれぞれ自らのやるべきことを遂行し、やり遂げた。
それが事実だ。
そうして結果として、この国を守ることができた。
流石にこれ以上の戦力をないことを願うだけだ。
プラードは、ある人物に連絡を取る。
それは、王宮にいるペトラだった。
「ペトラ。聞こえているか?」
「聞こえているよ。どうしたんだい?」
ペトラは、なにか作業をしているようで忙しそうだった。
「この国に残っている獣王国の戦力はまだあるか?」
「いや一人もいないよ」
「そうか……それならよかった」
「でもひとつだけ伝えにくいことがあってね……」
ペトラは、言いづらそうにプラードに話す。
なんなのだろうか。
プラードには、それが想像つかなかった。
「どういうことだ?報告してくれ」
「この国に攻め込んできたアンデット。その死体には、獣王国の紋章が刻まれていた」
「……は?」
「おそらく使い捨てだろうね。アダムと獣王の考えがわからないけど、こればっかりは狂っている。豊穣国に攻めていた人材は、アンデットで賄っていたんだ」
「豊穣国を攻めることに異論を持つものもいるというのに……こうして兵士を送りこめたのはアンデットに変えていたからか……」
「おそらく、前回王宮を襲った獣のアンデット……あれも獣王国兵士だ。薬物を投薬したうえでアンデットにしたんだろう」
ある意味納得がいった。
獣王及び、アダムにアンデットを生成することができる能力があるのならばそれを管理する能力があると考えた方が自然だ。
古代の人間とその他種族の戦い。
その中で使われたものをアダムは知っている。
そしてその結果がアンデットになるということを知ったうえで、自らの父は使ったのだと考えると吐き気が来る。
アダムはなぜここまでアーテを敵対視している?
そこに思考が行きついた。
別に敵対意識を持っていなくてもいい。
だがアーテのことを脅威だと感じているのだ。
この豊穣国の豊かな大地は、アーテの能力によってきずかれている。
それは、なにに由来するものかは本人も知らなかった。
ただそれに根源があるとすれば……
それは、アダムに何かしら関係しているんだ。
しかしひとつ納得のいかないことがあった。
それは利益だ。
アダムは、豊穣国のデア・アーティオ、人間の少女、半獣の少女。
その三人の手札を狙って獣王国と手を組んだ。
アダムとその配下の話を聞くと、明確な目的があるはずだ。
まず前回の戦いでは、半獣の少女と人間の少女を得ること。
そして今回の戦いでは、多眼の竜により決定打を与えること。
目標は、もちろん豊穣国だ。
つまりアダムには、豊穣国を攻める理由がある。
しかし獣王には……?
まずこの豊穣の大地を得たいというのはあり得る。
だがそれだけでは、釣り合わない。
アダムの提示した条件に何かあるのだ。
アンデットと人間と組んでまでほしいものが。
自らの国の国民を使い潰してまで、得たい利益とは。
獣王にはそれがあるはずだ、
それに元々人間の少女は、獣王国にいたはずだ。
もし彼らの目的が人間の少女。
それ単体にあるのならここまで手の込んだマネをしなくてもいいはずだ。
人間の少女を撒き餌にしてまでこの国を攻める理由はなんだ?
プラードはそんな思考の迷路に入り込んだ。
しかしその思考は、ペトラの言葉に邪魔をされた。
「そうそう、イグニスから一つ報告があったよ」
「イグニスから……?なんだ」
「豊穣国の門を襲ったトカゲの獣人は殺したって」
彼女も無事に、役目を果たしたようだ。
安心感が胸に広がる。
蜥蜴の獣人は、強いと聞いていた。
前回の戦いでは、門番に多く被害を与えその近隣の建物も多くが崩壊した。
今回の戦いでも重要な局面を任せられる人物だとは思っていたが、イグニスとの戦いで死亡したようだ。
「かなりの使い手だと聞いていたが……」
「ああ、アンデットにもてこずったけどなんとか倒したって。彼女もやるね。人的な被害はかなり出たけど彼女一人で押さえられたよ。プラード君と同じぐらい強いんじゃない?」
「君が言うなよ。だが彼女が敵ではなくて本当に良かった」
イグニスの実力は、もちろん最上級だ。
この国にいなくてはならない人材。
獣王との決着の時も力となってくれればいいが。
「あと……これはここだけの話。彼女の反応が数分間途絶えた形跡がある」
「意図的に彼女が、君の魔法道具を機能させなくしたと?」
「……それについてはわからない。彼女の【天使】の羽が僕の魔法道具と変な反応を起こした可能性だってあるし。なにより彼女に魔法道具に深い知識があるとはおもえない」
疑惑はあるが、それを晴らす材料がないということだろうか。
しかしここで追及して彼女との仲がこじれるような真似は避けたい。
「彼女は元【天使】だ…‥もしかしたら同じ【天使】である仲間と会っていたというのもあり得る。だけど彼女をここで離すわけにはいかないよね」
「いい。今はあまり話すんじゃない」
「どうするの?」
「彼女が明確に敵意を示した時。その時はわたしがやる。彼女の魔法を封殺できるのは私だけだ」
信頼すべき強い味方が敵かもしれないというのは悲しいものだとプラードは考える。
ペトラに関しては、この国に入ってからのイグニス、マールの様子を見ていたからか。
少し寂しげだった。
プラードはペトラをこれ以上悲しい気持ちにさせないために一言付け加える。
「……まだ彼女が敵と決まったわけじゃない。君からも探っておいてくれ。彼女が味方だという証拠もな」
「……了解。すべては女王様のためだよね」
少し元気が戻ったかもしれない。
なんだかんだペトラもイグニスに情が湧いているのかもしれない。
しかし今は、豊穣国が亡ばないようにするためあらゆる手段を打つ必要がある。
たとえ彼女が法皇国に所属していたとしても使えるものは使うのみだ。
「もちろん。私のすべては彼女を助けるためにある」




