三十七話「多眼竜討伐②」
「ミカエル……」
骨折りの目の前に、ミカエルが現れた。
獣のアンデットは既に倒されたのか。
流石、アンデットの専門家だ。
骨折りであってもこの速さで倒すことはできなかっただろう。
骨折りは、彼女を称賛する。
「随分と早かったな」
「私があのような獣にてこずることはありませんよ」
しかし彼女の態度はどこか素っ気ない。
まあ、それも当然かと考える。
骨折りはただ端的に感謝を述べる。
「それもそうだな。……だが有難い」
多眼の竜も現在は、アンデットだ。
会心の一撃を与えるためには、彼女の力は欲しい。
彼女の天使としての力があれば、この状況を優位に変えられるだろう。
しかし彼女は、骨折りに語る。
それは、今の現状について全く関係のない魔法についての言及だった。
「余計な一言なのですが、骨折りよ。焔というのはそのように放つものではありません」
どうやら、ミカエルは骨折りの炎の魔法が気に食わなかったようだ。
しかし骨折りは、魔法の専門家ではない。
魔法について誰かと競い合った経験もない。
そしてミカエルの魔法は、この世界で一番といってもいいほどの実力がある。
それは【天使】の力の源である、羽根も作用しているのもある。
しかしその魔法の技術は彼女の天性の才覚によるものだ。
「お前らみたいな高貴なのはどうにも性にあわない」
「そうですか。ではじっくりとご照覧あれ」
ミカエルは、自らの手にその魔法を発動する。
それは、闇を照らすような神々しさを持つ焔だった。
「闇に燃えるもの。【テネブライ・ウーロ】」
ミカエルは、その焔を剣に纏い、炎は剣に渦巻いた。
多眼の竜に刺突を繰り出す。
多眼の竜は悲鳴を上げる。
いやそれは悲鳴とすらいえないような喘鳴であった。
全身を震わせ、空気が揺れる。
その全身の筋肉は震えており生きているようでもあった。
竜は前足をあげ地面に下ろす。
その攻撃は、ミカエルに向けられていた。
骨折りは、その二人の中間点に割り込む・
骨折りはその攻撃をはじき返した。
しかし完璧にはじき返すことはできず、骨折りはその重さに潰される。
両の脚で踏ん張ろうとするが、そもそもの体重が違う。
封じ込められた脚と、骨折りのことは気にせず多眼の竜は咆哮を開始しようとしていた。
それは、咆哮による魔法の準備動作であった。
骨折りはミカエルに警告する。
この攻撃を喰らったら、ミカエルですら打ち返すことはできない。
そう確信したのだった。
「攻撃だ。よけろ!」
迫真の声で、ミカエルに骨折りは回避することを要求する。
しかしミカエルは、一歩も動かない。
それはなにかを信頼し、信頼により不動の脚を保っていた。
骨折りは、それを疑問におもった。
しかしあるものの気配によってその疑問は打ち払われる。
「いいえ、彼がいます」
それは王者の風格。
覇気が骨折りの元へと届く。
骨折りは、その人物が一目でわかった。
「王者の咆哮……!」
それを放つことができる一族は、この世にひとつしかない。
そしてこの国にいるのはただ一人であった。
「プラードきたのか!」
「骨折りよ。待たせたな」
多眼の竜の攻撃を打ち消すほどの咆哮。
それは王者である格を十分に表した。
そして骨折りは同時に勝利を確信した。
ミカエル、そしてプラードがいれば多眼竜の能力に無駄なく対処できる。
確実な一撃は自分がいれればいい。
プラードの咆哮によって、多眼の竜の魔法は打ち消された。
魔法の残滓が、宙に舞う。
【王者の咆哮】は強烈だった。
たとえその魔法がどれほど強烈であってもその攻撃を消すことができる。
それが【王者の咆哮】の能力であった。
これがあれば、多眼の竜の魔法の被害を減らすことができるだろう。
「闇に燃えるもの。【テネブライ・ウーロ】」
再び、ミカエルの攻撃により多眼の竜の目がぼとりと落ちる。
その焔は確実にそのアンデットの体力を減らしていた。
痛覚があるのかわからない。
だが骨折りは自身の体に掛けられている力という物が減った感覚を覚えた。
骨折りは、その隙を見逃さなかった。
脚の拘束から逃れ、後ろに下がる。
しかし下がると同時に剣を振る。
それは一つの狙いだった。
右前脚の骨を力技により、強引に砕いた。
骨を砕く乾いた音がその場に広がる。
たとえ痛覚のないアンデットでもこれで移動速度は低下するはずだ。
骨折りは、なんとか多眼の竜の攻撃範囲外に出ることができた。
ミカエルを攻撃から守るためにあの位置に入ったとはいえ、長居したくはない。
「あなたの攻撃では、このアンデットを削りきるのは難しいかもしれませんね」
「ああ、このアンデットは俺の攻撃では倒せない」
悔しいが肯定するしかない。
基本的に骨折りの攻撃は、アンデットにはきかない。
以前の戦いで倒し切れたのは、頭蓋そのものを砕き体を動かなくするという単純な攻撃が通じたからだ。
「どうするんだ」
この場でアンデットに一番詳しいのは彼女だ。
しかしそんな彼女がこういうのだ。
代案があるに違いない。
骨折りはそう感じた。
彼女は語る。
「骨折りよ。貴方の炎では、このアンデットを燃やすことができないでしょう」
「……そうだな」
骨折りの炎は、どちらかというと爆発に近い。
爆発した延長線に、引火などの現象があるのだ。
破壊に近い骨折りの魔法【ぺルド・フランマ】では、多眼の竜の皮膚
その表面を軽く焼くことしかできない。
まだ他のアンデットでは、燃やし尽くすこともできるが今回は相手が悪すぎる。
だがそれに反しミカエルの焔はあらゆるものを燃やし尽くす業火のようなものであった。
彼女の魔法であれば、アンデットと化した多眼竜に対抗できるはずだ。
ミカエルは、骨折りに提案する。
それはこの場の最善だった。
「私が魔法を詠唱します。それまでこらえて下さい」
「わかった」
ただ端的に指示を聞く。
骨折りは、この場で一番正しいことを言えるのをミカエルだと感じていた。
プラードのそんな骨折りを見て、即座に骨折りのカバーに移る。
ミカエルは、上空に飛翔し多眼の竜の土魔法の影響から逃れた。
これも魔法の詠唱に集中するためだ。
だが彼女に、多眼の竜の攻撃が被弾してはなんの意味もない。
骨折りとプラードで竜の意識をそらす必要があった。
プラードと骨折りは多眼の竜に突っ込んで行く。
二人の強烈な敵意に意識を向けられ、竜は魔法を放つ。
土魔法と風魔法の弾丸が二人に強襲する。
しかし二人とも、その一つ一つの魔法を鮮やかに躱していた。
命中力は其れほどないようだ。
しかも魔法の発動には、あるタイミングがあった。
まだこの攻撃には馴れていないが、見切ることはできそうだ。
「プラード。相手の動作に注目してくれ。魔法を放つタイミングにはその挙動がある」
「わかった。今回私はそれぐらいしかやることがなさそうだしな」
骨折りは、プラードともうひとり。
戦闘力を期待していた人物の所在を尋ねる。
「…‥‥イグニスは?」
「私もしらない。だが……今はむしろ会わせない方がいい」
「それもそうだな」
ミカエルと、イグニスを合わせるのは好ましくない。
イグニスを取り返すためと言われて豊穣国を責められても面倒だ。
プラードは、真剣な顔つきを保っていた。
目標は、この大地を汚すアンデット。
「このアンデットを倒すことに集中しよう」
「ああ……」
多眼の竜は、大地を踏みしめる。
その行為によって確実に豊穣国の土は不浄と化していく。
大地が盛り上がり、隆起し土の槍を形成する。
その標的は、ミカエルだった。
今だ、魔法の詠唱をしている彼女は無防備だ。
それに多眼の竜は、彼女が強力な魔法を放つことを予期しているのかもしれない。




