五話「提案と青年」
「イグニスさん」
「なんだ?シャリテさん」
シャリテはイグニスに対して真剣な顔つきを向ける。
「もしこの国における職がないなら、よければうちの商会で警備役として働かないか?」
「そこまで俺のことを認めてくれたのか」
イグニスはまだその言葉を軽口程度に考えていた。
軽く見積もって数日程度の警備だろうと。
「あぁ、お前のような腕の持ち主はこの国でも上位に匹敵すると思う。お前が良ければこの国に住む家も用意しよう」
「そこまで言われてしまうと戸惑うな」
「おねぇさんはやっぱり強いんだ」
マールは、目を輝かせシャリテに再び質問をする。
シャリテもそれに深く肯定の意を示す。
「そうだぞ。俺が見た中でも一番の腕の持ち主だ」
「シャリテさんがそこまでいうなんて、イグニスさんは本物なんですね」
「それは確かだよ。腕を見た俺が言うんだから」
その言葉を聞いた門番が、少し考え事をする。
何かしら思案することがあったようだ。
「イグニスさん、そんなに強いなら良ければうちの兵士たちと腕合わせをしませんか?」
「いや、俺はそんなに強くない」
「イグニスさんの強さによってはこちらから依頼することもあります。それではどうでしょうか」
「なぜ俺に固執するんだ。俺はお前たちに対する腕の保証もない。それに他の実力ある剣士ならこの国に流れることもあるだろう」
この世界において戦闘能力を定義づけるものはいまだ存在しない。
流れのものは権力者や、商人の警護
それかどこかの大きな国の騎士団、自警団に所属して
名を大きくすることによって活動場所を増やすのが一般的であった。
イグニスのように旅の者が指南役へと
推薦されるなど夢のような話だ。
(また話は逸れるが一つの例外としてここに【骨折り】が出てくる。
【骨折り】は悪い意味でも、いい意味でも有名なのだ。
どこかに所属することなく流れの傭兵として彼は多くの戦場や、護衛へ出ている。
それ自体異常なのに、敵としては必ず兵士としての命(骨)を絶たれる死神へ。
味方からは自らの生死を握る柱(骨)へと。多くの側面を持つ謎の傭兵。
それが【骨折り】。実力がありすぎるが故の弊害だ。
彼はこの世界では有名すぎたのだ)
ともかくこの世界で、顔が知られることなく、
商人の護衛、騎士団の指南などなかなか成れるものではない。
信頼と確かな実力が必要なのだ。
入国したばかりの謎の女性を認められるほどこの国は甘くない。
イグニスはそう考えていた。
「シャリテさんは戦闘の技能でなかなか実力を認めることはないです。それを見込んで」
イグニスはその様子に少し違和感を感じていた。
門番の話し方からは、なにかしら思惑があるのだろうと感じられた。
そして、それはイグニスであるとちょうどいいのだろう。
「それでどうするんだ。ここの兵士の訓練に加わる気持ちはあるのか」
シャリテはイグニスの気持ちを率直にきいた。
イグニスは少しばかり考えて、悩みながらもそれに返答をする。
「ここの兵士の実力を見てからだ。俺のほうが弱かった。その上実力も近いなんてことがあったら俺が笑われてしまう」
「そんなことはないと思うんだがな」
「それでは訓練場に案内しましょうか」
「そうだな、イグニス。一緒についてこい」
イグニス、シャリテ、マール、門番の四人は関門の近くにある訓練場へと足を運んだ。
そこは市民たちの住居も近く、小さな家の近くに大きく訓練場があるためとても目立っていた。
「あまり離れていないんだな」
「ここの門番になるものはここいら近辺に住んでるものも多い。利便性も考えられて門と住居群の近くに作られている」
「いまこんな時間に訓練しているやつなんているのか?」
「二日ごとに訓練、門番、休みの回し方になっています。イグニスさんに合わせたい子はちょうど今日は訓練日で」
四人は訓練場に入る。
そこは塀に囲まれている屋外で、剣や槍といった
装備品が綺麗に並べられていた。
その広さは、十何人かは広々と訓練できるであろう空間で
訓練場としては立派なものだった。
他の国では、訓練場に使う土地はそれほど使わず
作物の育成に充てている印象がイグニスにあった。
そうやって、訓練場を見渡すと遠くから一人の男が話しかけてきた。
「どうしたんですか。先輩は今日は門番担当の日でしょう」
そこには一人の若い男がいた。
体格はおおよそ十七、八の少年にしては良く、逞しいものであった。
その青年は端正な顔つきをしていた。肌は日に強く焼けたのか、麦畑のような輝きの肌。
目の色は草木のような淡い緑。髪は、蜂蜜色の短い金髪であった。
その容姿はイグニスも綺麗な顔だなと素直に感じてしまうほどであった。
恐らく同じぐらいの女子だったら一目ぼれしてしまうような外見であろう。
「こいつが今のところ一番若くて、一番芽を伸ばしている天才君ですよ」
「どうしたんですか。いきなり褒めだして」
「セーリスク君久々だね」
「シャリテさんこんにちは。わざわざ来なくても訓練終わりに僕から挨拶にいきますが……」
セーリスクと呼ばれた青年はシャリテに対し、深々と頭を下げた。
どうやらシャリテとは付き合いが長いようだ。
それに外見に反して礼儀もしっかりわきまえていた。
「そんなに気を使わなくてもよいのだよ。今日は君と手合わせしたい人を連れてきたんだ」
「手合わせしたい人…?」
「イグニスです。よろしくお願いします」
イグニスは気をつかって敬語で挨拶をした。
セーリスクという少年は、自分と手合わせするのが女性だったのが意外だったようで
その顔は驚きの表情に満ちていた。
「シャリテさん。あなたの紹介とはいえ舐めないでください」
「というと?」
「女性が相手とは言え、私は手を抜く気はありませんよ。」
それは明らかにイグニスを下に見ているような発言であった。
「イグニス君、こんな新人で申し訳ないです。実力は高いんだが、先入観が強すぎる子なんです」
「それはどういうことでしょう。この女性より僕の方が弱いと?」
「それを確かめるためにこの方と試合をしてもらいたいんだ」
「こんな傷物を女性だと認めてくれるのは嬉しいけど、君より戦闘経験は積んでると思うな」
イグニスはセーリスクに対し、笑いかけるが目は全く笑っていない。
女性だからと舐められることは多くあったが、
実力があるからと年下の実戦経験も積んだことのないような男に
生意気に見下されるのは余りにも許せなかった。
「生きがいいだろう。実際俺よりも腕が立つ。才能ある男だ。将来有望のね」
シャリテはセーリスクを生きがいいと言っておきながら、期待を寄せているようであった。
「いきなり観光にきただけの女性に負ける訳にはいかないので」
セーリスクには向上心もあるようであった。
実力もありつつ、向上心も忘れてない。
この青年は本当に周囲に大切に育てられ真っすぐに育ったのだろう。
自分が一番であると純粋に信じ切ってる。
そんな少年であった。
「俺もここには観光で来たわけじゃないんだ。年下の君には外の世界を教えてあげよう。」