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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
三章 多眼竜討伐戦
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三十六話「多眼竜討伐①」


一つの場所にその二人は、相対していた。

ミカエルは語る。

それは、プラードの警戒心を解くための言葉であった。


「あなたに敵対する意図はありません。そう警戒することもないのに」


しかし、プラードはミカエルのことを睨みつける。

それは当然の現象であった。

現在、法皇国においてデア・アーティオは異端者として扱われている。

しかし法皇国が敵として扱っているのは、アーティオ本人であって豊穣国やそこに住む人々ではない。

戦力的に優秀なプラードとは敵対したくないのも本心だ。

プラードは言葉を返す。



「残念だがアーテは、私の恋人だ。彼女に敵対するということは、私にも悪意をもたらしていると知れ」

「そうですか……尚更不思議ですね。獣王がなぜあなたがいる国を襲うのか」


それは、当然の疑問だった。

多くの者がそれを嘆いていることだろう。

豊穣国は、獣王国と事実上の同盟国だった。

それゆえに、獣王は自らの息子を豊穣国に送った。

獣王にどんな意図があったのか。

それは今となっては知ることもできない。

しかし、獣王にとっての想定外は自らの息子と豊穣国の女王が恋仲になってしまったことだろう。

其れさえなければ、プラードは容易に豊穣国から脱出するだけの実力があった。

しかし、今のプラードは自らの意思では豊穣国を出ることはない。


「理解する気も、理解されたくもない。そして法皇国に立場を置いているあなたにそれを教えるつもりはない」


プラードの意思は固く。

ミカエルに心を閉ざしたままであった。

ミカエルはその様子をみて残念そうな態度を表す。


「そうですか……それは残念です。この国を襲う脅威を打ち払い。直ちに私はこの国を出ましょう」


元々ミカエルの目的は、この国に発生するアンデットを退治することだ。

目的さえ終われば、この国に残る理由もない。


「そうしてくれ。これ以上愛する者の土地を汚すな」


ミカエルが、獣のアンデットを倒してくれたことはありがたいがそれはまた話が別だ。

彼女は法皇国の【天使】としてアンデットを倒しただけであり、この国やアーティオに関しては何とも思っていない。

それに関しては、【天使】はそういう生き物だと考えたほうがいい。

文化や思考。

どこかで必ずずれが生じる。

イグニスには、その様子が見られなかったが恐らく一緒にいたという【半獣】の少女が関係しているだろう。



「これで最後か?あの巨大なアンデットはどうした」

「それは、骨折りが対処してい……」


その時、異臭が放たれた。

プラードは、思わず鼻を手で覆い隠した。

しかしミカエルは特に変わりない。


「……違和感を感じないのか?」

「いえ……この仮面にはアンデットに対するあらゆる特性が備わっていますので。しかしこれはアンデットの特有の匂いですね」


プラードと、ミカエルは二人ともあるものをみる。

それは、多眼のアンデットであった。

その姿は豊穣国に侵入したときよりも明らかに変容していた。

その肉体は爛れ落ちており、皮膚や肉が腐ってくずれていた。

竜としての面影を辛うじて残しているただのアンデットがそこには存在していた。


骨折りの姿も二人のいる地点から鮮明にみえた。

どういった攻撃かは、わからないが骨折りはやけにてこずっているように見受けられた。


「急ごう……」

「ええ」


プラードは大地を駈け。

ミカエルは、空に飛ぶ。

二人はその異常の元に接近していく。




それは、腐食する肉体。

その肉体に影響された大地は、じわじわと浸食されていく。

豊穣国の大地は、確実に汚されていた。

汚染された土は、変色していく。

不浄の体は、確実にその場を変容させていた。

しかしそのアンデットの武器は他にもあった。


一つは風の魔法。

二つは土の魔法。

目に見えるものを自在に扱うそのアンデットは、二つの魔法を多用に攻撃に転化していた。

魔法が発生するたびに、その多眼の竜の一つ一つの目はぎょろぎょろと回転している。

骨折りは、その巨大なる敵に苦戦していた。

ただでさえ、アンデットとの戦いなど慣れていないのにこれほどまでに巨体で魔法を連発されるとやりにくいことこの上ない。

そのうえ使う魔法が、亜人ひとりで出せるような魔法ではない。

規格外の能力を持っていた。

骨折りは、その様子にイラつきを感じていた。


「多眼の竜……敵に回すとここまで厄介なんだな」


デア・アーティオはこの様子をペトラ経由で見ていることだろう。

だがそれでも手を出せないということはまだ彼女の魔法の準備ができていないということだ。

準備が完了するのはいつかはわからない。

だがこの国を愛する彼女ならば、この国を見捨てない。

その時は来る。

自分はそれを待つだけだ。

骨折りは、防御に徹する。

それほどまでに多眼の竜の攻撃は甚大だった。


その竜が、大地を踏みしめると大地は躍動する。

そして腐敗し、崩れていく。

骨折りはそれを回避しようと空中に飛ぶが、突風によって吹き飛ばされた。

これは、多眼の竜の魔法だ。

イグニスの魔法に比べて、殺傷能力はないが確実に行動を制限してくる。


骨折りは、その魔法の影響力を少しでも薄くするため自身も魔法を発動する。

それは、破壊の炎。

血のような炎光は、多眼の竜の目を照らした。

骨折りの手に、炎が発生する。


「炎よ。すべてを破壊せよ。【ぺルド・フランマ】」


腐敗したその竜は、咆哮する。

それは、防衛のための咆哮。

自我などなかった。

風と炎が混ざり合う。

熱気がその空間を支配し、風圧が骨折りを襲った。

腕で自らを庇い瞬きをしてしまった。

そんな骨折りの目の前には、多眼の竜が迫っていた。

やばい。

そんな警戒心が、頂点へと達する。

しかし、多眼の竜は関心を別の方向へと向けていた。

それは白き羽根。

空から落ちてくるそれに目を奪われた。


そんな時空に何者かの影が映る。

それは、獣人でも鳥でもなかった。

ただ一人の天使だった。

その純白の白き羽は、何者にも汚されぬ神秘を持っていた。


「ああ……風の魔法。……でも、でも……あの子じゃない」


哀しみと、絶望を併せ持ったようなそんな声。

だがその声は美しさを持っていた。

それは一変する。

哀しみはたった一つの怒りへと変化した。


「消えろ」


それはぼそりと。

誰にも聞こえないような小さく儚く弱い声だった。

ミカエルのその美しい剣が、光に照らされ淡く光る。

その瞬間、多眼の竜の腐敗した目がはじきとんだ。


「ああ、哀れですね。天に導いてあげましょう」


その白い髪には、多眼の竜の鮮血がべっとりとついていた。

しかしその姿はどこか狂気的でもあり、美しかった。

自らの思い出を汚されたその恨みを持って。


純白の剣士は、自らの剣をふるった。

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