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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
三章 多眼竜討伐戦
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三十五話「天秤と獣」


獣のアンデット。

それは獣王国の兵士が、アダムの手によりアンデットに変化された後改造されたものであった。

それは、獣人という形を少ししか保っていなかった。

凶暴なる暴力を持ち、知性を持たず目の前の生命を殺す。

そんな生物であった。

アンデットを退治することを得意としている法皇国の兵士であるミカエルもそのアンデットのことを微塵も知らなかった。

亜人や、獣人がアンデットになった時。

体には、多少の変容が見られる。

それは、魔法による防壁が張られたり。

身体能力、戦闘能力の向上などだ。

どういった原理かわからないが、法皇国の聖水にはそれを解除する効果がある。

法皇国はそれを生産することにもたけており。

人間との戦争で生み出されたアンデットとの戦闘で大いに貢献していた。

それゆえに、ミカエルはこの世で一番アンデットに詳しいと自負している部分もあった。



しかしこのアンデットは明らかに違う。

一度も見たこともないのはそうだが、このアンデットは明らかに人為的に手が加えられていた。

それはアンデットと何百、何千と戦ってきたミカエルだからこそわかることであった。

ベースが、獣人であることは見ればわかる。

しかし筋力、再生力、耐久力。

それらすべてが、獣人の数倍以上はある。

このアンデットが、豊穣国の王宮に出現したことは知っている。

それを情報として知っていた。

しかしどうだ現実は。



もしこれが量産できるとしたら。

人為的に生み出されたら。

間違いなく国は亡びる。

やはり豊穣国とは別の意思を感じる。

ミカエルはそう感じた。


「獣王国にいたという人間の少女にこれほどのことができるとは思えません……しかし獣王にもこんな力はないはず」


となると疑わしいのは、ミカエルの知っている人物だと一人しかいなかった。


「女王デア・アーティオか」


正直疑うには、情報が足りなさ過ぎる。

異端審問したのだって、法皇からの指示だ。

しかし豊穣国の女王の力が強大で、そこにアンデットが関わっているとなると法皇が焦るのにも納得ができた。


しかし先ほどの大きな竜のアンデット。

あれはなんだ。

そもそものベースを図り知ることができない。

そのうえで、豊穣国に出現しているのはなぜだ。


獣王にそういった研究ができる配下がいるとは思えない。

豊穣国であれば、天才として名が挙がるペトラ。

名医であるエリーダ・シエンシアがいる。

二人ならば、そういった人体改造ができる。



しかしこれらのアンデットは明確に、豊穣国を襲っている。

豊穣国で生み出された可能性はあるが薄い。

豊穣国を憎む何者かが生み出したと考える方が納得できる。

海洋国?いやかの大国は豊穣国とは縁が深いはずだ。

機兵大国?この国も、豊穣国を襲うことによるメリットは少ない。

だが最終的に、理を超えた力。

そういったものに思考が傾いてしまう。

突発的な異常。

イレギュラー。そういったものが存在したとしてもどこに所属しているのか。

考えれば考えるほど、思考は分岐していく。

ミカエルはまだアダムという存在を知れていない。

それゆえにデア・アーティオを疑っているのだ。


「疑いたくはありませんが……仕方がない。彼女の力は法皇国の危機にもつながる」


天使という存在は、法皇国だけのためにある。

世界平和。

それも大事だ。

だが目の前のひとりすら救えない平和などに意味はない。

法皇国は法皇国の民を救うために存在する。

豊穣国の民には悪いが法皇国をより豊かにするためには、豊穣国の力は何としても手に入れる必要がある。


「そのためには、骨折りの力も脅威ですね」


彼が、なぜこの国に所属しているかは知らないが大方雇われただけの存在だろう。

だが彼には傭兵のわりに信条が多いように感じる。

気分を損なうことなく、法皇国に誘うことはむりだろう。

しかし、骨折りというコマを持ったうえでも、獣王国を相手取ったあとに法皇国が事を構える豊穣国が少し不憫に思えてきた。

豊穣国には、それほど戦闘で突出した駒は存在しない。

争いになっても苦戦することはないだろう。

まあ、一部の獣人がプラードについていくなんてことになったらまた別なのだが。


獣のアンデットはそんなことを思考しているミカエルに攻撃をいれる。

しかしミカエルは軽やかに攻撃を躱した。

その羽は、宙を舞い。

美しさを持ちながら、移動していた。


「ああ……あなた方のことを少し忘れていました。しかし……言語能力や、思考などは失われていそうですね」


獣のアンデット。

確かに基本的な能力は、アンデットとは段違いだ。

しかしそれで苦戦するミカエルでもなかった。

獣のアンデットは、ミカエルの頭上にその腕を振り下ろす。


「あなた方には、飽き飽きしているのですよ。肉体を残すことなく燃え尽きなさい」


ミカエルは、その剣に焔を纏う。

その火は、神々しく。

全てを焼き払う何かを持っていた。


「闇に燃えるもの。【テネブライ・ウーロ】」


そのままミカエルは、上方に剣を振り獣のアンデットの腕を両断する。

腕を地面に落ち、轟音を鳴らす。

一体の獣のアンデットは、腕を片方うしなったことでその場に倒れる。


「なるほど、これでは骨折りとは相性が悪いですね」


獣のアンデットの骨は、酷く硬かった。

これでは、たとえ骨折りの剣がどんな業物であっても完璧に砕くことはできないだろう。

しかしミカエルは、剣に焔を纏うことでその皮膚をその骨を焼き切っていた。

加えて、聖水を使わない骨折りの戦闘法ではアンデットとの戦いはあまりむいてはいないのだろう。

そういった二つの理由で、ミカエルとこのアンデットの相性はよかった。


もう片方のアンデットが、ミカエルの背後から口を開け飛びついてくる。

しかしミカエルは、それに気づいていた。

自らの羽を扱い、空を飛ぶ。

獣のアンデットはそれに視線を向け、空に浮かんでいるミカエルを見る。


「見あげるな。地に許しを乞え」


火が渦巻き、宙を舞う。

それは、水面に漂う白鳥のように。

ただその白鳥は、命を絶つ剣を持っていた。

滑空し、下に落ちる。

その剣は、獣のアンデットの首元に向けられていた。

そしてその剣は、首と胴体を切り離す。

一体の獣のアンデットは、ばたりと地面に倒れた。

ミカエルは、地面に足をつける。

しかしそんなミカエルに腕を切られた獣のアンデットが襲う。

振り返り、剣を振るとそこには倒れた獣のアンデットと別の人物がいた。

知性ある意思をもったその眼光は、ミカエルにどこか安心感と警戒心を抱かせた。

それは、ミカエルも知っている人物であった。



「危ないところだったな。いや、あなたにはそんな気遣いは無用か」

「……獣王子プラードですか」

「プラードでいい。獣王国とは何も関係のない。ただのプラードだ」

「そうですね。豊穣国に所属するあなたにこの名は適切ではないかもしれません」


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