三十四話「循環し、加速②」
白き球は、加速する。
それは静かに骨折りを狙っていた。
シェラザードの杖で二球回転している。
「【ハプルーン・トイコス】。抗うことなく……惨めに消えてください」
「……」
骨折りは、直観で感じる。
あの攻撃は、避けることができないと。
ならどうするか。
答えはただひとつだった。
静かに待ち、迎えうつ。
それが骨折りの出した答え。
骨折りは、腰を深く落とし右腕を大きく左に回す。
この重く厚い剣ならば、あの魔法にはじかれることはない。
そう思ってのことだった。
しかし、シェヘラザードもそれをみている。
ならばと、自身の魔法に最大限力を籠める。
目の前の敵を一撃で粉砕するために。
そしてその時はきた。
まずは一球。
骨折りはそれを確認する。
骨折りはそれを切ろうと剣に力を入れる。
しかしそれにはまた別の意図があった。
シェヘラザード、二球目の球も発射する。
「加速しなさい。【ハプルーン・トイコス】」
一つ目の球に、二つ目の球をぶつける。
二つ目の球は、一つめの球にぶつけられたことで弾かれ速度が速まった。
それは、魔法と魔法の影響。
お互いに干渉することで、シェヘラザードの技術ではなし得ない速度を完成していた。
シェヘラザードは確信する。
これは骨折りを殺しうる魔法だと。
コンマ数秒ごとに、その魔法は骨折りに近づいていく。
しかし現実は裏切った。
骨折りはそれを見切る。
魔法の発動者ですら、視ることができなかったその魔法を。
それは大きな物質同士がぶつかり合う音。
骨折りの肉体が、自身の魔法に押しつぶされた音かと考えた。
衝撃音がその場に広がり、シェヘラザードは思わず目をつむる。
目を開けた。
数秒後に残っていたのは、生きている骨折りの体であった。
骨折りは、シェヘラザードの渾身の魔法をその剣ひとつではじき返したのだった。
その現実を認識したとき、シェヘラザードは全身に鳥肌がたつのを感じた。
理不尽を理不尽で押し返すその意味不明さに。
これが現在の人類最強【骨折り】なのだと。
シェヘラザードは言葉を漏らす。
「恐ろしいですね……あなたの存在がただ恐怖です」
シェヘラザードは疲労で膝をつく。
体には、反動が来る。
骨折りがこの攻撃を返せるとは思わず、自身の全力を込めた。
当然の代償だ。
三半規管が乱れ、平行感覚が失われる。
吐き気が大波のように一気に襲ってくる。
これが敵を倒した後ならば、何の問題はない。
結果はどうだ。
相手は骨折りで。
なにひとつない無傷だ。
これが絶命の状況など誰が見たってわかる。
「……」
骨折りは、無言でシェヘラザードを襲う。
その目には殺意が混じり、とどめを刺そうとしていた。
駄目だ。
この状態になった骨折りには勝てない。
獣のアンデットは、ミカエルとの戦闘中だ。
今を乗り越えても、この状態でミカエルとの戦いができるとは思えない。
獣のアンデットは使用できない。
ならば。
「多眼の竜よ!」
その声で、先ほどの戦闘中では不動だった多眼竜が動き出す。
シェヘラザードは、多眼竜に乗ることで逃走しようとしていた。
しかし骨折りが逃がすわけはない。
「させるか!」
その手に発するは、【ぺルド・フランマ】。
その火の魔法は、シェヘラザードの体をかすり火傷させる。
その褐色の皮膚が、焼ける匂いがした。
シェヘラザードは、肌が焼ける感覚を味わい歯をかみしめる。
「くっ……」
逃げるときの隙を晒すと骨折りの魔法を喰らってしまう。
そう判断したのか。
シェヘラザードは、多眼竜に背中を向け骨折りと相対する。
「不可視の檻。絶対なる……」
その白き壁は、生成される直前。
骨折りは、自身の強固なる一振りをシェヘラザードに与える。
彼女の魔法は、骨折りの一振りにより泡沫にきえた。
その白き壁は、かけらとなって空中に散る。
骨折りは、その勢いのまま彼女に飛び込んでいく。
彼女は杖を構える。
骨折りは、詠唱の隙を与えることなくその速度で剣を振り下ろした。
シェヘラザードは杖に【ハプルーン・トイコス】を纏い、それを迎えうつ。
魔法と剣が重なる時。
衝撃が空中に舞う。
骨折りは彼女に語る。
「あきらめろ。お前らではこの国は落とせない」
「そうでしょうね。獣王国、アンデット。その二つの力を借りても貴方という存在をどうしても崩せない」
「アダムは……獣王はなぜこの国を狙う」
「さあ……私がそれを語るとでも?」
拮抗していた力は、だんだんと偏っていく。
明らかに骨折りのほうが競り勝っていた。
シェヘラザードは、押し負け地面に背中をつけられる。
背中を打った痛みで、杖を落とす。
それを即座に拾おうとしたとき。
骨折りの剣は首元に向けられていた。
「……いいでしょう。首を折りなさい。骨折りよ」
「残念だが、そんな趣味はない」
骨折りは、確かに目の前の女性の命を手のひらに置いていた。
しかし今は殺すことで得られるものはない。
この女性は明らかにアダムの配下の中でも特別だ。
尋問することで何か得られるかもしれない。
「さあ、投降してくれ。お前にはいろいろと尋問しなくてはいけない」
その場に静寂が広がる。
もちろんシェヘラザードは抵抗するだろう。
しかし骨折りとの戦闘の中で、体力魔力使い果たした彼女にそれらしい抵抗ができるとは思えなかった。
「嫌ですよ」
「……気は向かないが、足の一本や二本折っても構わないんだ。泣くなよ」
抵抗は当たり前かと、骨折りは剣を振り回す。
できるだけ、彼女の痛みを一瞬で終わらせるためだ。
しかし彼女はなにか語ろうとしている。
「骨折りよ。気になりませんでしたか?」
「……何がだ」
「私たちとの戦いで、多眼の竜が一歩も動かなかった理由」
「……」
確かに疑問はある。
しかしアンデットのことだ。
完璧に制御できなかった。それぐらいの理由しか思いつかない。
「今は動いていないんだ。お前から全部聞き出せばそれでいい」
「そうですか。それは残念です」
シェヘラザードは、首飾りを外す。
「動くな」
彼女は、何かしようとしている。
骨折りは、攻撃するべく威圧をかける。
しかしシェヘラザードはそんなこと気に欠けない。
「ああ、では骨折りよ。お元気で」
首飾りが砕けた瞬間。
シェヘラザードの姿は透過され、その場に消える。
シェヘラザードは姿を消した。
骨折りはその正体を知っていた。
「転移魔法か……!くそっ……」
転移魔法。
ペトラも使う。アダムに奪われた技術が目のまえで使用され。
シェヘラザードに骨折りは逃亡された。
しかしそれより大きい異常事態が目のまえで起きていた。
「なんだこれは…‥‥」
それは多眼の竜がさらに腐敗し肉体が崩れている様子であった。




