三十三話「循環し、加速」
「不可視の檻。絶対なる壁……【ハプルーン・トイコス】」
「……っ」
シェヘラザードの白球が、骨折りに向かっていく。
その魔法は、白き球となり骨折りを襲う。
骨折りは、それを身をひねりよけた。
白球は、骨折りの体をかすり通り過ぎていく。
骨折りに直撃することなく地面にぶつかった白球は地面を削りその場から消える。
威力はそれほどないことが確認できる。
それとも目標物に接触した瞬間消えるようにしているのだろうか。
追尾する魔法ではない。
加えて高速ではないよけられる速度。
目測では、イグニスの魔法よりはるかに遅いだろう。
ここまでは普通の魔法だ。
だがアダムに気に入られるなにか特別な要素がある。
骨折りはそう踏んでいた。
「魔法を打たないほうがいいな」
この魔法は、亜人に対しての特効だろう。
骨折りのような例外も多く存在するが、大概の亜人は戦闘において魔法しか使わない。
しかしこの魔法はどんな原理か、魔法を打ち消す。
打ち消すというより潰されているの方が正確か。
ともかく骨折りの魔法、土や壁などの物体は軒並み消されていた。
たとえ骨折りの魔法であってもこの魔法にはかなわないだろう。
この魔法は、イグニスの風の魔法よりはるかに遅く感じた。
しかし連射性能には優れている。
この魔法を連射され、体に打ち込まれたとしたら。
精密さでいうとかなり上位にいると考えてもよいだろう。
骨折りは、シェヘラザードのことをそう評価する。
しかしシェヘラザードの魔法を躱せば躱すほど当然骨折りは、シェヘラザードに近づいていく。
近距離戦は、骨折りの独壇場だ。
しかしシェヘラザードは、顔色ひとつ変えることなく。
焦ってすらいなかった。
骨折りは、それを疑問におもう。
「近距離戦は苦手かな?」
「どうでしょう。戯れるのは得意なのですが」
シェヘラザードは、そういって先ほどまで魔法の発動に使っていた杖を骨折りに向けて構える。
それは武道の心得を持っている雰囲気を醸し出していた。
「杖術か……?」
見掛け倒し?それとも付け焼刃の技術か。
骨折りは警戒しつつも馴染み馴染んだ自らの剣を振り回す。
しかし構えられた杖にはじかれた。
想像以上の耐久。
力強さも感じた。
しかし違和感を感じる。
杖とはまだ間隔があったはずだ。
再び剣を縦に切るが、また弾かれる。
やはり違和感。
これは気のせいではないはずだ。
やはり彼女は魔法を扱い、攻撃を防いでいる。
シェヘラザードは、杖を回転させ薙ぎ払い骨折りの剣をさらにはじく。
剣をはじかれた骨折りの胸には、空間ができる。
シェヘラザードはそれを見逃さなかった。
杖により骨折りの腹を大きく突く。
「不可視の檻。絶対なる壁。【ハプルーン・トイコス】」
腹に突かれたその杖を媒体とし、シェヘラザードの魔法は発動される。
骨折りは激しく吹き飛ばされた。
全てを拒絶する白き壁は、骨折りの体を消したかと思うほどの一撃だった。
しかし骨折りの上半身は今だ残っていた。
「ぐっ……」
痛みの残る自身の体を抑え、骨折りは起き上がる。
追撃はこない。
今の一撃で倒したと判断したのか。
それとも今の攻撃で、魔法を続けていれることができなかったのか。
ともかく追撃が来ないのはありがたい。
「おかしいですね。亜人程度なら死ぬ一撃なのですが」
魔法を発動させた杖を優しくなで再び骨折りへと向ける。
骨折りもふきとばされてから態勢を整え、相手の攻撃の隙をなくす。
今の一撃で、ようやく彼女がアダムに気に入られた理由が分かった。
「生憎頑丈でね」
「なるほど。人類最強の傭兵。生半可な攻撃では殺せませんか」
彼女は納得したようにぼそりとつぶやく。
彼女の杖は、より一層魔法の光を帯びて輝いた。
骨折りの推測。
それは彼女の魔法の効果がどういったものなのかということだ。
ひとつの魔法の効果にしては範囲が広すぎる。
攻守一体の不可視の魔法。
それが、彼女の魔法の正体だ。
彼女は、防御壁をそのまま攻撃へと転化できる。
本来防御に使われる物をそのまま対象にぶつけているのだ。
つまりは、触れたものを全てはじき返す魔法といった認識でかまわない。
骨折りは攻撃されたのではない。
体そのものをはじかれ、その影響でダメージを負ったというだけだ。
地面も地面を攻撃したのではない。
地面をはじいたのだ。
それにより削れた。
案外、アダムがよく使う魔法【障壁】、【衝撃】の二つは彼女の魔法からきているのかも知れない。
物質をはじき返す魔法。
単純だが、その分厄介だ。
骨折りの使う魔法、攻撃は全てはじき返される。
しかも近づこうとしたら、そのまま体がはじかれる。
骨折りの土俵である、至近距離戦。
骨を折る戦いは彼女の前では通用しづらい。
亜人は基本的に近接戦闘を好まない。
そのうえ接近戦での戦いを身に着けるものは、守るものの戦い方だ。
亜人が敵と戦う時。それは古代から考えると大抵獣人だった。
そして獣人と戦う中で、亜人の中にはこういった考えが生まれた。
亜人は獣人には近接戦で勝つことはできないと。
獣人には亜人の魔法で対抗すればいい。
故に高火力で遠距離でそういった魔法が亜人の中で流行する。
たとえ鉄よりも硬い獣人の皮や肉体であってもそういった魔法には殺される。
しかしそうなるとそれを学んだ獣人は魔法の詠唱中に殺すということをする。
時間がかかって魔法を出す前に殺されてしまう。
そんな事態が発生する。
そのために生み出されたのが、イグニスや骨折りの使う近接戦でも有効につかえる【身体能力上昇】の魔法や、高速である程度の火力が出せる魔法だ。
しかしそれでも、魔法本来の強みである高火力遠距離の魔法が使うことができないのは惜しい。
一方魔法により身体能力を上げてもそもそも技術の差で獣人には勝てないということも起きてくる。
そもそも、剣などの武器を扱う獣人となにもない亜人には戦闘技能という高い壁があったのだ。
そんなことを繰り返していく中で、亜人たちは一つの結論に達する。
それは、近接戦の技術を学んだ亜人を増やしていくこと。
彼らは、高い火力を生み出せる人物を守るために亜人の誇りである魔法という技術を磨くことを捨てたのだ。
そんな風に、近接戦ができる亜人というのは増えていった。
守る側の【天使】は遠距離魔法は弱くとも近接、魔法それぞれの技術ともに優秀だ。
ペトラも近接戦は苦手ながらも、自身の魔法道具により戦闘法を確立していた。
骨折りは、そういった考えを知っている。
自身の由来がどれに当てはまるか知らないが、いつのまにかこの体に染みついていたものだ。
しかし目の前のシェヘラザードはどうだ。
彼女は、遠距離中距離共に優秀な魔法を持ち、そのうえ近距離でその真価を発揮する。
彼女は、【守る】亜人としての戦闘法としては最高のものを持っているのだ。
「お前どこの出身だ。なぜアダムにつく」
このように亜人の魔法としては最高のものをもっているシェヘラザード。
なぜアダムにつくのか。
骨折りはただそれが知りたかった。
しかしシェヘラザードはそんな骨折りの感情など知りたくもなかった。
「記憶などございません。私はただの語りて。生まれたときから目の前にいたあの方に私は救われていたのです」
彼女は、骨折りの感情など知らずに敵対者として骨折りに全力の魔法を準備する。
「循環せよ。【ハプルーン・トイコス】
シェヘラザードは二つの白球を生み出す。
その二つの白き球は、循環し回転し。
やがて加速していく。
その攻撃は研がれていく。
削られひとつの刃物のように、敵を殺す。
その場の殺意と集中力が高められていくのを骨折りは感じる。
彼女は言葉を発した。
それは一つの問だった。
「骨折りよ、知っていますか。最高の攻撃は護りだということを。私の魔法はただ一つ。ただ守り、ただ攻撃する。……あなたはそれに殺されるのです」
「厄介だな……」




