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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
三章 多眼竜討伐戦
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三十二話「滅びの竜②」


「まずいな……時間が足りない」


自身の立たされている苦境に対して苦笑いが止まらない。

このままでは、豊穣国は飢える大地となってしまう。

盤面をひっくり返すだけなら、

女王デア・アーティオの力を借りればいけるかもしれない。

だがそのためには、獣のアンデット加えてシェヘラザードを倒さなければ。

できるだけアーティオの負担を減らさなければならない。


「骨折りよ。貴方の死に場所はここです」

「死ぬつもりはない」

「……戯言を」


この強大なちからにどうやって抗うのだろうかとため息をつく。

シェヘラザードは再び竜に指示をだす。

それは、骨折りを確実に仕留めるための合図。

その竜は、再び息吹を始める。

目標はただ一つ。骨折りだ。

息を再び発しようとした瞬間介入する者がいた。


焔が竜を渦巻いた。

獣のアンデットもまたそれに包まれる。


焔が、全てを焼きつくす。

獣のアンデットは、その渦巻く炎に焼かれ、断末魔を聞かせることなく

骨ごと灰燼となり燃えた。

その炎光に照らされるのは、絹のような白い髪をもった女性であった。

女性はこう名乗る。

この気高き声は威光をもたらす。

そのものの名前は。


「天使第一位ミカエル」


それは【天使】であった。

赤き焔とは、対象的なその純白の翼は見るものを圧倒した。

顔は、白い仮面により覗くことはできない。

しかしその神秘的な声とその外見はどこか神々しさを感じた。

ミカエルは、骨折りに問う。


「あなたが骨折りですね」

「ああ……」

「豊穣国に味方するのは偶然です。決して女王デア・アーティオに味方するという意図ではございません。それをご理解するように」

「わかっている。だが今味方してくれるだけでもありがたい」

「素直なのは良き事ですね。私としても、アンデットで国が亡ぶのは法皇国の威厳に関わるので」 


いきなり介入したミカエルにシェヘラザードは問う。


「ミカエルよ。なぜ法皇国がこの戦いに介入するのですか?法皇はそんな指示を出していないでしょう?」

「愚問ですね。我らの正義は神のもとにあります。貴方が意義を問うな」

「ははっ……」


法皇国のこういったところ。

頭の固いところは、正直骨折りも苦手だ。

だが今この状況になったら、これほど心強いものもない。

せめて獣のアンデット、シェヘラザードだけなら、骨折りで圧倒できる。

しかし多眼の竜という異物が骨折りの集中力を削いでいた。


「骨折りよ。あの竜はなんなのですか?あのようなアンデットは見たこともない」



ミカエルのようなものが知らないのも当然だろう。

あの竜は、数少ない伝説に乗っているレベルのものだ。

骨折りでさえ、ついこないだまで知らなかった。

だがいまはむしろ情報が少ないほうがいい。

ミカエルの協力なくては、あの竜は倒せない。


「悪いが、俺も詳しく知らない。ひとつだけ確実にいうならあれを放置したらこの国は滅びる」

「なるほどわかりました。できるだけ私も頑張りましょう」


ミカエルは、その白い羽を羽ばたかせ宙に浮く。

そして自らの剣を構える。

思い出したかのように、ミカエルは骨折りに語る。


「それにしてもあなたに会うのは久しぶりですね」

「は?」

「……覚えていないのですか?」


ミカエルは、その意味を理解できない骨折りにたいして疑問をもつ。

しかし骨折りは、何度自分のなかでその言葉を繰り返しても意味を理解することができなかった。

【ミカエル】と会ったことは一度もない。

しかしミカエルは、骨折りがなぜ覚えていないのか疑問におもってた。


「以前の【ミカエル】が骨折りと戦ったという記憶があるのですが」


知らない。

なんだ、その記憶は。

骨折りは戸惑った。

記憶にない記憶が、骨折りを動揺に誘う。

困惑する骨折りの様子をみて、ミカエルは首をかしげる。


「それともあれですか?【骨折り】というのも襲名制なのですか」


厳密にいうと、ミカエルも何代目が骨折りと戦ったかは知らない。

だが【天使】として、【ミカエル】として戦った記憶をミカエルは知っていた。

骨折りは即座にそれを否定する。

脳から体にかけて、不快感が走る。

骨折りは、体から引きずりだすように言葉を吐いた。

それは思い出すことのできないことを否定する言葉だった。


「知らない。俺は俺だ」

「まあ、長い時の中です。失われることもあるでしょう。以前の【ミカエル】が抱えたものなど私にはどうでもいい」


骨折りに興味を刺して持っていないミカエルは話を一方的に終わらせる。

元々深く話あうつもりもなかったのだろう。

ただ【骨折り】という人物がどういったものなのか。

そっちのほうに意識が向いていたように感じられた。

ミカエルは現在為すべきことに意識を切り替える。


「今は、共通の敵を殲滅することに意義があると思うのですが」

「……それには賛成だ」


ミカエルは片手剣を、骨折りは分厚い剣を構え。

シェヘラザードに向かう。

シェヘラザードも警戒は緩めず、その目は真剣そのものだ。

ミカエルの参戦は幸運だが、まだ現実は拮抗した程度だ。

しかも相手には多眼の竜という切り札がある。

この切り札の使い方次第によっては盤面は一気に変容する。


「骨折りとミカエル……。相手に不足はない。私も全力でいきましょう」


シェヘラザードは、自身と同じぐらいの長さをもつ杖を手に持ち魔法を詠唱する。

それにより生み出されるのは、白き壁だった。

しかしアダムの魔法【障壁】とはどこか様子が違う。

骨折りもまたシェヘラザードの魔法に警戒を向け

魔法を詠唱する。


「不可視の檻。絶対なる壁。【ハプルーン・トイコス】」

「炎よ。すべてを破壊せよ。【ぺルド・フランマ】」


骨折りは、全てを破壊する炎の魔法をシェヘラザードに向けて放つ。

シェヘラザードの放ったその白き壁は、丸くなり球体となり骨折りの魔法へと向かっていく。

その速度は、早いが高速というほどではない。

二つの魔法は二人の中間でぶつかっていく。

しかし炎は瞬く間に打ち消された。

シェヘラザードの魔法が上回ったのだ。


骨折りはその光景をみて、王宮での三体一を思い返す。

あの時もまたこの女性の魔法によってふさがれたのだった。

やはりこの魔法は、防御そのものではない。

副次的な効果によって防御しているのだ。


「くそ……またか」

「私の魔法は、全てを消します。躱さないと危険ですよ」


骨折りは、シェヘラザードの魔法を躱す。

躱した先にあった住宅の壁は削られ球体の穴が開く。

触れ合ったものすべてを押しつぶすような魔法だ。

原理はわからないが、あの魔法の前ではすべての魔法は消される。

これでは、魔法の打ち合いという展開は避けた方がよいだろう。

ミカエルは、そのような現状をみて骨折りに提案する。


「どうやら追尾性能はないようですね。骨折りよ。貴方ならその攻撃よけるにたやすいでしょう。私がこのアンデットを始末します。貴方はその亜人の対処を」

「……了解」


指示されるのは、気に食わないがこの亜人の対処が楽なのは事実だ。

骨折りは、ミカエルに獣のアンデットを始末させることにした。

【天使】であるミカエルならば、アンデットの退治など最も得意とするところだろう。


「魔法を使うまでもないですね。哀れな獣よ。静かに眠れ」


獣のアンデットに向かうミカエルに対し、骨折りはシェヘラザードに向かう。


「……さあ、俺らはこっちで遊ぼうか」


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