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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
三章 多眼竜討伐戦
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二十五話「虚空に②」

「突風の痛みよ。【ラファーガ・ドロール】」


イグニスは、魔法を詠唱する。

大気はかすかに揺れ、風は笑う。

風は槍となり、コ・ゾラを襲った。

暴風は、イグニスの武器と変化していた。


何本もの風の槍が、コ・ゾラに向かっていく。

これであれば、避けることさえ難しい。

いくつかは彼に命中することだろう。

しかし彼は移動せずその不動のまま腕を組んでいた。


「避けもしないだと?」


彼の行動がイグニスには理解不能であった。

もし今から回避するとしても、もう遅い。

だか彼は一切慌てる様子を見せなかった。


コ・ゾラには普段のにやけ顔が一切存在しない。

彼は、真摯に彼女の魔法に向かっていた。

じっと、イグニスの魔法を観察し数秒。

自身の拳を、冷静に構えた。

その所作は華麗で、一切の無駄はなかった。


彼は避けることなく、イグニスの魔法に拳を向けた。


「甘いっ!そよ風か?」

「なに……?」


軽くジャブが打たれた。

コ・ゾラの拳に阻まれた風の魔法ラファーガ・ドロールは打ち消される。

本来であれば、その拳は風の魔法によって傷つけれる。

そして肉体は弾けるはず。

しかし結果はそうはならなかった。

現実は、イグニスの想像するものとは全く違った。


コ・ゾラの拳はイグニスの魔法をうち消す。

暴風と、拳がぶつかり合う。

鉄と肉体がぶつかりあうような異質な音。

鉄の拳は、一切の揺らぎなくイグニスの魔法の中心というものを貫いていた。


「……っ!」


イグニスはその光景に目を見開いた。

人生で初めてだ。

自分の魔法が、正面からただの拳で弾かれるだなんて。


「なにもんだよ。お前」


しかしコ・ゾラは、そのイグニスの質問とは全く関係のないことをつぶやいていた。


「違う違う違う!……違うっ!」

「……?」


イグニスは、彼が何に対して怒りを向けているのかそれが一切理解できなかった。

少なくともなにかに対して明確な怒りを向けていた。


コ・ゾラはイグニスのことをにらみつけていた。

それは彼女に敬意を称しているからこそだ。

敬意からくる純粋な怒りであった。


「友よ!汝の実力はこんなものではない!躊躇しているのか?」

「随分と高く買ってくれているんだな」


彼は納得がいっていないのだ。

イグニスの魔法はこの程度のものではない。

そう語っていた。


「ああ……友よ。汝は素晴らしい。素晴らしい技量の持ち主だ。」

「素晴らしい……ね」


自身の技量など賞賛されるものではない。

自分のことがイグニスは、認めることができなかった。


「拙僧があった亜人の中でも一番の実力。いやこの世界で上から数えるべき傑物だ」


コ・ゾラは、イグニスのことを一番だと。

そう評価する。

しかしそんなことはない。

自分より上の実力者などいくらでもいる。

天使の【一位】や、【骨折り】。

そういった真の実力者に自分は、紙一重で及ばない。

イグニスの自尊心というものは激しく落ちていた。


「しかしだからこそ疑問を持とう。貴様の実力はこれではない」

「これではないとは?」


慢心したつもりは微塵もない。

しかし彼はイグニスのこの魔法のことをあまり評価していなかった。

イグニスであれば、もっと素晴らしい魔法を打てると。

彼は不機嫌であった。

イグニスが本来の実力を微塵も見せてくれないことに。


「本来の汝の魔法であれば、わが拳は砕かれていた」

「へえ……」

「この程度のもの砕かれているだろう。だが砕けなかった」


コ・ゾラの拳には装飾品が装備されていた。

おそらく、その装飾品は魔法道具なのだろう。

そしてその魔法道具にはある魔法が込められている。


イグニスは、動揺しない。

その存在を知っていたからだ。

それは、獣王の血族が使えるものとは違う。

イグニスは、プラードが持っている獣王の血族の技を知っている。

【王者の咆哮】と同様に魔法を打ち消すその魔法道具は少し方向性が違う。

魔法道具に刻まれた魔術は、【乱魔】。

受けた魔術を、魔力として吸収しその効果を発揮する。

しかしゾラの使用方法は正規とは当然異なる。

乱魔術の魔法道具とは、拳や肉体などに装備するものではないからだ。


「乱魔術か」

「正解だ」


そういってコ・ゾラは、両方の腕を前に開きイグニスに見せる。

拳には、緑色に輝く魔法石がついていた。

光が反射し、その魔法道具は紫色の怪しい輝きを見せる。

イグニスも知識としてその魔法道具を知っているだけだ。

こうして武器として扱う獣人には初めて会った。


「亜人対策というわけだ……魔法には警戒しなくてはいけないと学んだ」


しかしその言葉には違和感を感じた。

こいつは、通常の亜人の魔法であればその肉体だけで弾き返せる。

警戒したのは、前回のセーリスクの魔法のせいだろうか。

しかし彼はセーリスクの魔法を受けてもまだ軽く動いていた。


「お前はわざわざ亜人限定で対策をたてるようなやつじゃない」

「わかるか、ともよ。そうだ汝だ。汝のため。この武具を付けた」


彼は、また笑った。

それは彼の愉悦だった。

イグニスという人物が自分について推測を立ててくれているのがうれしかったのだ。

コ・ゾラは、イグニスが自分より上の強者だと感づいている。


「随分と高く買ってくれるじゃないか」

「自身を偽るな。その姿は仮初だろう?」

「……」

「汝の魔法はもっと練られているはずだ。なぜ本気をださない?」


前回は、魔法なしで彼と同等に戦った。

次は?

魔法を使えば。

そんな思考が彼の脳裏に走ったのだろう。

だからこそ彼は種族の特徴である鱗に頼らず防具を付けた。


しかしイグニスが全力をだすことは絶対にない。

その瞬間、【天使】であることがばれる。


「よくいうな。俺の魔法を無効化しておいて」

「ためらっているからだ。本気であれば負けているのは拙僧」

「……いやお前は強いよ。どんな獣人より」


イグニスもまたコ・ゾラという人物を最大限警戒している。

それは彼の拳。

そして彼の獣人としての特徴の毒や、鱗。

彼の技術にはまだまだ荒々しいとこが大きく見える。

だが彼はそれを生かしたままその高火力の拳で目前の敵を薙ぎ払う。

その攻撃は、イグニスでさえ流しきることができないものだった。


たとえどんなに硬い装備品をつけても、それを無意味にする。

それが毒の拳を持つコ・ゾラという男。


この獣人は、確実にこの世界における強者のひとりだ。

彼と、獣王国の王子。

二人が戦っても勝つのはこの男。

イグニスはそれほどまでに目の前の男の殺意というものを敏感に感じ取っていた。

今、自分が余裕をもって相対できるのは相性がよいだけ。

それだけの話。


「そうだ。まさか拙僧の鱗を破る猛者がいるとは思わなかった」

「だろうな……」


コ・ゾラ。

この獣人はいま殺さなければヤバイ。

これ以上に成長した場合。

自分以外に殺される未来が見えない。

たとえ同格の【天使】でも彼に勝つことができるのは何人いるのか。


「これは賞賛だ友よ。小手先の技術を披露するとは思わなかった」

「……どうやってタイミング合わせているんだよ」

「気にするな。そんなこと些末だ」


本来その魔法道具は、盾や動かない建築物に備えるものだ。

そうやって、魔法への耐久力を上げるための道具。

コ・ゾラは、拳に身に着け魔法を打ち消していた。

正直狂っている。


少しでもタイミングが違えば、拳以外の場所にぶつかることとなる。

そうなれば当然、魔法はコ・ゾラの腕を破壊するだろう。

彼は自傷覚悟でこの技を成立させているのだろう。


しかしコ・ゾラは、完璧にタイミングを合わせ魔法道具としての効力を発揮させていた。

実力はもちろん。それに伴う自信が必要だ。


彼は、類まれな度胸や技術。

その二つを両立させていた。


「結果は必然。拙僧の拳が勝つ。だが……汝も異常であることを自覚したほうがいい」


彼は断言する。

自分が失敗することなどあり得ない。

そう言いたげだ。

イグニスはそれに呆れた。


「そんなことよりお前の自信が欲しいよ」


まさかこんな手段で塞がれるとは思っていなかった。

てっきり魔法を使えば、彼相手でも優位に立てると思っていた。

しかし彼はイグニスの魔法を封殺した。

彼も考えているということだ。

なめているつもりはなかった。

しかし彼の思考のほうが上だった。


イグニスは考えた。

正直、コ・ゾラとの接近戦は避けたいと。

彼と接近戦で勝てる気がしない。

大きな致命傷をいれたあとならその隙で詰めてもいいかもしれない。

だが傷を一切入れることなく、あの獣人に近接戦を挑むのは余りに無謀だ。

それに、彼の再生能力というものは侮れない。

致命傷を与えても彼は再び動き出す。


自分の最大火力である【岡目八目】は、天使としての力を開放しないとあまり火力は出せない。

これからの戦いを考えると、使いたくない手だ。

彼をなめているつもりではない。

温存ではない。

【岡目八目】で彼を仕留める気がしないのだ。

そしてその仕留めきれなかったあとの未来。

自分の敗北。

そんなばくちをかける気にはなれない。


「ならこれだな……」


それは自身の現在における最善手。

イグニスは、風を剣に纏わせる。


風は、剣とまじりあい。

それは一つとなる。

緑色の光が見える。

それは風の魔法であった。


骨折りとの戦闘時使わなかった理由は二つ。

魔法と剣の技術の融合をそれほど骨折りに見せたくなかった。

あと【岡目八目】を使うことを頭に入れていた。

だからこの技に余力を使いたくなかった。

それに骨折りは、火の魔法を使う。この魔法が打ち消される可能性だってあった。


「興味深いな、友よ。つくづくお前とはここで殺しあえてよかった。そういう天命なのだ」

「そんな天命糞くらえだよ」

「はは……そんなことをいうな。この享楽、楽しまねば損だぞ?」


それは、空を裂く風の一撃。


「準備はできたか?」

「ああ……」


全身を躍動させ、剣を振る。

風は空を斬る。

暴風が吹き荒れる。

風は大地を斬る。

地面は、削れ砂となり周囲に舞う。

そして最後に、肉体を斬った。


「空を裂け【裂空】よ」


その瞬間、風に何かが通る音がした。

だが見えない。

風は剣筋を伸ばし、コ・ゾラへと向かっていく。

その一撃を拳で打ち消すのは不可能だとコ・ゾラは考えた。


防御に専念する。

腕を十字に構え、攻撃に対処する。

しかし鎧は、その一撃で砕け散った。

その鎧には亀裂が走った。

ぽろぽろと破壊されきった場所が崩れていく。


「まずは一撃」


こいつに対して接近戦は愚かだ。

徐々に魔法で削っていく。

それが勝利への近道だ。

しかし目の前の敵は、何もなかったかのようにははっと快活に笑う。


「素晴らしいぞ!素晴らしいぞ!友よっ!」

「随分とほめてくれるじゃないか」

「ああ、これは感嘆だ。こんなありきたりの言葉しかでない。愚かな語彙を許してくれ」


コ・ゾラは、中途半端についている鎧を払う。

そこには、ただの肉体が残るのみだった。


「しかしこれが自分のできる賞賛だ。ともよ。受け入れろ」


鎧の下の皮膚は一切きずついておらず強固であることが尚更わかる。

光沢感をもった皮膚は、太陽の日差しを浴び光りだす。

コ・ゾラはいつもの調子を崩していなかった。

ふはは、と高笑いをする。

彼の笑顔に偽りなどなかった。

その顔は純粋な狂いであり、喜びだった。

ただ目に狂気が渦巻いている。


「まさか、そのような技があるとは思っていなかったっ!技も姿も……その全てが美しい。立ち姿、技、魔法。その全てに魂が宿っている」

「……っ」


こいつの言葉に嘘はない。

本気だ。

こいつは本気で自分のことを賞賛している。


「誇れ友よ。全力で殺したいと思ったのは……これが初めてだ」


その瞬間。

コ・ゾラの肉体から殺気があふれだした。

それを感じ取った自分の体からは、冷や汗が零れ落ちる。


その時目の前には既に彼がいた。

とっさに回避に移る。

髪の毛にかすった。


「速いっ!」


しかし風圧を全身で浴びることになった。

その威力に怯む。


自分は身体能力を魔法で強化しているはずだ。

それと並ぶほどのスピードだと。

イグニスは驚きを持った。


自分がいた場所に彼は立つ。

その眼は獣のようで、怯えなどなかった。

ヤバイ、危険なものがくる。


「【二連】」

「……!?」


右と左。

両腕交互に殴打がくる。

それを剣により防ぐことはできた。

だが。

三撃目。

極太の尾による強い一撃。

イグニスの筋繊維を刺激するには十分すぎた。


「重っ……!」

「ほう……これも受け止めるか」


なぜだ。

先ほどまで自分が優位に立っていたはず。

しかし今は逆だ。

自分は彼の決意に。

彼の殺意に。

そういった意思に気おされている。


彼は堂々と胸を張りこちらに歩いてきているのに、

自身の体は回避を考えていた。


頭の中に疑問形があふれだした。

しかし目のまえの獣人を見ているとその疑問形が

答えへと変換されるのを感じた。


「素晴らしいぞ……その姿憧れる。ああ、貴様を殺したい」


その男に焦りはない。

そこにあるのは、感嘆。

強者への賛美であった。

恨みも、怒りもそこにはない。


彼は理解しているのだ。

イグニスが自分の格上であることを理解している。

だがそんなことを一切きにしていなかった。

戦士として、散るのみ。

そんな覚悟が、目にみえた。


「ああ、そうか……そういうことか」


納得した。

理解した。

狂気にしか息をすることができない男の戦いというものを。

イグニスは覚悟する。

この男は殺すまで止まらない。

だからこそあえて言う。

決意を胸に止めるため。


「……俺も殺す。コ・ゾラ。止めてみせよう。お前を」

「……友よ。拙僧も貴様を殺そう。止めて見せろ。私を」


彼の顔が笑顔に変わる。

ぞくそくと歓喜に震えていた。

だが覚悟は伝わったようだ。

顔に付着した血をふき取りコ・ゾラは言う。

覚悟の返答を。


拳と剣は、何度も重なった。

その衝撃により、火花が何度も散った。

金属音が、何度も続く。

kぁれは言葉を投げかけた。


「戦いが怖いか?友よ」

「ああ、怖いさ。いまだって怯えている。殺すことを」

「ためらう必要などない。罪などここにはない。ここにあるのは享楽だけだ。戦いを求める理性だけだ」

「……俺はそんな風にはなれないよ。罪だ。これは罪なんだよ。この罪を俺たちは許してはいけない」


そうだ。

罪だった。

戦いを喜ぶ自分を許してはいけない。

戦士として彼に向き合えていると思う自分は傲慢だ。


「己がなすことをなぜ恥じる」

「恥じてはいないさ。疑問を持っているだけだ」


そうだ、ただ疑問を持っていた。

命を失う。

その結果というものに疑問を持っていた。


「ならば、疑問を持つな。自分が。自分こそ。それが答えだ。楽しもう。友よ。私は今幸せだ」


覚悟が決まった二人の決意。

そこにぶつかりあるのは純粋な殺意だった。


「そして答えはこれだ。必ず殺し、蒼穹に送る」

「……こいよ」

「ああ……覚悟を決めろ」


両者ともに必殺の構えをとる。

そこにはためらいがなかった。

迷いなど微塵も存在しない。

互いが互いを自信の最善の技によって打ち払おうとしていた。

イグニスは、魔法を使い身体機能を強化する。

だが全身ではない。その技を使うために必要な部位のみを強化する。

魔法がその部位に走るのを感じる。

コ・ゾラは、足腰に力をいれ拳をイグニスに標準をあて構える。

その強力な筋力は、地面を容易に砕く。

それは時間が止まるような感覚だった。

そのひと時が、なぜか心地よく。

この瞬間が続けばいいのに。

そんな感触を覚えた、

両者タイミングを計り止まる。

しかしその瞬間が来るのは一瞬であった。


「さらばだ友よ」

「……!」


空気がその瞬間変わった。

コ・ゾラの纏う雰囲気が確実に別のものへと変化していた。

しかしイグニスはその瞬間をなぜだか楽しんでいた。


「必殺……っ!!!【毒鼓一打】」

「空を裂け!【裂空】」


必ず殺すとかいて必殺。

必殺の拳は、イグニスの鳩尾を狙っていた。

それに反し、イグニスは風を纏った空を裂く魔法の剣。

双方の視界は、まるで止まっているかのように遅く見えた。

命を奪う絶命の拳と、空を割く高速の剣。

剣筋と、拳の弧線が重なりあう瞬間。

魔法と拳は輝いた。


しかし勝者は、剣であった。


拳は砕け、半分に割れる。

魔法道具は、砕け地面に落ちる。

コ・ゾラの片腕は半分に割けていた。


出血は、雨のように降り注いでいた。

彼がこの戦いのあと生き抜いたとしても出血で死ぬのが目に見えた。


しかし彼は抗った。

彼はまだあきらめていなかった。

目の前の敵をいまだ見据えている。

もはや腕とはいえないそれを庇い、コ・ゾラは後ろに下がる。

それはかつての軽やかさを失っていた。

そしてそれをイグニスは見逃さない。


「くっ……」

「反応が遅い!」


半分に割かれた腕は、どこか動きが鈍く狙いやすい。

イグニスは、半分に割かれた腕を再び切る。

上腕と前腕の境目。

狙ったのはそこであった。

関節の隙間をいとも簡単にイグニスの剣は通り去った。

その弧線は、コ・ゾラに甚大なダメージを与える。


その太き獣人の腕は、いとも簡単に地面に落ちた。

鮮血が再びその場に散る。

血の池ができるのに余りある量であった。


「……お前はこれで死ぬようなやつじゃない」


まだ獣人の目は死んでいない。

イグニスはそのことを理解していた。

【コ・ゾラ】という獣人を。


コ・ゾラは、再び構える。

それは必殺の構え。


「毒鼓一打ァァ」


それは命を奪う必殺の一打。

拳は、いまだ死んでいなかった。

みぞおちを、人体の急所を知り尽くした

一撃必殺の拳は、一人の命を奪うにたやすいだろう。

だがそれは全盛を失っていた。


「残念だ。コ・ゾラ」


イグニスは、その名を明確に意識して呼んだ。

それはいまから命を奪うものの名前だから。

だからこそイグニスはその名前をよんだ。


身を屈め、コ・ゾラの胸元に入り込む。

獣人であり、武器をもっていないコ・ゾラに攻撃する手段はもうなかった。


「っ……!」


コ・ゾラの口からは血が噴き出す。

イグニスは、刀身をゾラに刺したのだ。

確実に命を奪う一撃。

それは、コ・ゾラの魂の根幹というものを貫いていた。

心臓は、もう貫かれていた。


「安らかに眠れ……。お前と戦いあえたことを嬉しく思うよ」

「有難う……と、とも……よ」


コ・ゾラの瞳孔は閉じていく。

一人の獣人は、ここに死んだ。

その腕は、拳は。

虚空を掴んでいた。

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