二十話「纏わぬもの③」
数秒だけ気を失っていた。
なにが起きたのだろうか。
敵の亜人が、魔法の詠唱をしたところまでは覚えている。
そして詠唱した後、自分が多くの刃物に貫かれたことも。
敵のことを侮っていた。
いや、一体一の状態まで追い込まれた時点で引くことを考えた方がよかったかもしれない。
少しでも時間を稼げば王宮の方から援軍もくるはずだ。
なぜそんな冷静な考えが浮上しなかったのだろうか。
こんなことを考えても、どちらにせよ自分の死は近いようだ。
敵の足音が段々と近くなるのを感じる。
さきほどまで足音を全く出していなかったのに、
今はわざとらしく出しているのは自分の生死を確かめるためかもしれない。
あの男は、外見に似合わず姑息だ。
使う魔法を偽装して、殺す時だけその真価を発動させる。
いや、これが戦いというものを知らなかった自分の末路なのだろう。
残念ながら、自分はもう死に近い。
セーリスクはそんなことを考える。
頭が朦朧とする。
そんな中、頭に思い浮かぶのはあの時コ・ゾラに殺されたカウェアのことだった。
あの人は、自分のせいで死んでしまったのに結局似たような結果になってしまった。
あの人が、この場にいれば兵はもう少し姿を消す魔法に対応できたかもしれない。
もしかしたら、この亜人との戦いにも生き残ることはできただろう。
過大評価かもしれないが、あの人は自分にとってそんな人だった。
カウェアの妻は、どんな思いでいるだろうか。
あの人に、生かされた自分が戦死したと聞いたら絶望するかもしれない。
でもそうだ……いまここで自分が死んだらあの人が残してくれたものは何も残らない。
他の人はどうだろうか。
イグニスさんは大丈夫だろう。
あの人はもともと一人でも生きていける強さを持っている。
きっと僕が死んだとしてもあの人は、強く生きて帰る。
シャリテさんもすでにこの国を離れている。
自分に目をかけてくれた恩義は返せないことは申し訳ない。
だがあの人のことだ。
他に実力のある人を探しているだろう。
しかし思考はある人物を考えて止まる。
じゃあ、ライラックは?
自分はそこまで愚鈍ではない。
彼女が自分のことを思っているなんて気が付いている。
でも彼女は。
彼女は自分のことで泣いてくれた。
自分が今死んだらどうなる。
彼女は再びなくだろう。
何のせいで?誰のせいで?自分のせいで?
駄目だ。それだけはダメなんだ。
「おいおい、まじかよ」
セーリスクは、その血だらけの体で両腕に力をいれ起き上がる。
痛みが全身を襲い掛かる。
当然だ、刺さった短刀のいくつかはまだセーリスクの体刺さっているのだから。
ネイキッドは驚いた顔をしつつも、納得していた。
まるで、死なないことをわかっていたかのように。
息の代わりに、血液が口から漏れ出す。
さきほど受けたダメージの影響でセーリスクの体は限りなく死に近づいていた。
「…‥‥」
意識がただ朦朧とする。
しかし殺意は途切れることはなかった。
自分はこの敵を殺す。
あの獣人もだ。
その殺意を明確に感じ取ったのか、ネイキッドは苦笑を漏らす。
「怖いねぇ、それで俺が怯むとでも思ったか。もう種がないわけじゃないんだ」
その瞬間、先ほどと同じように空中から短刀が突如として現れる。
そしてネイキッドは、魔法を詠唱する。
「姿を現せ。裸の王よ。【ギムノス・パシレウス】」
詠唱の文字が、ひとつひとつ重ねるごとに
視覚にあらわれる其の凶器は増えていく。
ひとつひとつが、セーリスクの命を奪うに足るものだった。
詠唱を重ねながら、ネイキッドは自身の短刀をセーリスクの首元に差し込むために
走りそして近づいていく。
同じ光景が、繰り返される。
だがひとつ先ほどとは違うことがあった。
セーリスクもまた、魔法の詠唱をしていた。
小さな声で、しかしはっきりとその魔法を唱える。
その青き光は、氷の魔法だ。
「霧を纏え、氷よ唸れ。……【グラキエース・ネブラ】」
その瞬間、セーリスクとネイキッドの間には冷気による霧が現れた。
それは、セーリスクの体表から発せられるものだった。
強烈な冷気により、セーリスクにむけられていた多くの短刀は
ネイキッドの魔法の効力を失い地面に落ちていく。
セーリスクは、白い息を吐きながらネイキッドに伝える。
「……お前を殺し、生きて帰る。そのために僕は戦うんだ」
「へぇ……やってみろよ」
ネイキッドは、怒気にまみれたセーリスクとは対照的で
冷静に相手のことを見つめていた。
セーリスクの体は、負傷はもちろんだが自身の扱う魔法に体が耐えきれていなかった。
その体の表面はいくつか氷により白くなっており
このまま時間が立てば壊死してしまうのではないかと思ってしまうほどだ。
その血まみれの体は、凍り付いた血が体にへばりついていた。
傷の影響もあるだろうが、関節の動きは明らかに鈍っている。
ここから負ける要素は一切ない。
しかし先ほどは、本当に危なかった。
もし一歩。
あと一歩多くこの男に近づいていたら、その場に伏していたのは自分だと。
そうネイキッドは考える。




