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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
二章 異物の少女
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三話「中立国」

「一体、いまの化け物は何だったんだ…?」


シャリテは少し恐怖心を抱きながらも辛うじて声を絞り出す。

その眼には、怯えが混じっていた。

眼の前の現実を、受け入れることができないでいた様子だ。

イグニスは、ぼそっと呟いた。

彼女は、その生き物の名前を知っていたのだ。


「竜が現れたんだ」


シャリテの心からの疑問にイグニスは答えた。

得体のしれない生き物を、イグニスが知っていることに

シャリテは驚きを持った。


「竜…?あなたは一体何を知っているんだ…?」


竜だなんて生き物は初めて知った。

初めて見る生き物だ。

シャリテはただそう思った。

あの生き物には、明確な知性があった。

それも生物としての格が違うレベルの知性が。

それに未来を予言するような内容もあった。


そのような存在と対等に話せるような目の前の女性は。

その正体は一体なんなのだ。

シャリテは、そのことに対しても驚きを持っていた。

しかしイグニスに対して不思議なことに怯えは持たなかった。

ただ目の前の現象に理解が追い付いていなかったのだ。


「……何も知らないよ、ただあの生き物の名前を知っているだけ。けど俺も正直震えが止まらなかったち」


ははっと、イグニスは笑った。

嘘ではない。

イグニスの手はかすかだが震えていた。

シャリテはその様子で察した。


彼女にはなにかしらの地位についていた人物ではないかと。

それも高い実力と、知識を有するほどの人物であると。

シャリテは、自分の洞察力でそこまで察した。


「……そうか」


だがそれでもそれ以上は教えてくれないのかと。

シャリテは心のなかで小さく思う。

彼女は何かを知っている。

だが明確になにかを指摘するだけの、知識は自分にはなかった。


しかも今は、他にも驚くべきことがあった。


「……その子は半獣だったのだな。正直それも驚きだ」


シャリテは、少女の事実を知った。

その影響は声にも出ており、少し震えていた。


「……っ!」


それを感じ取った少女は衝撃でまた男の背中に隠れた。

先ほどまでの差異を頭で考えてしまったようで怯えもみられる。


「伝えなかったのは悪いと思っている。こっちにも事情があったんだ」

「事情……」


イグニス達に何かしらの事情があることは既に分かっている。

しかし彼女たちが、犯罪などを犯すとは思えない。

逃亡であることは確実だろう。

だが半獣と、イグニス。

一体どのような関係で、ここまできたのだろうか。

それをシャリテは静かに洞察した。

しかし良心と、先ほど救われた恩義がこれ以上彼女の秘密に触れることを恐れた。


「アンデットもいたのに、加えてあんな存在に会うとは思わなかったんだ。巻き込んでしまってすまない」


シャリテは、その謝罪を本当に心からのものだと思った。

彼女の顔は、戸惑いも入っていてこの状況を想像できていない様子だった。

自分を救ってくれた彼女を信じることにしよう。

シャリテはそう決心した。


「気にするな。私は君がすべての原因だなんて微塵も思っていない」


彼女の肩に、手を置く。


「有難う。イグニス。貴方のお陰で命が救われた」

「……よかった。有難う」


彼女の眼をじっと見つめ感謝をする。

少なくとも感謝もできないでいると自分の心が痛む。

彼女たちに悪意はないのだ。

ならそれでいいじゃないか。

シャリテはそう自分の心を納得させた。


イグニス達に次の行動を促す。


「話はまたあとで聞く。いまは少しでも早く国の中に入ろう」


イグニスもそれにうなずく。


「ああ」

「マールちゃん」

「……っ!」


イグニスの後ろに隠れていたマールは、

シャリテに呼ばれたことによってびくっと反応をした。


イグニスはその行動を過敏だとたしなめる。


「こら、マール」

「いいんだ」

「けど」

「マールちゃん。怯えさせてしまってすまない」

「……」

「君が半獣だからと差別する意識はない」

「……!」

「今はまだ怖いかもしれない。けど……私を信じてくれると嬉しい」

「……」


マールは無言で頷く。


「よかった」


シャリテは安心して胸をなでおろした。

イグニスがシャリテに対して頭を下げる。


「シャリテさんすみません」

「大丈夫だ。じゃあ、いこうか」



そうして馬車は一行を乗せ中立国アーリアへと向かった。

しかしその一行は想像もしていなかった。

その行動が、未来を大きく変えるものだったとは。



一行は少しの程の馬車の旅の末、中立国アーリアへと辿りついた。

中立国アーリアそれは、水と自然に包まれた豊かな国。

中立国の名の通り。この国の住民たちは自国の自然を愛し戦争を嫌うものが多いという。

豊かな自然に恵まれ、平和を愛す国、中立国アーリア。

イグニスとマールはその一端に触れたのだ。


「凄いな…この国は」

「うん…‥」


イグニスはその国の豊かさに驚いていた。

マールもそれをみて言葉がでないようだ。

豊かさと聞くと、金や豪華さに想像が生きがちであるが、そうではない。

その国は、一見して見える感情の暗さというものが全く見受けられなかったのだ。

馬車から見える顔は、皆が一様に幸せそうに笑っていた。

豊かな食物を子供と大人が分け合い幸せに笑っている。子供たちのにこやかな笑顔。

当たり前のようだが、得難い平穏がそこにはあった。


「この国はもともと水が多く作物が豊かだ。そのうえ、飢餓や種族間での争いが少なく、数十年前に周囲の国へむけて戦争的行為をしないという宣言をした。それ以来この国は、【中立国】…中立国アーリアという名前を手に入れた」

「なるほど」


イグニスはシャリテのことばを聞いて納得した。

元々中立国の成り立ちや、歴史、現状を小耳にはさむ程度であったが、

なかなかその話を信じれずにいた。


中立国のこの平和の要因は作物の豊かさにある。

要は他国から領地を奪うことが無いほど作物や土地が充実しているのだ。

その事実を目の前でみたイグニスは自分の選択を間違っていなかったと

ようやく確信を得ることができた。


「お前をこの国につれてきたのは無駄じゃなかったようだな」

「うん、私おねぇさんにここまでつれてきてもらって幸せだよ」


イグニスはアールの頭を優しくなでた。

その手は優しく見えた。

愛されていることは傍から見ても明らかであった。


「なにを求めてこの国をめざしたかわからないが、この国では絶対に幸せになれると思う。この国に来るものはなにかしら失ったものばかりだ」

「そうか…それは嬉しいな」

「俺はこの国で商人をやっている。お前たち二人がこの国で生きていくのに必要なことがあるなら手を貸そうじゃないか。お前は命の恩人だ」

「ありがとう。貴方と出会えたことを幸運に思うよ」


 イグニスは、申し訳ないような顔をしながらシャリテに向かって感謝の言葉を告げた。


「貴方と出会わなかったら、アンデットに殺されていたんだ。しかし国に帰り娘に会える。それは何事にも代えがたい幸福だよ」


シャリテは自分の心を素直にイグニスに打ち明けた。


「ならお前の娘にも早く会ってあげないとな」


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