十四話「シャリテの手紙」
「イグニス、このような形で気持ちを伝えることになってすまない。この手紙を読むころには俺は国外へ出る手続きをしているだろう。獣人と戦って傷だらけのお前をみたときは驚いた。あんなに強いお前ですらこんな状態になるのかと。獣国の恐ろしさを改めて思い知ってしまったんだ。俺はいま海洋国アルマダに向かっている。アカンサスの傷は幸い治療によって改善された。しばらくアカンサスの療養もかねて海洋国に定住するつもりだ。もしイグニス。お前がこの国に向かうことがあれば、俺のことを頼ってくれ。おまえへの謝罪もこめて俺にできることはなんでも手伝う。マールちゃんも一緒にまた話せることを願っている」
手紙を簡潔に要約するとそんなことが書いてあった。
イグニスは、アカンサスの怪我のことをマールが攫われた時の話で知った。
アカンサスも、マールが攫われたその場にいたそうだ。
そして敵襲に会い、命の危機にさらされた。
迷惑をかけてしまったなと少し後悔の念にとらわれる。
アカンサスの傷がよくなることを心から願うばかりだ。
イグニスは手紙を閉じた。
文章を読みおえセーリスクに話かける。
セーリスクは、寡黙にイグニスが文章を読み終えるのを待っていた。
ライラックは、その場の雰囲気を察し静かに二人が話すのを待っていた。
「シャリテさんは、この国を出てしまったんだな」
少し、寂しい気持ちになるが当たり前のことだろう。
この国にいる理由がない商人はわざわざ残るわけもない。
シャリテは、もともと獣王国の住人だ。
この土地に関する郷愁などは薄いだろう。
豊穣国は、食物の生産力が非常に優れている。
それ目当てで、商人も当然集まる。
しかし今回は、商売のメリットよりも戦争における損害のデメリットの方が大きすぎる。
きっとシャリテに限らず、国外に対する商売をしている商人は多くが国外に出ていくだろう。
セーリスクは、頷き肯定する。
その顔は少し寂し気だった。
「はい、僕がシャリテさんと話した時もそういったことを話していました。実は、僕も海洋国についてこないかと質問をされたんですけどね」
嬉しさと、後悔、そして寂しさ。
そんないくつかの感情が複雑に混ざり合った顔で
セーリスクは話を続ける。
イグニスと同じように海洋国に行かないかという提案を受け取っていたようだ。
イグニスは、マールと一緒に食事をとった夜を思い出した。
イグニスも提案を受けた。
今思うと、シャリテはもう既にほとんどの準備を終えていたのだろう。
戦争がはじまり、この速さで出国の準備ができているということは
そういうことだ。
そう考えるとシャリテの先見の明もあっていたのだなと考える。
そうだったのかと、セーリスクの話を聞いてライラックは驚いた顔をしていた。
恐らく、シャリテはセーリスクと真剣に一対一で話したのだろう。
それを誰にも話さず一人で決断したといったところだろう。
「海洋国にいけばよかったんじゃないか。この国は戦争になるんだぞ」
イグニスは、セーリスクにそう問いかける。
それは真剣な言葉だった。
セーリスクがこの国に残る決断をしてくれたのは内心複雑だ。
イグニスは、セーリスクの実力を自身と比較して小さいとは思ってはいる。
だが弱いとは一切思っていない。
むしろ獣王国との戦争では力強い一人となってくれることだろう。
しかし戦争は、軽いものではない。
いまは過激化していないだけで、
セーリスクだってカウェアのように死んでしまう可能性だってある。
イグニスだって一人でも自分の知っている人物が死ぬのは嫌だ。
「イグニスさんこそ。……僕にもあなたと同じで戦争に立ち向かわないと
いけない理由があるんです」
セーリスクはそういって、笑いかけるがその拳は硬く握られていた。
やはりカウェアのことだろう。
尊敬する人物を自身の尊厳を殺した敵が許せないといったところだろうか。
「復讐もいいが、それだけにとらわれないようにな。
命を通した戦いはいろんなものが混ざり合うぞ。
大切なものを手放すようになったらそれこそお終いだ」
「いいんです。僕の願いはある意味叶っています」
それは、目の前にいる女性に少しだけでも近づくこと。
イグニスと共に戦い。
尊敬したあの人物のようにこの国を守ること。
故人に向けた思いは、セーリスクの願望と一致した。
しかしセーリスクのその言葉にたいして
一人の少女は寂しげだった。




