十二話「多眼の腐敗」
ネイキッドは、内心アダムのことを疑っていた。
アダムとの関係はそれほど長くはない。
今回、多眼の女性にはこの世のものではない異質の雰囲気を確かに感じ取っていた。
しかしアダムはその異質を理解していた。
難なく多眼の女性を追い詰め自身に一撃を入れる猶予をくれた。
自身は、アダムの正体を知らない。
この世に理というものがあるならば、多眼の女性とアダムは同じ場所に。
理の外にいるのだろう。
なぜ自分がこの男に誘われたかはわからない。
だがいつか自分は理解の範疇にいるこの男に殺されることを明確に意識した。
「そろそろ答え合わせといこうか」
「答え合わせ?」
ネイキッドは、疑問におもう。
何か説明することがあるのだろうかと。
アダムは大きく息をつく。
「多眼の能力についてだよ。能力は、恐らく見ることに特化しているんだろう。故に僕らみたいな積極的に干渉してくるタイプとは相性が悪い。加えて、攻撃の連続によって未来視は劣化していた。本物にしてはお粗末すぎる。故にこいつは媒体でしかない」
「つまりこいつは偽物でいいってことか?」
「それもそうだろうな。弱すぎだ」
ゾラは、多眼の女性の死体を蹴り上げる。
彼らに死体に対する敬意など微塵も存在しないようだ。
焼き焦げたその体は、蹴り上げられた衝撃により皮膚がぼろぼろと剥がれ落ちる。
アダムの発言に同意する。
媒体という表現はわからないがアダムは、
この多眼の女性をあくまで本物ではないといいう言葉遣いをしていた。
ネイキッドは、それを明確に理解することはなかった。
しかしそれがどういった意味を持つかを何となくわかっていた。
ネイキッドから見ても先ほどの多眼の女性は違和感があった。
確かに逃げる意思や、回避の意思はあったものも、
ゾラの攻撃やアダムの攻撃に反撃の意思を持っていなかったのだ。
「表現が違うな、限定的な本物だ。しかしいまここで倒したことで彼女はしばらく僕らには接触することはできない。豊穣国にもね」
多眼の女性には、まだ体が他にも存在するようだ。
人間のっ知っている技術はどこまでもそこが知れない。
いや、知るべきではないのかもしれない。
それは一種の深淵だろうから。
どうやらアダムには、自身らの知らない多眼の女性に関する情報を知っているようだ。
しかしネイキッドからすると、どうでもいいことだ。
この多眼の女性が豊穣国を攻める際に邪魔になるから今こうして潰した。
ただそれだけの話だ。
そして彼女は、抵抗することなく、
死に向かう自身の未来を見ながら死んでいった。
見ることしかできない傍観者というのも不憫なものだ。
まぁ、全く理解できないものだがと
ネイキッドは嘲笑うかのように笑う。
「まぁ、倒したことには違いないからな」
この女性が、いま、どれぐらいで
自身の体を再び用意できるか全くわからない。
というかネイキッドは考えるつもりもない。
そういった役割は、アダムやシェヘラザードのやることだ。
自身はアダムの望むタイミングで、透明な刃を敵にふるえばいい。
ゾラがアダムに質問をする。
「豊穣国にはいつ攻めるのだ?」
その顔は以前戦った強敵である友と再び出会うことを待ち受けているようだった。
「そう焦るなよ。結果は必ず結実する。豊穣国には必ず攻める。今は下ごしらえさ。豊穣国が再び僕らの存在に気付くことはないよ」
「お前が、あそこまでぼろぼろになることなんていままで滅多になかったからなあ」
「ああ、あれは良き死線だった。あの時間がどれほど続けばよかったことか」
恍惚の表情を浮かべ、ゾラは過去の回想に浸る。
その愉悦は、ネイキッドにも伝わったようだ。
ネイキッドは、はだがぴりぴりとはじける感覚を覚えた。
「珍しいな、そこまでいうなんて」
「獣王国の腑抜けはあれは児戯に等しいよ。拙僧が強者だと楽しめるものもいるがな」
「俺としては、風の女よりお前に不意を突かせた氷使いにも気が向いてる」
蓬髪の髪を少しいじりながらネイキッドは氷使い、
すなわちセーリスクに興味を持ったとの意思を示す。
「いいぞ、再びまみえたときには友にくれてやれろう。その代わり風使いは拙僧がもらい受ける」
「いいね、君たちは自身の楽しめる相手を選べてさ」
「お前はどうせ骨折りだろ。俺らでは勝てないし」
「拙僧も、骨折りに関しては死合うイメージがあまり沸かないな。あれは蒼穹に逝けぬ存在かもしれん」
「蒼穹にいけない存在ね、あながちその表現は間違っていないかもしれない」
骨折りが身につけていた鎧のこともある。
それに多眼竜が、予言の中とはいえ頼っていた存在は彼だけだ。
多眼竜と一時的に倒して今だからといっても油断はしない方がいいかもしれない。
アダムは、彼もまた自身と同じ人間に近い存在であることを感じ取った。
「しかし不満も生まれるものだよ。あいつ強すぎてつまらないし。前の石使いはぼろぼろにできて楽しかった」
お互いの望む相手を選び、戦争とは言え戦いを楽しむさまは一種の狂気を纏っていた。
「なかなか楽しくなってきたな」
「そう、それであとひとつ楽しめることがあるんだ」
「楽しめること?」
「ああ、こいつの体アンデットにしちゃおう」
それは、まるで子供が玩具で遊ぶ時のように。
それは、刹那を楽しむ幼児のように。
虫を潰し、好奇心を身を投じたような子供は。
そんな純真な男はまたひとつ腐肉を生み出した。
腐肉は、大きな音をたて肉体を変化させる。
それは女性の体から、竜に転ずるものだった。
しかしその多眼の竜の肉体は腐っていく。
アンデットへと転じていた。
「多眼竜と呼ばれた、伝説における存在。それは贋作といえどアンデットの実験体にふさわしいものだ」
満面の笑みを浮かべ、彼はその巨大な竜の肉体を傲慢にも自らの手で作り変えていた。
「あぁ、豊穣国よ。この腐敗した竜を乗りこえられるかな」




