十一話「多眼竜vsアダム②」
その瞬間、コ・ゾラが背後から多眼の女性を殴りかかる。
それは女性も気づいていない完璧なタイミングであった。
「な‥…」
「喰らえ」
少しばかりかすったようで、多眼の女性は吹き飛ばされた。
しかし倒れることなく、両方の足でしっかりと踏みとどまっていた。
その顔は、無表情ながらひとつ焦りというものが垣間見える。
コ・ゾラは、不可避のタイミングで当てたのにかかわらず
少し回避されたことに違和感を感じていた。
自身の拳は、耐えれるほど軽くはない。
やはりこの女性は普通ではないようだ、そんな感想をもった。
しかしアダムの顔は、企んでいたことが上手くいったとばかりに満面の笑みだ。
アダムは愉悦交じりに多眼へと語る。
「あれ、おかしいなあ」
「なにがいいたいんでしょうか」
そのにやけ顔をアダムは全く隠そうともしなかった。
しかし多眼の女性は、眉一つ動かさずアダムに質問をする。
「なぜ今、完璧に回避できなかった?」
「はは、なるほどな」
アダムの発言の意図をネイキッドは読み取ったようだ。
自身の魔法を使い透明となり、風景から消えていく。
多眼の女性は、それを見て警戒をする。
「無駄ですよ、私に見えないものはない」
多眼の女性は、自身の多く存在するその眼を使い
風景と同化したネイキッドを探そうとする。
しかしそれは、コ・ゾラ、アダムに阻まれる。
「君が相手しているのは、一人じゃないんだよ」
「笑止。さぞ大変だろうな」
アダムは、魔術構築【衝撃】による空気の圧で攻撃の手数を増やし、
コ・ゾラは自身の必殺の一撃で多眼の女性を翻弄する。
しかし、女性は戸惑う様子は見せたがそれらすべてを辛うじて回避する。
その回避は、まるでこの世から消えているようにも見受けられた。
事実女性は、回避する瞬間だけこの世に存在していなかった。
ゾラはそれに対して賞賛の声をあげる。
それは心からの賛美であった。
または自分の理解の範疇にいる存在に対しての感嘆だったかもしれない。
アダム達からなる攻撃は普通とはかけ離れていた。
たとえ骨折りであっても躱せないだろう。
しかし躱せたということは、相手がこの世の理から離れているということである。
「素晴らしいな。これほど躱せるものなのか」
「そうでもないよ。少しずつ追い詰めよう」
アダムには、焦りというものが一切持っていなかった。
冷静に相手の能力を判断し、的確に弱点を潰し相手を攻略しようとしている。
そんな言葉づかいであった。
多眼の竜は、やはりこの生き物は危険だと判別していた。
この生き物をこの世に解き放ったままでいるとこの世界を壊してしまう。
そんな感想を持つ。
「そうだな」
ネイキッドはアダムの言葉に呼応する。
自身の透明化を解除し、背後からの奇襲で多眼の女性を襲った。
その一撃に反応することができなかったのか、
女性はネイキッドの一撃を喰らうこととなった。
肉は抉れ、血が噴き出る。
女性の纏っている服も破れる。
女性はそれに慌てることはなかった。
「あなた方もしつこいですね」
「しょうがないだろ。豊穣国に味方したなら君は明確な敵だ」
「貴様は、この世のものではない。敵ならば、早々に蒼穹に逝け」
「あなた方こそ、この世を乱すものだ」
「傍観者は眺めていろ。そろそろ終幕といこうか。ネイキッド」
ネイキッドは、自身の持っている短刀を魔法によって透明化する。
透明化されたいくつかの短刀は、空気をきり
投擲によって多眼の女性に向けられる。
女性は、体で受けることなく
自身の体を透過し別の場所へと転移する。
「まずは一手」
回避した先には、ゾラの拳が待っていた。
しかし未来視によってその未来を予期していた多眼は、
魔法による防御によってゾラの攻撃を防ぐ。
魔法と、ゾラの拳がぶつかる音によって破裂音のようなものが
その場に広がる。
しかしその瞬間彼女は死に包囲された。
三者三様の殺意を彼女は視認した。
「二手」
アダムは、自身の手によって魔法を構築する。
それは、亜人たちがやる詠唱とはまた違う。
新たなものが生み出される瞬間。
それに近い一種の美しさというものが見えていた。
「魔術構築【火球】」
アダムによって構築された【火球】はその手で輝く。
猛炎は、悪魔の舌のように赤く光る。
多眼の女性の体はそれによって吹き飛ばされた。
鮮血は、火球によって蒸発し
女性の体面は火によって焼かれていく。
「三手、詰みだよ。多眼竜よ」
その女性は、纏っていた服さえ残すことなくこの世から意識を消滅していった。
アダムらはそれを静かにただ見つめていた。




