二話「竜との邂逅」
女性は大声でアンデットに向かって叫ぶ。
「俺の名はイグニス・アービル!名も肉体も忘れられた腐肉達に、我が名と剣技を刻んでくれよう」
そういうと、女……いやイグニスはアンデットたちに剣を振りかざした。
アンデットは言葉を発することもなく、ただ愚直にイグニスに向かっていくだけだ。
イグニスは前に足を踏みこみ、鋭い一撃をアンデットに食らわせ切った。
一撃は鋭く、アンデットの胴体を即座に切り捨てる。
その剣技は風のように滑らかで一瞬のうちに一体のアンデットを
縦に、横に、切り刻んでしまった。
「アンデットなら再生能力はもっていないはずだからな、そのまま安らかに眠るといい」
イグニスは木っ端みじんにしたアンデットの体をさらに突き刺した。
アンデットは息絶え、瘴気となって後も残らず消える。
一体目のアンデットを切り刻んだ後、振り返りそのままイグニスは前に進み台地を蹴り
二体、三体とアンデットを四等分、八等分にしてしまう.
「いくら聖水を使ったからと言って、あんなにも生き物の体を切れるものなのか…?」
「違うよ……」
シャリテの疑問を少女マールは否定した。
「おねぇさんは風の魔法を使っているんだって。だからあんな早く動けて、あんな切れるらしいよ。前私に話してくれたんだ」
「なるほど…魔法といってもそのなかで【風の魔法】を使うのか」
マールの話を聞いてシャリテは納得したような面持ちであった。
なぜならたとえどれほど切れ味の良い名剣であってもアンデットは容易に断てるものではない、
何かしらの技能が必要なのだ。
もともと遺体によってできているアンデットだが、
その肉体にはかなり強い秘術が用いられ作られる。
アンデットの身体には瘴気のようなものが渦巻いており同時に、
一種の防御膜のようなものができている.
それによって簡単には倒すことができず一般的な兵士では倒すのに時間がかかってしまう。
そこで倒すとき必要なのが【聖水】だ。聖水はその瘴気と防御膜を破るのを手助けしてくれる。
ようはアンデットに対する専用の魔法が込められた液体のようなものだ。
しかしイグニスは、聖水を刀身にかけその上自身の肉体と持つ刃に風の魔法を纏った。
これにより攻撃を強化し、身体能力を上げ目にもとまらぬ剣の一撃を可能にした。
アンデットはこの一撃に耐えることはできない。
「相当な腕の持ち主だな……」
その剣技の勢いは思わず息をのんでしまうほどだった。
シャリテは、これほどの実力を持つものをまるで見たことが無かったのだ。
商人として人の目利きには自信のあったつもりだ。
だが出会った当初、この剣士にはそれほどの威厳と殺気が感じられなかった。
自分の目が間違っていたとも思えない。
だから今になって思う、この剣士は相当の実力者だと。
そして鷹の爪は隠されていたのだと。
そうシャリテが考えているうちにイグニスはアンデットを五体以上は仕留めていた。
「こうも数が多いとやりにくいな」
イグニスは淡々とまた一体のアンデットを右の鎖骨から左の腰まで切り捨ててしまう。
その顔は無表情だったが、殺気を放っておりとても近寄りがたいものだった。
標的となるアンデットに向かって、一瞬の瞬く間に距離を詰める。
死に行くこともできないアンデットにとって、イグニスは死を与えてくれる存在となっていた。
イグニスは最後のアンデットを倒し、シャリテに向かって話しかける。
「アンデットはすべて倒した。もう大丈夫だ」
「凄まじい強さだな……、その強さはどこで……」
シャリテが言葉を言い切る前に、イグニスは言葉を遮った。
「それは聞かないでくれると嬉しいな。この技術を培った場所にはあまりいい思い出はないんだ」
「そうか、聞いてしまってすまないな」
「いいよ、気にするな。気になって当然のものだろうし。」
イグニスは周囲を見渡して、二人に注意を促す。
イグニスは自身の超人的な勘をもって今この場に居続けるは危険だと判断をした。
「アンデットを倒したとはいえ、不安が残る。この場を急いで離れて中立国に向かおう。」
「ああ、わかった。今すぐ馬車を出すよ」
先程の戦闘をみたせいか、
シャリテはイグニスに強い信頼感を持っていた。
イグニスの指示に即時に従ったのもそのためだ。
馬車にイグニスが乗りいまにも走り出そうとしたとき、全員の背中に悪寒が走った。
強烈な存在の感覚を感じたのだった。
「そこの馬車よ、止まりなさい」
馬車より後方に謎の声が聞こえた。
その声は大層威厳のある声であり、やさしさを含んだような女性の声であった。
商人と男が声の聞こえる方向へ即座に顔を向けるとそこには竜がいた。
イグニスとシャリテは一瞬頭の中で考えてしまった。
この目の前の化け物こそが自分たちにアンデットを仕向けた元凶ではないかと。
アンデットを襲わせ、追い詰めたところを狙いに来たのではないのかと。
それぐらいこの生物の見た目と持つ雰囲気、纏う気配は異質だったのだ。
「あなたは人間という種族ですか……?」
イグニスの目の前には竜が来て、質問を投げかける。
その竜は多くの目を持っておりその数多の目は宝石の装飾のように爛々と輝いている。一つ一つの目がイグニスを睨んでおり、人によっては嫌悪感を感じ吐き気を催す感じるほどだろう。その見た目に目の美しさはかき消されていた。
それは見るものに恐怖と畏怖を感じさせた。
シャリテは質問に対し、正直に答えを返さないとここにいる全員が危険だと感じた。
イグニスも同じものを感じたようで返答を返す。
「違う…亜人だ」
イグニスは初めて見るであろう、その竜に対し恐怖を持ちながら対応した。
「では、この少女は?」
「顔を見せろ、マール……」
イグニスは少女のフードを剥がし、竜に少女の顔を見せる。
「ほう…この子は人間ではないな…?かといって獣人や亜人の一種でもない」
「この子は半獣だ…獣のような力も使えないし、かといって亜人のような魔法もこの子には使えない」
イグニスは竜に対し、マールの置かれている境遇を説明する。
「違う。お主に説明を求め聞いてるのではない。余はこの子を見ているのだ。この子の本質を見極めているのだ。この世界に害を成す存在か。魔法も獣の如き暴力も使えない無力な哀れな一人の愛すべき子よ…。おぬしはこの余で何をみた?」
竜は少女の目を長い時間見つめそして伝える。
「おぬしはこの女といたいのか?どうなんだ?それを答えろ」
「…いたいです。私はこの人と離れたくないです」
あまり変化の見られない竜の顔が少しほころんだようなきがした。
「そうか…亜人の逞しき女性よ、この少女を生涯大切にしろ。わが身より大切に。まるでか弱き赤子を守るかのように。それがきっとお主の為になるであろう。そしてこのこと【人間】の少女を繋げろ。わしに合わせるのだ。それがこの世界を変える礎となる。わらわはいつでもこの多眼の目で見ておるぞ」。
多眼の竜は、商人たちの目のまえから姿を消した。