六話「三角関係」
セーリスクは、街を歩いていた。
ただ茫然と道を歩いていた。
町は、以前より落ち着いていた。
人も少なくなっていた。
それは獣王国の進撃による影響だとははっきりしていた。
セーリスクは、心のなかが靄に包まれているような気分であった。
カウェアを死なせてしまったばかりか、
イグニスにもおおきな傷を負わせることになってしまった。
自身の実力不足が悔しい。
滲めな思いだ。
実力をおごっていた少し前の自分を殴り倒したい気分だ。
ただその心は、憂鬱に包まれていた。
「セーリスクくん?」
その時、セーリスクを呼び止めるものがいた。
それはライラックであった。
その顔は不安で包まれており、セーリスクを心配しているようでもあった。
セーリスクはライラックに反応する。
「ライラック……」
セーリスクは、不安にいる中で出会えた知人に少なくとも気が緩む。
「よかった無事で」
その顔には、まだ不安というものが浮上していたが薄れていた。
どうやら一番の心配ごとは、セーリスクの怪我だったようだ。
戦争の慌ただしさのなかで、顔見知りのものに会う機会が少なかった。
どうやら自分は、ライラックに心配をかけていたようだと反省をする。
「そうだな……僕は無事だ」
「カウェアさんのことは本当に……」
「大丈夫。その先は言わなくても」
「ごめんね、気が使えなくて」
心配からの言葉だろうが、いまのセーリスクには
カウェアのことはあまり深く考えたくないことだ。
話題にだされたくない。
ライラックも話に出すべきではないと考えたのだろう。
言葉が止まる。
「あの……セーリスクくん」
「どうしたんだ」
「セーリスク君はこれからどうするの?」
「どうするって」
恐らくこれからの中立国のなかでどうやっていきていくかということだろうか。
セーリスクは、自分の心の中に浮かんだ言葉を素直に出そうする。
「いや僕はこのまま……」
「獣王国の戦争に一緒に戦うの?」
そうだ。
セーリスクは、ライラックと同じことを言おうとした。
同じ事を先に言われた。そんなことを思いながらセーリスクは言葉が詰まる。
ライラックは、目に涙をためていた。
そんな表情に何も言えずうつむいてしまう。
「私、いやだよ……」
「ライラック……」
それは少女の悲痛な叫びだった。
「私もういやなんだ……なんで?カウェアさんとまた会えると思っていたのに。私だってみたよ。いつものみんなが住んでいる家が吹き飛ばされる瞬間も」
涙をぽろぽろとこぼしながら少女は語る。
その表情に尚更セーリスクの言葉は詰まることとなる。
「怖いよ。なんで戦争なんてあるの。セーリスクくんだって逃げればいいじゃん。戦争なんかに参加しないでさ。私セーリスクくんが死んだなんて聞きたくないよ」
「……」
セーリスクは、それに返答することできなかった。
カウェアが死んだのだ。
自分だって死ぬ可能性はいくらでもある。
コ・ゾラと呼ばれる獣人との戦闘でも死を感じる瞬間なんていくらでもあった。
あそこにイグニスがこなければ自分も死んでいた。
「大丈夫、僕は死なない」
「本当……?」
「本当だ。信じてくれ」
セーリスクはライラックに対し強く訴えかける。
ライラックが、自分のことを信じてくれるようにと。
ライラックは、まだその目に涙をためていた。
「ごめんね……私、まだ怖いや。でもきっとあなたは多くの人を助けたいんだね」
そんなこと言いたくもなかった。
セーリスクのことを信じ切って、戦争から帰ることを待てるような女性でありたかった。
自分だけを守って、一生自分のそばで平和に暮らしていてほしい。
ライラックは、そんなことを心の中で考えた。
「セーリスク」
そんな時、セーリスクのことを呼ぶものがいた。
走りながらセーリスクに近寄ってくる。
それは黒き短髪の碧眼の女性であった。
「イグニスさん」
またイグニスであった。
ライラックは、そのイグニスと呼ばれた名前を思い出す。
ライラックの主観が非常に入るがそれは以前セーリスクが、
食堂でデレデレしながら語っていた女性剣士の名前であると。
「あなたが……」
ライラックは少し動揺する。
もちろん目の前の人物が恋敵であると知っているからだ。
しかしセーリスクとイグニスは、そのことを知りもしないし気付かない。
「イグニスさん、怪我はもう大丈夫なんですね」
セーリスクは、イグニスのことを心配する。
「ああ、もう大丈夫だよ。傷もほとんど治った。骨とかはまだ不安だけどな」
ライラックは、傷と言われてついイグニスの全身を見てしまう。
その身体は、明らかに自分より女性として優れていた。
引き締まるところは引き締まっていて、出るところはしっかり出ていた。
同じ女性として、嫉妬や羨望を集めるであろうその身体はライラックにとって
驚愕的だったのだ。
その顔も、傷が入ってるとはいえ形が異常なほど整っており
美人と言葉で形容しにくいほどであった。
見知らぬ女性に、じっと見つめられたイグニスは当然戸惑う。
敵意とも、好意ともとることができないその感情に戸惑っていたのだ。




