二話「獣の王子と豊穣の女王」
そもそも、高い水準で医療を持つためには文化や教養がいる。
戦争が大きく起こる中で、医療が必要とされて進歩することもあるが
この国は平和の中で確実に医学に歩みを進めてきたのだ。
それに加えた、魔法と医学の融合。
これは中立国という多文化の融合性によって生まれたものだ。
魔法に頼ることのできない獣人は医学や薬学を進めた。
魔法に頼ることのできる亜人は、魔法による治療を進めた。
中立国は、更なる技術を求める賢者たちの橋となったのだ。
今回の襲撃もそのおかげで救われた命が多くいるのだ。
「今回の襲撃では、何とか医者たちの被害は一人も出ていない。それを守るための損害はあったがな」
「そうだな……」
イグニスは、王宮内で未曽有の被害があったことを骨折りから聞いた。
謎のアンデットの誕生。
骨折りと同格の戦闘能力を持つ侵入者。
そして二人目の人間。
なぜそんなものが、獣王国の味方をするのかはわからない。
だがそれが攻めてきて兵士の損害だけで終わったのは、骨折りのお陰だろう。
彼らの死が犬死にとは思わない。
彼らは守るべきものを無事に守った。
彼らは、理不尽の中に巻き込まれ死んだのだ。
「それより、俺を探してた理由があるのか?」
イグニスは、骨折りに自分のところまで来た理由を尋ねる。
「ああ、俺の雇い主が呼んでいる。来てくれ」
「雇い主というと女王様か……」
流石にイグニスも王と呼ばれる立場の人間とはあったことがない。
緊張が胸に広がる。
「まあ、そんなにかたくならなくてもいい。お前だって元の国では偉いほうなんだろ」
「そうだけどそれとは、また別なんだよ」
そんな話をしながら、骨折りとイグニスは移動する。
扉の前には、虎の獣人が立っていた。
その獣人は、武人のようないでたちで筋骨隆々の体格であった。
身長も二メートルぐらいはありそうな外見であった。
「遅いぞ。骨折り」
「悪い悪い。こいつと少し話していてな」
「初めまして」
「初めましてだな。法皇国の天使」
こうも真正面から法皇国の名前を出されると嫌味で言われているのかと
思ってしまうが、彼からは悪意が感じられない。
イグニスは、戸惑っているが言ってきた本人はきょとんとしていた。
「悪いな、こいつくそ真面目なんだ」
「その肩書はもう捨てた。イグニスと呼んでくれ」
「すまないな、気が使えないとよく言われる。私の名前はプラード。獣王国の元王子だ」
「は!?」
イグニスは突然の告白に戸惑う。
なぜ獣王国の王子がここにいるのだろうか。
獣王国とは、現在戦争状態にあるというのに。
相手の敵意のなさに全くそういったものを感じ取れなかった。
「結構この国では有名だぞ。獣王国の王子が、この国に婿入りしたって」
「なるほど……?」
中立国が今まで平和だったのは、彼がこの国に結婚することを決めたからだろうか。
しかしプラードは、目をつむり不機嫌さを露呈する。
「だが、それも今回の戦争でおしまいだ。私はこの国を愛してる。捨てる気はないよ」
今回の戦争で、中立国と獣王国の均衡は破られた。
これからは仲良くしていこうだなんて言える状態ではないだろう。
しかしその会話を遮るものがいた。
「何を話している。入っておくれ」
部屋の中から声がする。
イグニス達は、その声の指示の通り部屋の中へと入っていく。
その部屋はシャリテの屋敷とは比べ物にはならないほどの豪華絢爛の装飾品で彩られていた。
奥には十人ほどの人が寝ころべるであろうベットも置いてあった。
そしてそのベットには一人の少女が座っていた。
そこにいたのは金糸を編んだような金髪をした、ツインテールの少女。
その外見は、若々しいというよりほぼ外見は少女に見えた。
金色のその瞳は、そこがないようでイグニスたちの心をみすかしてるようでもあった。
椅子に座り、その少女は語る。
「わらわが、中立国女王デア・アーティオだ。プラードとの関係はそうだな……がーるふれんどというやつだな」
ガールフレンド……そういう単語を彼女は照れながら話した。
イグニスが、プラードの方を見ると明らかに照れていた。
なるほどとイグニスは察した。
この二人は相思相愛なのだと。
結ばれるべくして結ばれたのだと。
しかし骨折りは面倒くさそうだ。
「女王様、惚気はあとでも聞くからさ。こいつに現状の説明をしてやってくれよ」
「おお、そうであったな。ではイグニスとやら。まずそなたはなぜこの国にきたのじゃ?法皇国でも其れなりの地位にはいただろうに。ペトラから話は聞いているが、しっかりとした言葉で聞きたい」
やはりまだ自分は、間者として疑われているのだろうか。
それも仕方がない。
いまこの国は、攻められたばかりで緊張状態にある。
これは正直に言うべきだろう。
嘘をついても意味がない。
「神血」デア・アーティオ。
【中立国アーリア】女王。
その外見は、ほぼ発展途上の女性だが精神は老獪と比喩できないほどの年齢。
【豊穣を持たらす者】とも呼ばれており、中立国が一つの国として独立しているのは
この女王の知識によるもの。
また神の血を継いでいるとの噂がある。
その影響で【法皇国クレシエンテ】に嫌悪されている。
ペトラの最も尊敬している人物。
プラードとは相思相愛。
だが恋愛経験のなさから受け手になっている。




