閑話「ライラックの憂鬱③」
「こんばんは……」
「カウェアさん。どういうことですか?」
「まあまあ、いいじゃないですか。この子にはいつもお世話になっていますし」
豊穣の大地の仕事は、他の仕事仲間に任せてもらった。
助けてもらった彼にお礼がしたいと言ったら喜々として変わってくれたのだ。
カウェアも約束を守ってセーリスクを連れてきたようだ。
しかし自分がいることは伝えていなかったようで気まずい雰囲気が流れる。
「あの……ごめんなさい」
「ああ……いえ、君のせいではないんだ。君が来るのに何も伝えなかったカウェアさんが悪い」
「でもね、セーリスク。この子が来ると伝えていれば君は来なかったでしょう?」
「それはそうですが……」
「好意は素直に受けとるべきものですよ。それがあなたが行ったもののだから」
「そうですね……えっと名前すら聞いたことがありませんでしたね。いつもお店で顔は見ているはずなのに」
「いいんです!私……前のお礼が言いたくて……それで……」
「今日は一緒にお話しできると嬉しいです」
その時の心の気持ちは言葉に形容しにくかった。
ただ好きな人に少しでも話せたというのが嬉しかった。
自分の名前を伝えれた。
普段どんな生活をしているのか。
朝は何を食べるのか。
どんな訓練をするのか。
そんな細かい些細なことを知れるのが一番幸せだった。
知ることで彼の一部に触れることができたのが、温かく感じる。
自分もそれに近くありたいという気持ちが思い浮かぶ。
どうでもいいことをしって、どうでもいいことで笑いあった。
そんな時間が幸せだった。
こんな平穏がいつまでも続いたらいいなと思えた。
そしてまた気づいた。
自分はどうしようもなくこの人のことが好きなんだと。
この人と、一秒でも長くはなして、一秒でも長く一緒にいられたら。
そんなことを思ってしまうほどの恋なんだと。
声を、顔をどうしても見ると心が穏やかになってしまう。
そんなライラックの心情を察したのか、カウェアがこういう。
「すいません。そろそろ帰らないと妻に怒られてしまいそうです。私はここで失礼しますね」
時刻は既に夜の9時を迎えており、当然だが家に帰るものも多くいた。
カウェアは、家に妻を待たせているようで焦っていた。
「そうですか……またお話しましょうね」
「先輩、また明日」
「ああ、そうだ。ライラックちゃん」
「どうしました?」
カウェアは、ライラックに耳打ちをする。
「頑張ってくださいね」
どうやらカウェアなりの激励のようだ。
カウェアは、二人をおいてお店を出てしまった。
「あの人も奥さんを大事にしている。早めに帰りたかったんだろうな」
「あの……セーリスクくん!」
「どうした?」
「セーリスクくんは、いま好きな人とかいるのかなって」
ライラックの突然の質問に、セーリスクは戸惑う。
想定もしていなかったのだろう。
ライラックはそれも当然だなと考える。
セーリスクは、会話の中で自分に一切媚びる様子を見せなかった。
一人の人、としてしっかり自分に接してくれていた。
自分なんて傍目にもいれていないのだろう。
「いや、僕は……そういったことに興味を持ったことがなくてだな」
「好きな人はいないってことでいいのかな」
悲しいが、いないならそれでいい。
自分がそれになるだけだ。
「いない。うん……それでいいと思う。けど昔から考えていたことがある」
「考えていたこと?」
おそらく会話の流れから察するに、恋愛においての価値観だろうか。
「昔から、とにかく強くありたかった。確固たる人格をもって努力して最後に愛せる人を堂堂と愛して守れる人になりたい。多くの人に褒められることが増えた今ですらそう思っている。不安なんだ。自分が愛されるか」
「そっか……」
きっとこの人は、なにかを守れる自信がほしいのだ。
それは愛せるものであって。
それを守ろうと考えたときどこまでも素直で、どこまでも不安なのだ。
「なら、それができるまで君が誰かを好きになることはないのかな」
「そうだな……すまない。こんな事を聞かせてしまって」
聞きたくないことを聞かせてしまっただろうかとセーリスクは心配する。
実際聞きたくなかったが、知れて良かった。
セーリスクに必要なのは、強さなのだ。
そしてこの人の性格ならきっと自分に甘えてくることはない。
自分はこの人が迷った時、支えれるような太陽には成れない。
セーリスクには、愛したいと必死で努力できるような灯火のような人が必要なんだ。
そうライラックは感じた。
「絶対あなたなら出会えるよ。自分を忘れていない。貴方なら」
一つの夜は、ここに終わる。
だが、少女の恋はまだ散らない。
ライラックの花言葉は、「恋の芽生え」。
いつか少女に贈られる花でありますように。




