三十六話「不可視の暗殺者」
そういわれた瞬間、自身の背後数センチに殺意を感じた。
首元にひやりと殺気を感じる。
しかし音というものは一切感じない。
なぜだ。
その感覚に不思議なものを抱きつつも、骨折りは振り返った。
「!?」
「へえ、反応するか」
事実、ナイフが自身の首元に向けられていたのだ。
そこには誰も立っておらず。
ただ短刀のみが存在していた。
その光景は異様だったが、
ともかく誰かが何者かが自分に攻撃しようとしていることははっきりとわかった。
骨折りは、背後に向けて回し蹴りをする。
直後、何者かが剣を躱す音が聞こえた。
何もないその場所に着地音のみが広がる。
「ちっ」
骨折りは、舌打ちをする。
この男の忠告がなければ、
確実に自分の首元にはナイフが刺さっていた。
まさか自分が気配に気づかないなんて。
そのことに驚きを感じた。
決して敵というものをなめているわけではない。
しかしその経験は滅多に感じるものではなかった。
奇襲というものをここまで極めた人物に触れたのは初めてかもしれない。
「でてこいよ」
「……」
骨折りは、先ほど攻撃してきた人物がいると思われるその場所に声をかける。
相手がそれを返してくれることに期待をした。
しかしその空間から反応というものは一切かえって来ない。
まあ、わざわざ反応するわけもないか。
しかし長い時間で自らの姿や
足音を消しながら行動する魔法何て聞いたこともない。
少なくとも骨折りの知識外のものであった。
このままの戦闘状態になると、いささか不利だ。
人間の少女以外の【人間】もいる。
彼らの戦闘能力がどれほどのものかはわからない。
だが巨大なアンデットを使役していたほどだ。
それを軽々倒せるほどの実力はあるだろう。
加えて長年の勘が骨折りに伝える。
見ることも感じることもできないこいつは自分の知らない一つを極めたものだと。
見えない敵に一種の敬意というものを抱いていた。
しかし見えないとなると、攻撃手段というのが読みにくい。
短刀での奇襲。
本当にそれだけか。
高火力の魔法をあの絶好のタイミングで、
撃たなかったあたり魔法での攻撃は不得手とみるが。
いや勝手な憶測はまだ早い。
「ででこないのか」
「あーー、まあいいや」
「?」
「ネイキッド、でておいで」
「はあ……なんだよ」
人間の男が声をかけると空間から突如筋肉隆々の、蓬髪の亜人の男が出てきた。
その両手には、ナイフを持っており亜人にしては近接戦闘を好むのだと想像できた。
短刀の装備品。
彼は、その武器をいくつも持っていた。
体には装備品を一切付けておらず、普段着のような恰好であった。
移動性を優先した結果なのだろうか。
それとも、それ以外のメリットがあるのか。
しかしどおりで気配や音がないわけだ。
ネイキッドと呼ばれた男は、ぽりぽりと頭を掻きながら人間の男に話しかける。
それは仲間に話しかけるような様子ではなく、
まるで仇に話すような敵意というものを持っていた。
「おい。お前が声をかけなければ、骨折りを殺せただろうが」
彼は、骨折りを殺せたという。
確かにそうかもしれない。
男性の人間の情報、彼の殺意。
その二つがなければ、自分の首元には短刀が突き刺さっていた。
無論それだけで死ぬつもりはないのだが。
「いや、それはないよ」
「は?なんでだよ」
「なんでだよって君」
ネイキッドといわれる男の発言を人間が否定をする。
しかしその否定を、ネイキッドは訝しがる。
彼は本気で骨折りを殺せたと思っているようだ。
「たとえ首に刺せたとしても最低でも君は相打ちに持っていれる。いま君を失いたくない」
彼は相打ちにもっていくという。
確かにそうだ。
自分には、イグニスとの戦いでも使用した再生能力がある。
それさえあれば死ぬことはない。
しかし人間はそれをなぜか知っている?
いやこれは憶測だろう。
知っているはずがない。
「そうかい、そうかい……流石人類最強の傭兵だね。壁は厚いか」
人間の男の発言を、ネイキッドは素直に聞き入れる。
骨折りの評価というものを即座に変えたののだろう。
「そりゃそうさ。だから二人がかりできているんだろう」
「だな、とっとと殺そう」
彼らには正々堂々という観点なんて微塵もなかった。
ただ単純に目的を叶えるために骨折りを殺す。
そういったものが備わっていた。
こうなると厄介だ。
こいつらは、強い。
ただそう感じた。
しかし話が解せない。
なぜ限定的に俺だけを狙う。
「……なんの話をしているんだ」
しかし自分だけ別の空間にいるようなその会話は苛立ちというものが湧いてくる。
この二人の基本的に他者をなめたような態度は何なのだろうか。
「おや、すまないね。君を話から外すつもりはなかったんだ」
人間の男はきょとんとした顔で返答する。
しかしこの謝罪というのも心がこもっていなかった。
どこか小ばかにしたような嘲笑ったような本心が見えていた。
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。
彼らがアンデットを送った理由。
そして現時点骨折りとの戦闘状態になっている原因を聞かなくては。
「……目的を教えろ」
「目的ねえ。単純じゃないか?」
「アダムやめろ。それ以上こいつと話すメリットはない」
「だってさ」
蓬髪の亜人は、その三白眼でじろりとにらみつける。
しかし骨折りはそんなことも気にせず話しかける。
「……今回は獣王国の進撃だと思ったがお前みたいのがいると話が変わってくる」
そう骨折りが元々予想していたのは、
人間の少女を取り返すための戦いを獣王国が仕掛けてくる。
しかしこれにはメリットというものが殆ど皆無だ。
しかし目の前の敵はなんだ。
自分が助けたはずの人間の少女。
それ以外の【人間】という存在がこの世界にいてはならない。
いたらこの世界がなりたつ根幹。
その全てが変わってしまう。
「獣王国の進撃か、それは少し意味合いが違う」
「あ?どういうことだ」
「いや獣王の命令であってるよ」
獣王は、元々【人間】というものを許容していたということか。
そんな疑問が湧いてくる。
しかしそうなるとなぜだ。
獣人たちはなぜあそこまで人間を憎んでいる。
そんなことを考えていると人間の男は続けて言葉を語る。
「獣王国は、中立国に宣戦布告したと考えてもいい」
「そうか。それははっきりと受け取っておくよ。だがお前はこの国から出させない」
こいつをこの国から出すわけにはいかない。
そういった決意が骨折りに宿る。
言葉にはできないが、この男をここから先生かすととんでもないことが起きる。
そんな想像がいくつも沸き立ってきた。
しかしその男はにやりと笑う。
「へえ、僕とこいつの二人に勝てるとでも」
彼は、負ける気などさらさらないようであった。
二人でこの状況で挑んできたのも確実な算段があるからなのだろう。
見えない敵、少女以外の【人間】。
多くの戦いを乗り越えたはずの自分が、
始めてのことを経験し困惑している。
だが今回ばかりは負ける訳にはいかない。
この王城には守るべき存在がある。
「そういうわけでもないが、今回ばかりは気に食わない」
「俺がやろうか?」
ネイキッドと呼ばれた男が骨折りに立ちはだかる。
彼も全く自信というものを崩していなかった。
彼は、骨折りに勝つ気が満々のようだ。
「いや、いい僕がやる」
そういわれた瞬間、骨折りの背後には人間の男がいた。
「ばあ」
彼は、骨折りを幼児をからかうように扱った。
その見えない移動に骨折りは戸惑う。
その一瞬で、骨折り間合いを詰めたのだ。
これも自身のしる魔法ではありえないことであった。
「転移の魔法か!?」
「初めて見るだろ、堪能しろよ。魔法構築【衝撃】」
背後にまわった人間の攻撃によって骨折りは吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
「これも耐えるか」
「……舐めるなよ」
背後に回れるまでの時間は一瞬であった。
魔法の使用も先ほどと同じように感じ取れなかった。
なぜだ。
詠唱を短くするといっても完璧になくすことは不可能だ。
しかし彼はそれを実現していた。
瞬時の移動、高火力の風の魔法。
そういったものを短時間で扱っていた。
それは骨折りが反応できないほどに。
骨折りにさほど影響は見られなかった。
しかし戸惑いはあった。
これほどの魔法を、何度も喰らえばどうだろうか。
少なくとも自身の体は持たない。
「妙な魔法道具使いも勉強になったよ。転移の改良ができた」
「おい……お前!!ペトラに何をした」
この王城の人物だ。
しかしこの人間の男は、ペトラの名前を知っている。
彼女は別の場所を守りに行ったはず。
恐らくだが、ペトラとこの人間はそこで出会ったのだろう。
しかしこの人間は余裕の表情。
そこから推測できるのは。
脳裏にぼろぼろのペトラが浮かぶ。
「おいおい、戦闘中だよ」
骨折りは、受け身をとり更なる攻撃に備えるが会話を挟む余裕なんてない。
上からネイキッドによるナイフの襲撃がくる。
それを瞬時に悟り、息をつく暇もないほど速度で回避をする。
ネイキッドが地面につく瞬間、顔に一撃を入れた。
強い蹴りだ。
それは頭をふきとばすような強い蹴りだった。
躊躇しないその攻撃でネイキッドに攻撃をあたえることができたと思った。
しかし確実に一撃を入れることができなかった。
まるで攻撃が流されたかのような感覚を覚えた。
ネイキッドもまた骨折りの攻撃に対応したようだ。
ネイキッドは口が切れたようでペっと口の中の血を吐き出す。
「これを躱すかよ。お前本当に亜人か?」
「だからいったろ。最低でも相打ちに持っていかれるって」
「ちっ。笑ってんじゃねえよ。骨折りを殺したら次はお前だからな」
「冗談も言えるんだね君」
「うるせえよ」
肩をすくめ、ネイキッドに対し人間は笑う。
「だからまぁ、容赦はしない」
人間はまた転移を始めた。
骨折りの背後に立ちまた骨折りに攻撃を入れようとするしかし
「俺に同じ手はきかない」
即座に背後に構えた骨折りはその鋭い「骨折り」の一撃を人間に入れたのだった。
その音は高く響く。
人間もまた装備品などつけていなかった。
故にその人体に鋭く一撃は入った。
人間はその場に倒れこむ。
強打されたその体は元の形をなくすほどに変形していた。
「怖いねえ」
「さあ、次はお前の番だ」
しかしネイキッドは笑う。
その笑った顔に骨折りは理解ができず尚更イラついた。
「どうした気でも触れたか?」
「次はお前の番だってよ……まだ一つすら終わってないのにな」




