三十五話「屍の使者」
獣のアンデットはさらに豹変した。
そこからはただの虐殺だった。
アンデットの更なる追撃によって、
盾で受け止めようとした兵士達はすべて死んだ。
盾兵がいなくなったことにより
、十分に魔法の詠唱をできなくなった兵士は
それほどの怪我を負わせることもなく
獣のアンデットの爪の一撃により無惨に死んだ。
剣を持つ兵士は、何回か敵の攻撃を躱すことには成功していたが、
一回の回避に寿命がすり減っている感覚を覚えるほどの過程だった。
そうして一人ひとり死んでいった。
最後の一人が後ろを確認する。
そこには誰もいなくともに戦った兵士が皆死んだということを自覚した。
幸い、怪我人と医者たちはみな無事に逃げたようだ。
仕事はなんとかやり遂げた。
しかし自分の死がこんなものであるとは想像にもしていなかった。
獣のかすった爪は、致命傷になりえるものだった。
ここまで生き残ったのが幸運なのだろう。
そう傷口を抑えながら兵士は考えた。
「獣ごときにはわからんだろうな。守るとはいかに尊いか」
後悔の念しか思い浮かばない。
だが誇りはある。
理性のもたない亡骸はそんなことも気にせずにその命を刈り取った。
骨折りがたどり着いたのは、
その命がなくなった時だった。
「間に合わなかったか……!」
数時間前まで豪華絢爛に彩られていた城内は、血で満たされていた。
骨折りは、自身の鼻が血の匂いでおおわれるのを感じた。
そこには、巨大化した獣がいた。
血だらけで、腐敗臭のする醜い獣だった。
「あ……あ……?」
獣のアンデットが笑いながらこちらを向く。
その顔はひどくゆがんでいた。
「化け物風情が」
骨折りは、余程気に入らなかったらしい。
目の前のアンデットを化け物と吐き捨てる。
嬲り殺しにすることをこころのなかできめた。
そのアンデットは俊敏に壁を使って、骨折りに攻撃を仕掛ける。
しかしそれを素直に受ける骨折りではない。
壁から地面その移動を利用した攻撃をしたアンデットは、
着地の隙を作ることとなった。
骨折りは、その数瞬攻撃に移る。
自身の腕力を最大限生かし、右腕を左に大きくひねる。
その重い剣は残像を残す。
空気を切る音がした。
身体を大きく生かしたその攻撃と、
骨折りの技量は人の胴体のように太い足を折ることに成功する。
しかしアンデットには痛覚はない。
この命を壊すには、その体をバラバラにするしか方法はない。
アンデットは、片方の前足を失ったことにより
バランスを崩しその場に倒れこむ。
そして倒れた頭に、追撃を入れる。
「砕けろ」
頭蓋は割れる。
かわいた音はその場に響く。
アンデットは、地面に伏すこととなった。
しかし死ぬことのできないアンデットは、いまだ動く。
「お前らには、もう飽きてる」
骨折りは二回目の打撃を頭に打ち付けた。
その二打によって、アンデットの動きは止まった。
武器を持った兵士たちを殺したアンデットは、
最強の存在によっていとも簡単に倒された。
骨折りは、アンデットの頭蓋を砕きながらもため息をつく。
自分さえこの場にいることができれば、
兵士の損害は出なかっただろう。
自分がいたら。
そんな経験は何回もあったがいまだに慣れない。
「しかし……なぜアンデットが城内に……」
「僕のお陰だよ」
そこにいたのは、これといって特徴のない男だった。
そうそしてその男は、亜人でもなく獣人でもなかったのだった。
人間であった。
それは少女ではない。
この世界に一人しかいないはずの人間が他にもいたのだ。
「なぜ人間がまだいる」
「僕に聞くなよ」
骨折りは、その男に対して剣を向け跳躍する。
しかしその剣は、見えない壁に阻まれて止まられた。
剣に重みを感じる。
まるでなにか重いものにぶつけられたような感覚だ。
腕にしびれがくる。
魔法の発動が一切感じられなかった。
その事象に違和感を感じながらも、地面に着地し武器を構える。
人間の男は、やれやれといった感じでため息をつく。
「お前、何をした。魔法は使ってないだろ」
「まあ、それはいくらでも教えるんだけど。僕意外にも注意した方がよくない?」