一話「脅威と出会い」
名もなき草原の、一本の道に馬を走らせた商人がいた。
その商人は、曇りひとつないその快晴に気分を良くしていた。
馬を走らせながら、独り言をいう。
「今日はいい天気だな。こんな時は商品が売れると尚更いい気持ちになるのだが」
どうやら商人は、商売の帰りのようだ。
馬車には、商売道具や商品をたくさん乗せ走っている。
馬の走りに合わせて荷物はゆらゆらとゆれている。
空を仰ぎ、更なる商売の発展を願うがこんな野原では
客に出会うこともないだろうと考えていた。
そんな時ふと前を見ると
目の前には子供を連れている身長の高い女性があるいていた。
その女性と、子供はふたりともフードを被っており
髪型などは正確にわからない。
しかし商人はある一つのことを懸念する。
「この辺りには野盗もいて危ない。旅のものかな…話しかけるべきか」
旅には危険がつきものだ。
商人のように、この道のりになれており
ある程度の武力を持っているのならいいのだが
目の前にいる人物は女性だ。
襲われないか、そんな余計なお節介というものが湧いてしまう。
そんなことを考えてるうちに、
馬は女性の近くに来てしまった。
ぶつからないためにも商人は、馬を止める。
女性に話しかけた。
「やぁ、そこの旅人さん。妹さんと旅の途中かな?珍しいものだな」
商人は、その女性に向かって話しかける。
客を作るためにはこのような関わりも大事なのだ。
幸いその女性には警戒されなかった。
身長の高い女性は振り返り、こう返した。
「そうなんだ。中立の国アーリアを目指していてね」
女性の外見に目が行くが、
特段目立ったのはその顔だ。
振り返ったその顔は、傷があった。
傷は目立つものの危険が多い旅人としては違和感のない程度であり
商人は嫌悪感を抱かなかった。
ただ元が綺麗な顔立ちだったこともあり、商人は少し勿体ないようにも感じた。
しかしそれを顔に出すこともなく、商人は二人に満面の笑みを返す。
「中立国か。あそこは、水もきれいで飯もうまいところだ。旅人の安住の地としては最高の場所だと思うよ。それにしてもあんた達亜人かい?」
「そうだよ。俺は亜人だ」
旅の女性は爪の色を見せた。
亜人は使える魔法や、各々の個性によって爪の色が変わるのが特性なのだ。
商人は女性が亜人であったことに驚いていた。
おそらく隣にいる少女も亜人だろう。
しかし獣王国と中立国の間には、亜人が通ることは珍しい。
それによって商人は少し意外に思ったのだった。
「亜人はこの辺りには珍しいからね。獣王の治めるこのいまの獣人国はあきらかにおかしい。この付近にいることも少ないんだよ。あんたらみたいのが嫌がってこの国を出る気持ちもわかるよ」
「そうか……」
女性は明らかに落胆した顔を見せた。
どうやら話の中で、あまり気をよくしないものがあったようだ。
それを見て商人は少しばかりこの女性に失礼な発言をしてしまったかなと考えつつも、
話を中立国に関するものに変える。
「私も中立国アーリアには少し用があるんだ。このまま一緒に乗ってしまうというのはどうだ?ついでにうちの商品もなんて。そこのお嬢ちゃんもすきなものかって行けよ」
「……」
少女はかぶっていたフードを深くかぶり、女性の背中に隠れる。
「悪いな、うちの子は少し無口で」
「このぐらいの子は性格がそのままでるからな」
商人はその大きな口を開けて豪快に笑い声をあげる。
「うちにもその子とおなじぐらいの子がいてな。そのぐらいの年頃の子を育てるのは大変だろう。中立国についたら商品をいろいろと安くわけてやるよ」
「随分と商売上手だな」
「ははっ、よく言われるよ。ここで会ったのも何かの縁さ。今後ともごひいきに」
商人の男はにんまりと気分がよさそうに笑う。
「そうだな、中立国でも仲良くできたらいいのだが」
「じゃ、まあのっていけよ」
女性は暗い顔で言葉を返す。
その肯定的ではない言葉に違和感を感じながらも、話を続けようとする。
しかしその時大きな音が商人の馬車の後ろから響いた。
「な…なんだ!?」
しかし後ろ側にはなにもいない。
その女性は、急いで子どもと一緒に馬車にのる。
馬は音に驚いたようで少し興奮しているようだ。
「大丈夫だ、落ち着け……!」
商人は自身の馬を慌ててなだめる。
「なんなんだ……?」
商人は、音に驚きつつも後ろを確認するがそこにはなにもいない。
女性は、商人に馬車のスピードを上げることを提案する。
「すまない、商人さんここは危険そうだ。馬車のスピードをはやめることはできるか?」
「今やってるところだ!」
馬車のスピードは速くなるが、音は馬車に続いてまだ鳴り続ける。
「なんなんだ! あれは!!」
「頼む! いまは走らせることに集中してくれ!」
爆発的な音が鳴り、土はめくれ上がった。
地面の下に何か巨大な生物がいることは明白であり、
少女は震え、その見えない脅威に怯えた。
「この辺りに地面にすむ怪物がいるなんてきいたことが無いぞ…?」
商人は顔を青くし、周章狼狽する。
女性は少女を守ることだけに集中しているようだ。
「もしもあれに追いつかれそうになったら、俺たちをここから落としてくれ…そうすれば」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。そんなことをするぐらいだったら、二人より荷台のほうをおろすさ」
商人は激怒し、女性を強くしかる。
「そうか、情けないことを言ってしまって済まない」
「そうだよ。たとえあんただけ外に飛び込まれてもこの子が報われない。この子は一人で寂しく思うぞ……」
その時台地が盛り上がった。
そこから出てきたのは肉体が腐り生に、そして死に、
全てに抗おうとしている存在【アンデット】であった。
その肉体は既に崩壊に近く、表面は腐り果てていた。
常人では見ることですら耐えられない醜悪なものであった。
自らの死を自覚しているのか我々には測り知ることはできない。
ただその生き物は執念をもって生者を追い詰めようとしていた。
商人はその姿を見て、舌打ちをする。
その数は目視できる数では十数匹。不慣れな者であったら気絶するであろう光景だ。
「クソ……アンデットはこの数十年、中立国と獣王国には出なかったはずだ!なんで今になって出てきた⁉」
商人の言う通り今現在いる地帯にはアンデットという存在は全く確認されていなかった。アンデットの発生を確認している組織もいる
「聖水はあるか?」
「あるが……この数を仕留めきれるほどの数はない‼」
聖水それは、アンデットに対する一つの武器である。
一般的にどの商人も聖水というものは所持しており、
それはアンデットに対する自衛用に用いられる。
とは言っても多くのアンデットに出会うことなど滅多にない。
商人は大量のアンデットに対する装備を兼ね備えていなかったのだ。
「それでもいい。俺が対処する。その子……マールを頼む」
「あぁ…マールちゃんこっちへこい。」
「おねぇさん…」
「大丈夫だよ。私はすぐ帰ってくるから。商人さん聖水をくれないか」
「商人さんじゃない。」
「え……?いまはそんなことを言っている場合じゃないだろ」
「シャリテだ。俺の名前はウィダー・シャリテ。お前が勝てないと判断したらすぐ逃げてくれ。そしてこの名を中立国の俺の娘へ届けてくれ」
「わかったよ、シャリテ。この剣に貴方を生きて家族のもとに届けると誓おう」
女性は剣を胸に掲げ、そして刀身に聖水をかけた。