三十四話「更なる変貌」
「お願いします……」
攻撃する手段を持たない自分たちは下がるしかない。
ここで無闇に攻撃しても死ぬだけだ。
いま自分たちができることは、患者を安全な場所に運ぶこと。
兵士たちはその護衛をすることだと判断をした。
「担架で怪我人を運んでください!」
「はい!」
「ごめんなさい……」
エリーダは、自身の部下たちに指示を出す。
恐怖によって正気を保てなくなっていたエリーダの部下たちは、
その指示をすぐさま行動に移す。
目の前の化け物に怯えはしたものの現状をすぐに受け入れる
優秀な医者たちだ。それからの立ち振る舞いは早かった。
「われらはできる限り時間を稼ぐぞ!」
兵士たちは、アンデットと敵対するために士気を高める。
アンデットは、通常そこまで体格を変えることはない。
しかし目の前のアンデットは、顕著に姿を変えていた。
その姿は、獣人というより単なる獣だ。
獰猛なる本能だけが残っていた。
獣人としての誇りや理性はすでになく、亡骸としての残骸がそこに残っている。
それは既に生命などではないのだと告げていた。
先ほどの匂いは、体臭が発酵したような生臭いものだった。
しかし変化した現在の匂いは、明らかに生物が腐敗したものとなっていた。
王宮付きの兵士は、確かに戦闘能力としては優れているものは多いが、
アンデットとの多数の戦闘経験を重ねているものは少ない。
その匂いにですら精神をすり減らされるものが多かった。
その死肉は、歩みを始める。
さきほど首を刺された男性は、そのアンデットの前足によって無惨にも踏みつぶされる。
乾いた音が、その城内に広がる。
それは脊椎が、背骨が、頭蓋が一つ一つ、砕ける音であった。
それはたとえ長く鍛えられた兵士であっても直視することができなかった。
みるにたえない光景であった。
もともと長くはなかっただろう命だ。
しかしその命は、苦楽を、快楽を、愛憎を共にした友の命であり、最後だ。
気おくれするものにはそこにはいなかった。
「進め!」
一人の声によってその戦闘は開始された。
一人の亜人が、魔法の詠唱を開始し、獣のアンデットへとぶつける。
しかしその魔法は、魔法の障壁によってはじかれる。
思わず兵士の一人は舌打ちをする。
アンデットの体には総じて魔法による障壁を持っている。
魔法の障壁によって、攻撃と防御双方に通じる性能を持っておきながら
その死肉を魔法の障壁によって保持しているのだ。
アンデットの全長はおおよそ三メートルはあった。
体重は推測できないほどだった。
力押しでは到底勝てないだろう。
この様子では魔法も通じず、物理的な攻撃を狙っても体格差によって圧倒される。
「せめて聖水があれば……」
アンデットは、聖水さえあれば一様に弱体化する。
それはたとえこのような例外的な状態でも通用するはずだ。
しかしここは王宮であり、アンデットが侵入することなど今まではなかった。
そのためアンデットに対抗するための聖水はそれほどおいていない。
アンデットに対する手段がないのであれば、
現在自分らにできることは単なる時間稼ぎだと覚悟をした。
少なくとも医者たちが逃げるまでの時間を稼がなくてはいけない。
この中の誰かが殿を務めなくてはいけない。
目の前の恐怖の中にそんな思考を挟みいれる。
しかし希望は一つだけあった。
骨折りだ。王宮に雇われている彼がこの現状を見逃すはずがない。
性格や、得体の知れなさに信頼を置くことはないが、その実力だけは信頼以上のものがある。
つまり、兵士としての勝利条件は医者と怪我人を全て逃がすこと。
または骨折りの救援を待つことだ。
「皆の者、できる限り時間を稼ごう!」
兵士の声の聞き取ってか、獣のアンデットは咆哮する。
城内に再び獣の声は響く。
獣は、兵士たちに向かって突進をする。
そのスピードは、力強いが目で追えぬものではなかった。
しかしその体躯は三メートルは優に超えており、
常人と比べて体格差でいうと圧倒的に不利であった。
大盾持ちの兵士が複数人真っ向から受け止めるが、
ぶつかっただけで盾はへこんでしまった。
この様子では、精々数発耐えるのが限界であろう。
「この様子では耐えられない……骨折りがなんとか来てくれれば……」
「あ……?骨折り……?ほ……ね?」
「様子がおかしいぞ‥‥…?」




